第18話


 ミーナが聖女と正式になるには教会の叙階(じょかい)という儀式を執り行わなければならない。

 いくら、ファンタジーであっても人が集い働き、お金が動くのだから階層(ヒエラルキー)の高い人物が単独で任命をしてもミーナは聖女と認定はされない。


 日時を決め場所を決め、教皇・枢機卿・司教・司祭が集まり、形骸化(けいがいか)されてはいるが聖女に対する選挙、地球で言うならば教皇選挙(コングラーヴェ)のようなものを行う必要がある。


 それまでは、仮の聖女としてミーナは活動をする事になる。

 仕事は貴族を癒す事や、聖女の品格維持の為の教養取得、歴史や礼節のある会話術などと座学も必要になる。


 ここまで、ミーナに入れ込んで聖女認定がされなかったらという不安は無い。


 異世界において奇跡は絶対視できるのだ。


 地球のように、ロジックを合わせるように聖なる徳を積み上げ亡くなった後に、奇跡を証明する、なんて事はする必要がない。


 人を癒す聖なる魔法を唱えられ、広範囲に癒せれるのであれば女性なら聖女、男性なら聖人として認められるのである。


 人間性など教会による広報でどうにでもなる。


 この異世界にはまだインターネットも、国家を超え情報を伝える新聞さえないのだから。


[補足]

 コルカタの聖テレサマザーテレサ(1910〜1997)はカトリックの修道女である。死後に聖人として認められた。

 マザーテレサは優秀な聖職者であると同時に、相対する一般的なイメージとは違う側面も記録として存在している。

 噂話の程度ではなく独裁者より勲章を貰ったり、ネオファシスと関係のある人物(秘密結社)との繋がりなどもある。


 聖人とは、教会により定められた職務の一つに過ぎないのかもしれない。


 アルフレッドは、年老いた聖職者にミーナ様(・)と呼ばれるとプルプルと震えて涙目になる少女が聖女として生きていけるのか、とても心配になっていたがしかし、将来性としては安堵していた。


 アルフレッドは、ミーナの魔法がバレた時に、自身が未来の向かうべき方向性を思い直し転換させた。


 元々は孤児院から退院した後に2人で冒険者でもしようかと考えていたが、聖女となったのだから魔物退治などせずに安全に一生を送れるのではないか?と考えた。


 ならば、スタンピードが起こる時期に王都にいなければいい。

 幸い、聖女認定の儀式は王都ミッドランドの教会で執り行われず、教皇領がある教会の本部で議会が開かれるのだ。


 これはミーナへと報告してきた司祭の言葉で判明している。

 

 ミーナを唆(そそのか)してワガママを言わせ、スタンピードが起こる時に教皇領に居ればいいのだとアルフレッドは考え至る。

 実際に、そう・・出来るかな?と試した【未来視】の中でミーナはスタンピードが起こる時に王都ミッドランドにいない様にする事に成功させていた。


 (まぁ、この子が生きているならいいか)とアルフレッドは思いながら、プルプルと震えて緊張して過ごすミーナを見ながら微笑んだ。


 アルフレッドは、ミーナの大事さをまだ分かっていなかった。

 隣に並び共に成長してきた異性でありアルフレッドを信じ、恋心を抱いてくれる存在であるミーナがいなくなるという意味を。

 

*****

 

 アルフレッドは一応は聖女ミーナの側使(そばつか)えとして存在しているので、ミーナが教会施設を照覧(しょうらん)する場にいても問題が無かった。


 照覧とは貴人や尊き神がご覧になられる事であり、ミーナの立場はそれに該当するものと王都教会の関係者は考え、まだ仮の聖女であるミーナの行動に対し斟酌(しんしゃく)していた。

  

 教会には宝物庫があり、そこを照覧している時の話。


 「うわっ、アルなにこのキラキラ!!」

 「すごいね、あとミーナ声の大きさを下げようね?」

 「あぅ、ごめん…… アル、金銀宝石だらけだよぅ…… 綺麗…… 」


 ふわりとミーナが花の香りをさせてアルフレッドに抱きつく。聖女候補となった日から香油を垂らした風呂に浸かるようになったミーナはとても良い匂いでアルフレッドは一瞬、くらりとした。


 キャッキャと笑うミーナに微笑み返した後、宝物庫の中を値踏みし、ある宝物に目が止まり冷や汗を流した。


 様々な装飾品に紛れて、代々と王都ミッドランドの教会で死亡した高位聖職者の体内にある魔法の宝石が嵌(は)め込まれた聖体顕示台が2つも並んでいたのだ。


 【未来視】【聖女の魔法】の時に見たのと同じような宝石は魔力の光を放ちアルフレッドは目を離せない。


 ミーナは分からないかもしれないが、アルフレッドはミーナに与えた物と、実験で聖女から取り出した数えると4度と見ているので既視感からソレにピンと気づいた。


 「アル、めちゃくちゃ綺麗ね」

 「うん、すごく光っているね」


 殉教か老衰死か事故死かは分からないがそこに並ぶ2つの聖遺物(聖人の死体の一部)の宝石の輝きは観賞用としても優れていた。


 「ミーナ様」

 「ひゃい!!?」

 もちろん、宝物庫に来るのだから少年少女の2人でフラリと来たわけでは無い。

 ミーナに教会の内部を説明する聖職者が随伴(ずいはん)していた。


 「これは聖体顕示台(せいたいけんじだい)と言われるものでございます」

 「せいたい、けんじ?」

 「はい、聖体賛美式(ベネディクション)の儀式の際に高位の聖職者が神に拝む時に使われるものです。」


 へーっと、ミーナが目を煌めかせて聖体顕示台を覗き込み触ろうとした所で「おやめ下さい」と声がかかりピタリと手を止めた。


 「それは、今までお亡くなりになった聖女様や聖人様の御遺体の一部にてございます」

 「ひっ!死体の!?」

 「御遺体の、一部。その胸にあった宝石が嵌(は)まってございます」


 やはりか…… とアルフレッドはペロリと親指を舐めてニヤリと笑うと走り出して、ササッと2つの聖体顕示台に触りながら、その光を吸収しはじめた。


 「何と!聖騎士!」

 「はっ!」

 聖職者か叫ぶが早いか、聖騎士の槍の一突きが早いか、アルフレッドは2つの魔法の宝石を吸収して、聖騎士による刺殺により果てた。



 「─────────っくっ、刺されて死ぬのは痛いな…… 」

 アルフレッドは朝に【未来視】を発動した自室に戻ってきていた。


 突飛な行動をしたのも本日は宝物庫へ行くと事前通達されていたので【未来視】を発動させて、もしもの時に備えていたからである。


 「これは…… すごいな」

 脳内に魔法の2つもの宝石を一気に得た事により、流れ込み溢れてくる知識は膨大で頭痛をもってアルフレッドを苦しめ出した。

 「ぐぅぅ…… 」

 アルフレッドはそのまま失神しては、目が覚める事を一昼夜も繰り返した。





[以下補足のみ]

 聖体賛美式(ベネディクション)とはカトリック教会が執り行う儀式。

 地球では2つの様式があるが、異世界では聖体顕示台を使用するものが全てである。


[補足2]

 聖体顕示台はカトリック教会の宝物庫や、博物館に収蔵されている実際に存在しているものだ。

 ただし、地球の場合は遺骸がそこに嵌め込まれてはいない。魔法強きものが宝石となる異世界ならではの変化だろう。


 画像検索するならJ. B.KhünischbauerとM. Stegnerが制作したThe Diamond Monstranceがオススメ。プラハの伯爵夫人により亡くなった後に収蔵されたダイアモンドがあしらわれた聖体顕示台。厨二心をくすぐるキリストの輝きを表した放射線のデザインは素晴らしい。

 


画像検索用コピペ文↓

 

 J. B.Khünischbauer M. Stegner The Diamond Monstrance

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