第20話


 「アルぅ〜」

 「はいはい、何かな?」

 「疲れたよぅ」

 「お疲れ様」

 「…… えへへ♡」


 仮ではあるが、聖女となりチヤホヤとされているのだ、そろそろ自分への好意も失せ始めるだろうとアルフレッドは考えていたが、それは全くの真逆で、より一層にミーナはアルフレッドに対して、日に日に、月日を重ねて慕情(ぼじょう)をつのらせていた。



 そう、【未来視】ではない現実の日々はキースの土魔法を確認した日から2年と少しが経過していた。


 そろそろ、王都ミッドランドの近くにダンジョンが現れる頃である、アルフレッドはミーナのお付きを辞めるようにと、やんわりと教会の指導部より通告されていた。


 まだ未成年ではあるが、聖女より遠ざけたいという考えがあるのだろう、教会はアルフレッドに対して孤児院を自主退院するようにと……

 また、その迷惑料として成人の15才を過ぎ数年は余裕を持って瘋癲(ふうてん)で暮らせるぐらいのお金を払うと書面にて確約させてきていた。


 そう、これは譲歩のある命令であった。


 …… また、それとは別にアルフレッドは両親が残してくれたお金と、村の家を売却した物をちゃんと残していたので(なるほどこれは仕方ないな、ミーナの幸せの為だ)と教会の言う通りにミーナには内緒で王都の外れに先行して部屋を借りていた。


 子供や、精神の幼い者は偏屈なニヒリズムや自己陶酔を持つことがある。虚無さの中、相手を思いやると思い込み、実は相手を馬鹿にしている行為を取ってしまう。


 人は、愛情を感じた相手が何をしているか心配と、寄り添う熱を欲しがる。

 アルフレッドはミーナの為という心得違(こころえちが)いを犯して、まるで消えゆく陽炎の様に目の前から去ろうとしていた。

 

 アルフレッドに常にベタリとくっつき、愛情を持っておりそれが平常で、アルフレッドから離れるのを恐れ、また孤児として幼くからの愛情に飢えていたミーナは境界性パーソナリティ障害を発症しているのかもしれない。


 アルフレッドと共にいるから、ミーナは精神を保てているのだ。


 アルフレッドにとってミーナは、またミーナにとってアルフレッドは必要な存在なのだ。

 

*****


 アルフレッドは14歳と半を過ぎる年齢になっていた。

 あと少しで15歳となり成人する。

 このまま退院したらミーナが付いてきてしまうのでコソコソと作業をする。

 孤児院の面々にバレて話がミーナに伝わるのもいけないので、細々とした物を手持ちで隠れながら賃貸の部屋に運んでいたのだが…… そんな普通の日にそれは起きた。


 キースが土魔法を使った時より大きな地震が王都ミッドランドを襲ったのだ。


 「…… きたか」

 この地震が何か知るのはアルフレッドだけだろう。


 アルフレッドは予行練習の為に【未来視】を使おうとして「今からする事を考えたら…… 未来視を使うと魔力量が足りなくなるな」と呟(つぶや)いて急いで走り出した。


 アルフレッドはスラムで犬に餌をあげて撫でている時に地震がきて動きを止めているキースの元に着くと、その手を引っ張る。


 「ちょ!?アル??」

 「手伝って欲しい事がある!とにかく来てくれ!」

 「、!ああ、分かった!助けてやるよ!」

 

 ミーナといい、キースといい、何故にこんなに自分を信頼してくれるのだろうか?と内心で首を傾げながらアルフレッドとキースは王都を出て風がゆっくりと動く草原を走る。


 「なあ、アル…… どこに向かってんだ?もしかして、あそこか?」

 タラリと汗をかいてキースが草原の向こうの岩場にある空間の歪みを指差す。

 空にはいつの間にか分厚い積乱雲ができており、岩場に向かい魔力が漏斗(ろうと)のように地表に達して、雷を放っていた。


 「あそこだよ、キース頑張ろな!」

 「…… いやいやいやいや、頑張ろうって何をさ!?」

 アルフレッドは風が早くなり出した草原を走りダンジョンが出来る場所に駆けつけていた。



[補足]

 異世界にダンジョンが発生するのは、気象状況が大きく関わる。

 この世界には2つの月と大気を満たす魔力がある。


 気圧配置、前線が大きく傾き、積乱雲が空に現れて風や魔力を巻き込み竜巻となった時にダンジョンが発生する。


 積乱雲を形成する雲に混じり、大気の上空や広範囲から魔力が風と共に時計回りでゆっくりと回転して集まり陸上竜巻になった場合は陸上のダンジョン、水上竜巻になった時は水中のダンジョンになる。

 

 小規模の竜巻の場合は小さな、ゴブリン等が住み着く集落レベルのダンジョンとなるが、大体の場合は気圧が崩れて霧散し、ダンジョンとならない。

 また大型台風となると広範囲に大気が動くのでこれもダンジョンにならない。


 竜巻により集まる魔力が大きな塊となり、行き場を失うと圧縮を始めて物理的にありえない変異を及ぼしてダンジョンとなるのだ。


 つまり、この場の魔力濃度は途轍(とてつ)も無く高いというわけだ。



 「キース!今からこれを散らすから手伝え!」

 「アルぅ、流石にきちーよ!ムリムリ!」

 魔力に酔ったのかキースは顔色悪く反論する。


 「キース!このままにしとくと、王都は滅ぶかもしれないぞ!?いいのか?」

 「いやいやいや、王都ダイジョーブだろ?」

 「…… みろ、ダンジョンが形成されだしている」


 木に掴まりながらアルフレッドはキースに身を寄せ、竜巻の地表部分を指差す。


 「…… キース、この竜巻の状況からしてダンジョンの規模は大きいだろう。しかも王都からかなり近い。大きなダンジョンは安定をするために、構築から早期に一度スタンピードが発生する可能性が高いんだ。」

 これは、アルフレッドの嘘だ。

 【未来視】で未来を見たなど言えるはずがない。


 「…… なんだって?スタンピードって魔物の軍団が人を殺し回るって…… あの?」キースの困惑する質問にアルフレッドは頷(うなず)く。


 「王都が陥落したら…… そうしたら、キース、スラムの子らも死ぬぞ?」


 キースはアルフレッドの言葉を聞いてグイッと顔を上げて、目に狂気を宿す。


 自分の子分の死を思い浮かべたのだ。

 「アル、どうすればいい?」

 「キースのそういう所、好きだぜ」

 「よせやい」


 アルフレッドはまずキースに高台(たかだい)を土魔法で作らせた。

 2次被害、自分達が死ぬ事を避けるためだ。


 「いいか、キース出来るだけ分厚い壁の部屋を俺達を囲むように作ってくれ」

 「おうよ!全魔力を投入して作ってやる!おらぁぁぁ!!」

 キースが気合を入れて魔力を練ると、地面を叩き土魔法を大地に流し込むと2人を押し上げるように地面が隆起する。


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 「竜巻が見える部分を一箇所だけ開けて部屋を作ってくれ!できる限りに頑丈に頼む!」

 「分かった!ぐぬぅぅぅぅ!どりゃぁぁぁぁ!!」


 キースはダンボールのような無骨な四角い部屋を2人を囲むように建てていく。


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 今現在のキースでは、到達しなかった土魔法の精度と強度となっているのだが、これは魔力を巻き込み圧縮されていっている竜巻の近くであり魔力濃度が高まっているのでそれが魔法を使う補助となっていた。


 「ぜぇ、ぜぇ、アルこれでいいか?」

 「…… ああ、十分だと思う…… たぶん」

 コンコンと壁を叩き、強度を確認するとレンガより硬いのではないか?とアルフレッドはやはりキースの土魔法の才能に驚く。

 

 「…… たぶんて…… 」

 「間違えて、もし死んだらごめんな」

 「まあ、親友だしなそこは我慢するわ」

 「…… 許すんじゃないんだな」


 2人はクスクスと笑い、キースは顎でアルフレッドにどうするんだ?と壁に一部分開いた穴にやる。


 竜巻は魔力の圧縮濃度がさらに増えていき、透明から紫色、それから黒いものと変容していた。

 アルフレッドは知っている。ここに出来るダンジョンはアンデッドダンジョンである事を。

 黒い闇魔法が塊になりだしたのだろう。


 アルフレッドは、壁の厚みが50センチ以上ある監視穴から竜巻を睨み【神罰の魔法】を発生させる為に力を入れる。

 その姿にキースは二歩と後ずり、尻餅をついて自分の親友の本当の力に畏怖をした。


 アルフレッドは大気中の魔力に自分の備えているいるものと、これまで少しずつ増やした【聖者の魔法】の光の円から得る分も魔力を加えて、竜巻に向かい【神罰の魔法】を放った。


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 アルフレッドの指先からグルグルと光が回転し、射出。

 その光はアルフレッドが標的とした空へと飛び上がる。


 空高く到達したアルフレッドの【神罰の魔法】は積乱雲を光り輝かせて逆回転をさせ轟音が辺りに鳴り響く。


 そして積乱雲の中に、大きな超高層雷放電(レッドスプライト)が現れた。

 その赤い光は空を覆う雲に伝搬していき、さながら神の怒りを思い起こすようなものだった。


 「アル…… おまえ…… 」

 キースの言葉を今は無視して、【神罰の魔法】を構築していく。

 空にある超高層雷放電(レッドスプライト)は地球のように一瞬で消えるものではない。

 魔力を多分に含み、空に存在をし続けている。


 カラム状スプライトというものが地球にあるのだが、空を覆うその雷の垂直に伸びた姿は世界の終わりさえも想像してしまう。

 

 もちろん今のアルフレッドには到底、放つ事は出来なかった魔法である。


 アルフレッドはここに集まる魔力を、高威力の魔法で散らしてしまい、本来の未来に現れる広大な高難易度のアンデッドダンジョンを発生さえさせなくしてやろうと思ったのだ。


 燃料がなければ、ダンジョンも出来まいてと考えた事は正解でアンデッドダンジョンは地表に穴を開けて、数匹のスケルトンナイトが地表に這い出てくる程度で収っていた。


 「キース!耳と目を塞いで伏せとけ!!」

 「ひぃ!わかっ!わかった!」

 アルフレッドはそう叫び【神罰の魔法】をダンジョンに向かって落とすと、自分も土魔法の部屋に伏せた。


 そして、世界は神罰の白い光に侵されたのだった。


 

[補足]

 超高層雷放電(レッドスプライト)とは元々はラテン語のspiritusからきている。

 そこからヨーロッパの妖精という意味Spriteへとなり今は定着している。

 天空に現れた光る赤い雷に、当時の人々は精霊や妖精と恐れたのだろうか?

 

 異世界におけるスプライト現象は地球とは違う。

 魔力は三稜鏡(プリズム)のように光の反射を変えたり、また気象現象にも変異を齎(もたら)す。

 このようにスプライト現象が発生するのは異世界ならではだろう。

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