第13話



 アルフレッドはダウゼンの町で【未来視】を使い、冒険者として過ごした時のことを思い出していた。


 あれは、酒が自分に合わないと分かった日だったのでよく覚えている。冒険者仲間と酒場食堂バルで酒の試飲で気分悪く楽な格好で寛(くつろ)いでいた時。吟遊詩人(トルベール)ではなく珍しく道化師(クラウン)が話芸を魅せていた。


 世界はどれほどに広いのか、老人が歩いて王都まで行こうとすると老衰で死んじまう!など距離の噺(はなし)を大袈裟に面白おかしくして楽しませていた。


 アルフレッドは「そんな事あるか!」と笑いながら囃し立てていたが、いざこうして旅に出ると道化師(クラウン)の噺もウソではないと感じる。


 「面白い話には幾分かの『本当』を混ぜるのだよ。」と商家の親方に言われた事も本当だったと心して馬車から外を眺める。


 ダウゼンから馬車でもう2ヶ月もの旅をしている。

 聖職者との旅なので、路肩にある聖遺物への祈りの訪問や教会のある村、町への立ち寄りと資金繰り。

 馬を変えない事による休息と、魔物が多い地域では冒険者を雇い対応。


 「いつになったら王都に着くのよー…… 」

 というミーナの愚痴は聖職者の代わり映えしない教えで行き場を無くす。


 グデっと寝転んだミーナは子女にはあるまじく薄衣で、季節と気候が変わったのだと分かる。

 「ミーナ、ちょっとはしたないよ?」

 「え?アル、私のボディーに見惚れた?」

 「…… 子供じゃないか」

 「アルも子供じゃない?」


 ミーナの好意はいつまで続くのだろうか?という事と、難所を迂回しながらの旅はまだ続きそうだとアルフレッドはため息をつきながら、ミーナと会話をポツポツとしながら旅は続いた。


[補足]

 馬車はそこまでのスピードが出ない乗り物である。

 今のように軽金属があり、カーボンがあり、プラスチックがあれば良いが、木組みで重量がある。

 またサスペンションが無いので積荷に影響があるといけないので早くは走れない。


 地球の話で、貴族の隠し子とされている旅行好きなジャコモ・カサノヴァ(1725〜1798)は急行の馬車の、あまりの乗り心地によりフラフラとして嘔吐したという記録*(下英文)もあるので、初期中世より進化した馬車でさえ乗り心地とは如何なるものか想像がつくだろう。



****


 「しかし、アルフレッド君は実に有能ですね」

 「…… そうでしょうか?」

 「うんうん!アルは凄いよ!」

 アルフレッドは旅の先々で、今までの経験を気にかけず使ってしまっていた。

 

 馬車の補修や、携行食糧の買い出しの計算とやりとり。急な魔物との単独戦闘や、治安や魔物の多い地域で雇った冒険者との連携である。


 アルフレッドは人殺しの犯罪を知られてはならないので剣はダウゼンの町に放棄してきたが、彼には魔法【ファイヤーボール】があり街道に現れる程度の魔物を退治するに十分だった。


 アルフレッドは気をつけて威力を抑えていたが、馬車を操る聖職者の目からしたら『魔法の技量は子供なのに高威力である』との判断材料となった。


 聖職者に知られて一番悪かったのは、馬車守りとして雇った冒険者は知り合いであり、彼との会話が弾み必要とする知識を授けてしまった事だ。

 その知り合いの冒険者はもちろん【未来視】で将来的に知り合うはずの人間だったのだが。


 「教会の解毒の話など、私も暫く聞いておらず忘れていましたよ」

 「…… いえ、あの。」

 この世界の下位聖職である侍祭(アコライト)以上の位階の聖職者は教会でのみ解毒魔法を唱える事が出来る。またその解毒魔法は毒として認識される程度の軽微な呪いを祓う能力がある。


 「あの冒険者さんアルに感謝しながら、泣いてましたね」

 「はい、妹さんの体の異変は毒ではなく呪いだと言い当てたアルフレッド君の考えはたいしたものでした」

 「はは、ははは…… 偶然ですよ?」

 もちろん言い当てたのではない。知っていたのだ。

 実際は未来の、今から10年後に冒険者の妹が呪いによる衰弱で死んだ後に、全てを知ったのだが。


 (しかし、彼はもう冒険者を辞めるだろうな)とアルフレッドは思う。妹の病気を治す為に冒険者として生活して、解毒の方法を探していたのだから。

 (…… 確か農家に戻ると、彼は言っていたな。)


 妹が死んだという手紙を冒険者ギルド経由で受け取った彼の諦めた目と、全ての年月と苦労が水泡に帰したと悩み苦しんだ後の彼の過労死間際の顔色を思い出すと、二度と出会えないかもしれない寂しさよりも彼のこれからの幸福に嬉しくなるアルフレッドだった。


 それから旅は続き、夜と朝とを数える事が楽しみにさえなる退屈な日々を越えてやっとアルフレッドとミーナは王都ミッドランドにたどり着いた。




*"We engaged two places in the diligence which would take us to Paris in five days; Balletti informed his family of the time of his departure, so they knew the hour at which we should arrive.

We were eight in the conveyance, which is called a "Diligence"; we were all seated, but all uncomfortably, for it was oval; no one had a corner seat since it had no corners. I thought this poorly considered; but I said nothing, for as an Italian it was my part to consider everything in France admirable. An oval coach: I bowed to the fashion, and I cursed it, for the strange movement of the vehicle made me want to vomit. It was too well sprung. I should have found a jolting less trying. The very force of its speed over the fine road made it rock; hence it was called a "gondola"; but the true Venetian gondola propelled by two oarsmen goes smoothly and does not cause a nausea which turns one inside out. My head was spinning. The swift motion, which at least did not jolt me in the slightest, affected my intestinal vapors and made me throw up everything I had in my stomach. My fellow passengers thought me bad company, but none of them said so."


https://giacomo-casanova.de/catour4.htm

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