第12話
アルフレッドの【聖者の魔法】は魔力補充以外にも役立つ事になった。
線を引き、光の円を完成させて自分の結界となった場所を自在に操れるのだ。
アルフレッドは【ファイヤーボール】の本を得た時に木の下に埋め隠していた剣を町に持ち帰り隠し、【聖者の魔法】の光の円でその場所を囲い人に認知しにくいようにした。
これにより、アルフレッドは孤児院から年齢制限で退院する時、世界を旅するのに使う武器が手に入った。
【未来視】での商人の人生、生活でアルフレッドは強さだけではなく世界への旅に憧れた。
知らない土地の知らない場所の土産話を旅商人から聞いては夢をみるまでになっていたのだ。
そして剣を得た事で…… もう一つの今現在の懸念材料を無くす事ができた……
「ぐぼっ…… てめぇ…… なにもんだ」
「…… 」
孤児院を放火しようとしたスラムの元冒険者の男を殺す事に成功したのだ。
──────それは不意打ちだった。
【未来視】で
現実でそれを効率化して再製(トレース)してみせたのだ。
家の扉から出て、外で立小便する男の背後からリーチがあり殺傷能力が高い剣で首の半分貫く。それだけの話だった。
後は、犯罪現場から逃走して、その晩は大人しく孤児院に戻り就寝をした。
「ファイヤーボールを使えばもっと簡単だけど、人に知られないのは簡単じゃなかった。ヤツは僕らを殺そうとしていた…… 」とアルフレッドは人を刺し殺した自分の手を何度も摩り、恐怖からの震えを抑えようと必死に夜を過ごした。
…… 翌朝、孤児院の大人達は大慌てだった。
外衛兵が男の刺殺について聞き込みに来ていたのだ。
アルフレッドは気が付いていなかったが、剣が体に侵入した角度と、逃走路に点在した血痕から容疑者は子供または小さい体格の者と推測されていた。
「彼は、この孤児院を疎(うと)んでいたようなのです」
「やはり、昔の事をまだ…… 」
「はい、マザーのおっしゃる通りで…… 孤児院への恨みはまだ相当にあったんでしょう」
元冒険者の男が冒険者を辞めたのは、妻が嬲(なぶ)り殺されたからだった。美しい妻を殺した者を探す為に男は冒険者を辞め、這いずり回り犯人を特定した。
犯人は孤児院の成人前の男子2人だった。
成人前に箔をつけたかったから、女に乱暴をしてその弾みに…… という、酷い自分勝手な犯行動機だった。
男子2人は、罪に対し金銭による補填も出来ず、また身元引き受けに教会は否定の意を示したので奴隷となった。
元冒険者の男は、2人を殺そうとした所で運悪く兵士に止められた為に消化不良となり、それからずっと孤児院を恨みスラムで暮らしていたという。
アルフレッドはその話を聞いて、心の中が途轍(とてつ)もない罪悪感でいっぱいになった。
この孤児院の人間が愛し合う夫婦の両方を殺してしまったのだから。
彼は、一度は商家で妻の不義を知るまで愛情のやり取りをした経験がある。
その記憶が、心の中で暴れ出して叫び自分が殺したと自白したい心境になる。
「では、マザー、孤児院の運営も気をつけて」
「はい、ありがとうございます」
アルフレッドは利己的な自分が嫌になりながら、(でも彼も孤児院を放火しようとしたじゃないか)と一生懸命に自分自身に言い訳をした。また、商家で知り得た奴隷の一生を思うと沈黙を守るしかアルフレッドには出来なかった。
[補足]
奴隷となった男子2人は各地の掘削をして働く奴隷として若い一生を終えた。
金がかかる奴隷の魔法器具は使わず、監視体制で制御された労働だが、奴隷の反抗はとても出来ない気力や精神を蝕む苛烈な現場だった。
地球ではドラペトマニアという、奴隷となった黒人の人権や尊厳を無視するための精神病と認定された病があった。奴隷が自由意志を持って拒否するのは精神病であるという人の狂気の思想である。
この異世界での奴隷労働は地球より過酷で、魔法により逃走や隠蔽などの統制がされているので自由意志を持つ事すら厳しい。そして、奴隷となった未成年で骨格の整っていない人種族の5年生存率は極めて低い。
アルフレッドはやはり強くならなくてはならないと、再度、強く思い始めていた。
【未来視】の元の持ち主である魔法使いは無茶をし過ぎて殺されてしまった。しかし、傲慢な生き方を貫ける程には自由だったはずである。
アルフレッドは親の養育下、寒村での暴力を伴う労働、そして教会の監視下の孤児院と現実世界での自由を掴んだ事など無かった。
【未来視】で体験した商人としても、やはり決められた仕事と決められた結婚と自由だったのか首を傾げるもの。
「早く大人になり旅をしたい」アルフレッドは心からそう吐露した。
*****
大人になりたい…… とは言ったものの【未来視】で訪れる大人での未来は幻視のようなもの。
しかし、その記憶がアルフレッドに残るのは事実で、それはアルフレッドを悩ませるものになっていた。
悩みとは…… 人は飽きるものであり、それは不意に訪れるものであるという事だ。
本を読んでいる時や、食後の腹が良い感じになった時。
異世界ではそれは顕著で、娯楽は喧嘩や町中での歌声や笑い声だけで飽きる要素は多分にある。
アルフレッドは何度も【未来視】を使い日々を繰り返して送っていた。
ある時は、冒険者として素材を集めて毎日、毎日。
ふとした仕事と仕事の合間に思うのだ(こんな生活をしていたいと思ったわけじゃない)。
人は、日々があるから本気に生きられない。
余力を残し、明日へ明日へと体や精神を誤魔化しながら生きている。そんな中での生きる事への『飽き』は【未来視】を解除するに足る理由となっていた。
もちろん、現在のアルフレッドとしてみればそれは一瞬の中の話であるが、魔法により人生を何度も続けていれば『飽きるタイミング』が分かるようになってしまう。
まだ出会っていないが、本の中や商人の人生で聞いたエルフという耳長く妖精の種族は寿命が長く『飽きる』をなるべく感じないようにダラダラと時間を使いながら過ごしていると聞いた事を思い出しアルフレッドはなるほどと深く頷(うなず)いた。
しかし、アルフレッドは人間である。
一つの事に熱中するには、エルフと比べると集中力が足りない。
それこそ何十年という単位で、一つの魔法を時間を忘れて研究するなんていう事は人間には出来ない。
例えば、魔法研究の息抜きで入った食事処で食べた物が美味しければ、その食材を使った他の料理を食べたいという考えがずっと脳の中に残ってしまうのが人間なのだから。
[小咄]
この世界にはこんな小咄がある。
「もう、アナタとは暮らせないわ!いつもいつも机に齧りついて勉強ばかり!こっちを見てよ!もう!」
「…… 」
25歳の女性は、研究に没頭する伴侶である夫に叫び夫婦としての別れを告げて家を出た。
男はその後、50年かけて魔法を開発し、コキリと一つ首を鳴らして愛する妻に報告しようとすると妻は留守のようだ。いつも食事は外でするので最近は会っていないなと妻を探す男。
男は妻を探して、妻の故郷に行くと妻は墓の下で大往生。自分の子孫ではない、おそらく再婚したのであろう妻の人族の孫が実家で走り回り、妻の娘が花の匂いのするジャムを煮ている空間に男は目を回した。
「離縁するなんて聞いていない!」
男はエルフで、人との時間感覚を揶揄ったこの話は有名で、人を好きなエルフを『観察者』と呼び、エルフを好きな人を『飄逸(ひょういつ)者』と呼ぶ。
飄逸とは呑気な様の事だ。
しかし、アルフレッドは小咄のように呑気な人間ではない。
いつも、死に怯えて暮らしている。
飽きに悩みながらも死から逃れる為に、壮年の頃までいかない未来の都度都度で色々な事をし、体験して覚え、器用貧乏になりながらも、孤児院にて暮らして2年の月日が経過した。
──────ある朝の事……
「アル、フレッド…… 」
「はい、マザーおはようございます」
「…… あなたは、いつも朝に会う度に人が変わったような雰囲気になるわね」
「気のせいですよ、マザー」
昨日の夕食(ゆうげ)にで出来なかったであろう、柔和なアルフレッドの微笑にマザーはたじろいだ。
孤児院の責任者であるマザーは、ここ最近はアルフレッドとの会話の雰囲気がどうも目上の者と話しているような気がして気味が悪くなっていた。
そこでマザーは悪魔か何かがアルフレッドに憑いたのではないか?と考え、今日の日を迎えたのだった。
「アルフレッド、昨夜に話した通りアナタは王都の孤児院に行ってもらいます」
「はい、それは聞きましたがナゼですか?」
「…… アルフレッド、アナタはどうも私の手に余るのです」
そうマザーが心境を述懐(じっかい)するのは当然で、アルフレッドは優秀になりすぎだ。
もちろんまだ天才と呼ぶ程のものではないが、成人の男性が及ぶべき十分な知識を得ていた。商業や会話の知識や、持ち帰る討伐した魔物素材などなど。
きっと彼、アルフレッドには何かある。
そうら考えると、マザーは王都教会に筆を取っていた。
マザーは聖教本部がある都市では【聖者の魔法】の件(くだん)の司祭に何をされるか分からないので、せめて王都にある孤児院で優れた聖職者に指導ないし矯正してもらえないかと知恵を絞った。
司祭に預けるのを厭(いと)わしく思ったのは、恐れながらもアルフレッドに愛情がまだあるからだった。
アルフレッドはそれを理解しながらも、寂しさを感じていた。
大人としての営みを経験しているので厳しくも愛情を彼女から感じていたのだ。
「マザー、ひとつ良いですか?」
「…… なんでしょうか?」
「今、僕が魔物退治で稼いだお金が幾分か残っているはずです。それを使いこの地図にある店で指定の薬を調合して買っておいて下さい」
「…… これは、なんでしょうか?」
アルフレッドは、フッと笑いマザーに告げる。
「その薬はマザーの持病を癒す特効薬です」
マザーはサッと顔を青くした。
朝方、心臓の痛みがひどい日があり、アルフレッドが言う『持病』の薬に思い当たる所があったのだ。
アルフレッドは何度もの【未来視】で必ずマザーが病で死ぬ事を知っている。これからは現実でやり直せないのだから後悔をしたくなかった。
そこで、薬師見習いとして働いた所で、初期症状にのみ有効な心臓の病のポーションが販売されていると知ったのだ。
震えるマザーの肩に手をやり、アルフレッドは今までの礼を言うと孤児院を出た。
「アル、早く♡!」
「…… ミーナすごい、ノリノリだね…… 」
アルフレッドは、自分を慕うミーナ達に毎日とはいかないが【ファイヤーボール】の魔法を手解きしていた。
魔法の習得は、【未来視】のような宝石、魔法の本、そして時間はかかるが師に仰ぐという方法がある。
アルフレッドの【ファイヤーボール】の熟練度は極めて高く、また運の良い事にミーナだけは他の孤児とは違い微量ながら魔力があったので魔法を習得してしまった。
攻撃魔法とは恐ろしいもので、運用に際しての注意は多岐に渡る。それなので、彼女も
2人は、皆の別れの言葉に手をひらりと振りながら、そのま教会の物資運搬の馬車に乗り込み、彼はダウゼンの町を離れたのだった。
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