第16話
王都脱出の際に魔法の才能が開花して、強固なる王都の壁を土魔法にて壊落させ魔物に追い詰められた人々の、一部だが数千人も脱出させたのがキースである。
彼は、必死に仲間を助け、平民を率いて隣町まで辿り着くと魔力の欠乏と過労で倒れて辞世(じせい)した。彼が、疲れ果て死に際に残した言葉は「疲れた」の一言だった。
現実のキースは既に土魔法を使える。この時点で歴史自体が変わっているのかもしれない。
将来、この世界にもアーノルド・J・トインビー(1889〜1975)という歴史を客観的に最大化(マクロ)で捉えるような歴史学者が現れたら、必ず躓くのはキースの出現であろう。
いきなり、孤児が魔法を使い人々を助けるのだから、その未来の偉人の脳内で起こる混乱を考えると気の毒にさえ思う。
さて(運命は、あの時より全然と違うだろう)とアルフレッドは考えて更に何か出来ないかと動き出した。
そこで目を付けたのは聖職者という職業である。
聖職者は【回復の魔法】を使う事が出来る。
地球の創世記にはこうある『神は御自分にかたどって人を創造された。 神にかたどって創造された。 男と女に創造された。』と。
異世界でも似たような教義があり、回復魔法は人の怪我を神が与えた形に戻す法として聖職者の上位の位階の者にのみ教え伝わっている。
[補足]
冒険者でも回復魔法を使える者がいる。
彼等は聖職者
ある程度ならば教会から目溢しされるが、犯罪者などは聖騎士という教会の保有する武力集団により成敗され回復魔法は聖なる領分と意義を保っている。
回復魔法を得るには聖職者として、ある程度の地位にならなければならない。
アルフレッドは冒険者で回復魔法を使える者に「教えて欲しい」と頼みながら金貨を積んだ事もあるが、答えは誰も彼もNOであった。
回復魔法を教えるという事は教会に睨まれるかもしれないという怖さがある。
アルフレッドを容易に死刑とするこの世界の教会は平民の命を軽く見る所があるのだからその怖さは折紙つきだろう。
「さあ、さあ、アルフレッド、君もこちらに」
「…… 、ぐぅ」
アルフレッドは裸で少年達と交わる助祭の姿を見ながら
「はあ────────っ…… どうしようもないな」
彼は現在に戻りベッドの端に座り、深くため息をついて項垂れた。
これで3度目の【未来視】による回復魔法の取得の失敗である。
どうやら、聖職者は異性との性交は禁じられているので抜け穴として少年との交わりに興奮する者達が多いようだ。
「欣快(きんかい)の至りとか、ワケがわからないよ…… 」
嬉しく気持ちいい、という意味のその言葉を叫んでいた助祭であるが、少年達と性交する部屋には怪しいお香が焚かれ薄暗い中で目をギラギラとさせていた。
アルフレッドのような美少年と戯れる事が余程に嬉しかったようで、その表情を思い出すとゾクリと悪寒が走る。
「慇懃(いんぎん)を通じるが良いか?」
という、アルフレッドが質問した「位階を上げたい」という言葉に返された問いかけに、アルフレッドは意味も分からずに頷(うなず)いて、件(くだん)の部屋に行ったのだが…… ワザと難しい言葉を使い、有無を言わさず同意させる手段だったのかもしれない。
「セックスしようか?」という意味で話してくれていればとアルフレッドは考えるが、教会の上の職に行くにはどこかの派閥に入らなければならない……
「どうすりゃいいんだよ…… 」
王族派・教皇派・貴族派の派閥の全てで性交が出世の条件とされていたのだ。
「怖いけど…… 仕方ないかなぁ…… 」
残るのはミーナが将来、加わる聖女派の派閥である。
アルフレッドは死刑宣告をされた時の聖女の目を思い出して、コレムリじゃないかなぁ…… と心の中で弱音を吐いた。
[補足]
地球においても聖職者の性的虐待や犯罪はカトリック教会の中で起こり大変な問題になっている。
被害者に男児がいる事はもちろんだが、その被害者の総数は多く根が深い。
今は教皇により厳罰化されているが加害者である聖職者は温情を受けていたりしており信者を激怒させる結果となっている。
*****
2回。
そう、2回だ。
この回数はアルフレッドが今回、聖女に関わり殺された回数である。
聖女派に入る事はとても難しかった。
それはアルフレッドが男児であったからだ。
1度目の死は聖職者宦官…… 性器切除を迫られて断った時だ。
聖女に近くなるという事は、性的な興奮を示してはならないという事である。
エジプトのアレクサンドリアにオリゲネス(〜249)という聖職者がいた。彼は救いの教えである福音を心に去勢したという歴史があり、霊的キリスト教の宗派にも去勢派(スコプツィ)というものまである。
聖女に近くなりたいのであれば、去勢もあり得ると考える者も多い。野卑(やひ)な孤児と思われているアルフレッドならば尚更であった。
「嫌です!切るなんて!」と、アルフレッドが叫ぶと すぐに匂い馨(かぐわ)しく、豊満で官能的な修女(シスター)がアルフレッドに撓垂(しなだ)れ掛(かか)った。
大人としての経験もあるアルフレッドは
彼は、そのまま牢に入れられて聖女に対して不敬な事を目論(もくろ)んだ罪人として首を刎(は)ねられた。
2度目は、それが
何とか聖女派に入れたアルフレッドは教会の外に出る事もなく雑務をこなしたが…… 「これ、数年で上に行くのは甘いんじゃない?」とハッと気づいた。
では、どうするか。
聖女の寝室に夜中に忍び込んだのだ。
アルフレッドの扱いは下の下。夜中でも仕事を押し付けられるので、教会内の床を拭きながら警備する聖騎士のタイムスケジュールと聖女の寝室の場所を確認するのは容易かった。
普通、聖魔法である回復魔法は、人と人の一対一となれる告解室で教えられる。
寝室にてどうするかと考えた時に、冒険者で盗賊を脅す時に仲間はどうしていたかと思い出す。
アルフレッドは、教会から配布されるハイソックスを脱ぎ片方で寝ている聖女の口を頭後ろに回し縛る。
「ぐぐっ!!!」
「静かに」
驚き体を起こした聖女の腹を殺された恨みを込めて殴り、体をくの字に苦しむその体から手を掴み、もう片方の靴下で後ろ手に腕を縛った。
「さて、とりあえず…… これでいいか」
「くひっ…… !」
靴下で塞いだ口の上にさらに手を当てて、苦痛の声すら漏らさないようにしてベッドサイドのナイトテーブル上にあったペーパーナイフで聖女の腕を斬りつけた。
「さて、痛い目を見て分かるように僕は本気でアナタを害する存在です。声を上げないで下さいね」
「ふっ…… ふっ…… ふひっ」
確認しながら、何度か更に傷を増やすと聖女は涙を流して震え出した。
(確かに、女の盗賊の尋問はこんな感じだったけど…… 大丈夫かな?)とアルフレッドは心配になりながら、自分が回復魔法を覚えたいという事を伝えると、聖女は肯定するように首を縦に振る。
「よし、じゃあ靴下を解くからね。回復魔法教えてくれよ?」
「…… くっ、キャ─────ッ!!!」
「っ!おい!」
聖女はどうやら盗賊のように精神の弱さは無かった。死の怯えの中でも品格を持ち、賊を倒す為に叫んだのだ。
途端に走る音と、扉を開く音が。
聖騎士が聖女の叫び声に駆けつけたのだ。
「チッ!」
アルフレッドは舌打ちして、【未来視】で経験した裁判を含めて2度殺された仕打ちを思い起こして、自分を闇へ追いやった聖女へ、せめてもの反撃としてペーパーナイフ…… この時代にはプラスチックはない、金属を薄く伸ばしたそのナイフで聖女の心臓を目掛けて突き刺さした。
アルフレッドの首が聖騎士によって飛ばされていくのはその1秒もない後だった。
だが、アルフレッドは聞いた。
聖女の胸に刺さったペーパーナイフが『カチリ』と音を鳴らしたのを。
柔肌である聖女、ナイトローブなので装備品がないのも確認している、胸骨に当たるではないその手答えの音を。
聖女の胸には【未来視】を得た時のような記録(ログ)の宝石があるのだとアルフレッドは確信して死んだ。
────── 次のアルフレッドの行動は、全てが順調だった。
聖騎士の見回り時間を確認して、聖女の寝室に入って、靴下で猿轡(さるぐつわ)をして、持ち込んだ鋭利なナイフで聖女の心臓を止めた。
カッと見開いた目は、薄暗い部屋の中にいるアルフレッドを捉えていなかっただろう。すぐに瞳の光は失せたのだから。
アルフレッドは魔物を解体するようにはいかず、肉を解体するのが流石の人間なので気持ち悪くなり嘔吐しながら血に濡れた。
「やっぱりあったか…… 」
聖女の胸の奥から、光り輝く白い宝石を手に取ると、アルフレッドはその宝石の光を自分の体に取り込んだ。
アルフレッドはこうして聖なる回復魔法を手に入れる事ができた。
もちろん、聖女の流した血の匂いに気付いた聖騎士により殺される一通りのオチがついて。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます