第17話


 アルフレッドは回復魔法を手に入れて考えた。

 (魔法の本を読むと、より理解度を増した…… じゃあ、魔法の宝石はどうなんだろう?)


 アルフレッドはもう一度、聖女に対して同じ事をして、確かめて・・・・みたのだが…… どうやら宝石は一度しか取り込めないようだった。


 (…… じゃあ、他の人は?)


 また聖騎士に殺されて戻った時にアルフレッドはそんな『人の死を利用した実験』という、人としておかしな事を考えてしまった。


 「ミーナ、一緒に夜を過ごそう」

 「まぁ!まぁ!アル♡いいわ!いいわ!大歓迎よ!」

 アルフレッドはそんな自分自身の奇妙さに考えも至らずにミーナを強化しようと考えた。

 

 ─────夜、アルフレッドはミーナと教会の奥にある聖女の部屋へと歩いていた。

 「ア…… アル?夜のデートには相応(ふさわ)しくないんだケドぉ…… 」

 「しっ!静かに…… 殺されてしまうよ?」

 「こ…… 殺され…… 」


 …… アルフレッドは少しずつ壊れていた。


 元の【未来視】を使っていたドゥームは、アルフレッドのように繰り返して起こる日々の中で狂っていったのだ…… アルフレッドもそこに片足を踏み入れてしまっている。


 自己の心を見る事が出来ていない。


 『〜の実験をする為に人を殺す。だって現実の時間では相手は死んでいないのだから』その考え方は立派なソシオパスのものになってしまっているのだが……


 それに対し、優しさや相手への敬愛の心も持っているので、今のアルフレッドの心は『ちぐはぐ』なのだ。


 胡蝶の夢から醒めぬ間に、悪へと堕ちる瀬戸際ともいえる。


 さて、ミーナを連れて聖女の部屋へ入るとアルフレッドは手慣れたように聖女の口を力一杯に掌で塞ぎ、一意専心(いちいせんしん)に聖女の胸を数度と刺した。

 「!!っ!」

 息を呑むミーナをチラッと見て、「だめ、ミーナ」小声でミーナの続く言葉を止める。


 ひゅーっひゅーっ…… ひゅっ…… ひゅー……


 部屋の中では聖女の呼吸が小さくなっていく音だけが大きく聞こえる。

 「アル…… 」

 「ミーナ…… 後ろを向いていて…… 」

 優しく囁(ささや)くアルフレッドの顔には返り血があり、ミーナはそのアルフレッドの微笑に恐怖を感じて言われるままにクルリと後ろを向いた。


 魔物を解体する時の肉や、筋肉を割く音に似た音……

 揺れながら漂う、血の匂い……

 ミーナはガタガタと震えてしまう。


 「いいよミーナ」

 「…… 」

 ミーナはアルフレッドへと無言で振り向く。

 アルフレッドの胸から下は血だらけで、向こうのベッドの上には人間が解体された跡。

 

 トッ…… と一歩、アルフレッドが歩み寄ると怖くて腰が抜ける。

 「ミーナ、この光る宝石に魔力を込めて見て」

 「なになに、なんなのなんなの、アル、あなたアルよね?」とミーナは目線が定まらずにうわごとで呟(つぶや)く。


 その震える手に、アルフレッドは聖女の宝石を握らせ「魔力を」と少し強めに言うと、コクコクとミーナは首を上下に何度もして聖女の宝石の光を震える体に取り込んだ。


 「…… やった!」

 「ひっ!」

 アルフレッドは喜んで、ミーナに抱きつく。

 人の解体も三度目なので精神的に余裕がある、今度は聖騎士に殺される事なく自発的に【未来視】を解除したのだった。



 「─────…… ふぅ戻ったね」

 「ねえ?アル?どう…… え?え?何これ?」

 【未来視】を解除した後、聖女殺しの実験の為に、待ち合わせていた夜の物置部屋に精神が戻るとミーナが困惑していた。

 

 どうやらミーナにも【未来視】の効果が及んだのだろう。


 (【未来視】を解除する時に抱きついたのも良かったのかな?)とアルフレッドは考察しながら、ミーナが【回復魔法】が使えるようになった事を、遠回しにミーナが自分自身で気づいたように導きながら伝えた。


 (まだ、半信半疑だね…… なら…… )

 「アル、危ない!」


 物置にあった鉄の鋲(びょう)をよろけて踏み込み、足を偶然を装い怪我してみせると、アルフレッドを好きなミーナは間違い無く【回復魔法】を使い、自分の変容を受け入れた。


 (これぐらいの怪我なら問題なく治せると自分で使って知っていたけど…… やっぱり【回復魔法】は凄いな)ミーナによって治された足を確認すると、アルフレッド心の中で感嘆した。

 


 しかし、自分も【回復魔法】を使えるとミーナに話すにはまだ早い。混乱を深めてしまうと考えた。


 アルフレッドは自身の状況を隠匿しながらも、ミーナに【回復魔法】の事を理解させるに成功すると笑顔で少女の頭を撫でた。


 (【未来視】の使い方がここまで及ぶなら…… もしかしたドゥームが魔法を与えた人間が残っているかもしれない…… )

 アルフレッドは自分を殺し得る人間が、たくさん存在しているのではと心の中の危機感を高めた。


*****


 翌朝、教会は大騒ぎになった。


 なぜなら、自身の魔法に困惑したミーナが秘密の大きさに耐え切れずに聖職者に回復魔法を使える事を相談してしまったからだ。


 アルフレッドは、しまった、と心の中で叫んだ。

 こんな日に限って【未来視】を発動していなかたのだ。


 前日のミーナを落ち着かせる為に、夜更かしして会話していたのが祟り寝不足で判断が鈍ったと奥歯を噛んで悔いた。


 「ナイショにしておかないと、大変な事になると説得しておけばよかった」

 やり直しが効かない現在、アルフレッドは唖然としながら成(な)り行きを見守るしかなかった。


 ミーナの話は、すぐさまに王都の教会の上へと登り、昼前にはお披露目と相成(あいな)った。


 教会関係者の全てが見つめる聖堂の中心でミーナは【回復魔法】を使うと、その輝きは大きく縦横軸のドーム状態に広がり魔法の光は聖堂内の人間の全てに及び、それを癒した。


 「おお…… 」という司教の感嘆の声の後に、聖職者の全員が拍手をしだした。


 どうやら、聖女より得た【回復魔法】は普通一般のものより大きく違い【広範囲(エリア)の回復魔法(ヒール)】となり大多数の人々を癒す光が肝となるようだ。


 「ではミーナ様(・)、集団ではなく個人への回復魔法は使えますかな?」

 「え?はい」と司教の問いに返したミーナは、アルフレッドに使っ時の事を思い出しながらぎこちなく司教にのみ【回復魔法】を使ってみせた。


 「ふむ、神聖な光と回復効果…… どうやらミーナ様も聖女様のようですな…… しかし同じ時代に聖女が2人とは…… 」

 司教の言葉は、ミーナが聖女として認定される事を決定付けるに等しいものだった。


 …… 翌日の昼には、ミーナの派閥が誕生した。

 その側近にはアルフレッドが仮として仕えることになる。


 普通はあり得ない人選なのだが、ミーナがあまりにも恐縮して心労で泣くものだから仲の良いアルフレッドをお気に入りの人形のように充(あ)てがったというだけだ。


 目標管理(ロードマップ)では、ミーナが落ち着いたらアルフレッドは他の孤児院に飛ばされてしまうだろう。それほどに聖女とは守られる存在なのだから。


 「ミーナ…… 大丈夫?」

 「…… 大丈夫じゃないよ?」

 

 アルフレッドはミーナに与えられた執務室でウロウロと歩き回りながら話を続ける。

 「アル…… 私、どうしたらいいんだろう?」

 「…… わからない…… ごめん」


 アルフレッドは【未来視】により、ミーナの『その後』を観察しようとして止めた。

 これからミーナの運命は分岐を大きくしていくだろう、一つの未来だけでは判断出来ないし、小さな出来事が様々に関係してくるだろう。

 今、見られる【未来視】では前途は逆睹(ぎゃくと)しがたい。


 「アル…… ところで、何をウロウロしてるの?」

 「ん、ああ、ごめんね?」

 アルフレッドはミーナの執務室の中を靴で擦り歩いていた。


 光はミーナや、執務室に詰める聖職者には見えないのだか、アルフレッドはこの部屋のミーナが座る執務机の周りに【聖者の魔法】で光の円を引いたのだ。


 (これで、この執務机に座る限りミーナはスタンピードでは死なないだろうね…… 後で言って聞せよう)とアルフレッドは満足しながら頷(うなず)いた。


 ミーナはアルフレッドが善に傾くキーパーソンであるのかもしれない。

 彼のその心には幼馴染であるミーナの安全を願うものが確かにあったのだ。


 【聖女の魔法】を覚えさせようと思ったのも、未来視ではない現実のミーナが傷を負っても死なないようにと考えたものだったのだから。

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