第11話
「──────…… 」
「さあ、来なさい」
アルフレッドは大人しく3度目となる特別拝聴室の椅子に座り、B案の呪文を選択して復唱する。
今回は死なないと分かっているのでそこはいい、奴隷にならない為に…… とアルフレッドは自分の持つ力で切り抜ける事を考えていた。
復唱が終盤になり、子供ながらになんとか捻り出した答えを達成する為に聖者の魔法の本を読み終わり、光が自分に吸収される最中にアルフレッドは隣室へと膝を床に叩きつけるように折り曲げ、手を合わせ大声で叫んだ。
「司教様!ありがとうございます!ファイヤーボールの魔法を得ました!これから魔物退治が楽になります!!」
「…… 何と?」
「はい!今読んだのはファイヤーボールの魔法の書ですよね?」
混乱の中、司教は今にもアルフレッドの首へと隷属の首輪をはめようとしていた男を手のジェスチャーで止める。
魔力量が増えると予想される聖者の魔法を使う者を抑えるため、また、アルフレッドが死ぬまで
「貧する孤児院で暮らすなら魔法の師に教えを乞う事、魔法の書を消費する事もない…… おい、ファイヤーボールを壁に向かって使ってみよ」
もし嘘なら…… という言葉を司教は飲み込んだが、特別拝聴室にいるアルフレッド以外の者は剣を抜き身にして睨んでいた。
「あの、壁が焦げると思いますが」
「構わん、石壁じゃ。早よやれ」
司教の言葉遣いが苛立ちの為か、荒れだしているのを感じアルフレッドは司教に害が及ばない方向の壁へ【ファイヤーボール】を射出した。
自分に使い様があると思われてはいけないので、【未来視】により膨れ上がった魔力量を露見させてはならない。と、出来るだけ魔力量を抑えて放たれた【ファイヤーボール】は、石壁のスイカ大ほどの一部を焦がし煙と共に消えた。
「……
こうして、司教の短慮によりアルフレッドは教会より解放される事になったのだ。
「ここであった事は、神への祈りだけ。魔法を得た事に感謝して生活するのですよ」
「はい、ありがとうございました!」
アルフレッドは教会の入り口で聖職者に人に聞かれるように努めて大声で礼を言うと孤児院に向かい走り出した。
その孤児院への帰り際のアルフレッドの顔は年相応ではない、人を疑い嫌うものになっていた。
*****
アルフレッドが教会から解放されて一月が経過した。
暫(しばら)くは、やはり司教の確かめもせず飽きたオモチャのように放出したアルフレッドの動向を疑う聖職者の目があったが、司祭が昇殿の期日を見合わせ町(ダウゼン)での滞在を終え、数日するとその目も無くなった。
またその間、アルフレッドは声高く教会より【ファイヤーボール】を授けられたと自ら吹聴するので、教会も手を出しにくくなっていた。
魔法を得たアルフレッドは、今日もミーナや孤児院のメンバーと魔物狩りをしていた。
アルフレッドが魔法を仕えるようになったので、中型の魔物でも退治できるようになったのだから、それを運搬する人手が居る。
結果、人員は余分に必要としたが得られる物は多く、孤児院の食事の改善にもなっていた。
そのアルフレッドの【ファイヤーボール】だが、威力が大分と上がっていた。
強く意識して抑制をしなければならない程に。
アルフレッドは【未来視】で2度、聖者の魔法の本を読んだ。
魔法には習熟度があり、理解力が深ければより良い効果を得られる。
算数の掛け算のようなもので、記憶するだけではなく実践し習熟し、紙ではなく脳内計算で当て嵌めればアンサーは早くなる。それと同じようなものだ。
魔法の本の複数回の消費は、その習熟度を底上げするツールにもなるようで、アルフレッドの聖者の魔法は過去の古代魔法よりも強烈なものになっていた。
もちろん【ファイヤーボール】の本も【未来視】を使い何度も何度も習得していた。
もう、アルフレッドは息をするように容易く【ファイヤーボール】を放てるようになっていたのだった。
「アル、今日もありがとう」
「うん?」
「魔物の肉がたくさん食べられて嬉しい♡」
ミーナの笑顔に頷きながら、こんな日常に戻れたのだから生きてよかったとアルフレッドは心満たされていた。
夜になり、皆が寝静まる頃……
【未来視】を発動してアルフレッドは夜の町へ抜け出す。
「さぁ、今日も聖者の魔法の練習だ」
アルフレッドは路地裏に転がる手軽な棒を拾い、【聖者の魔法】を発動させる。
魔法は手に持つ棒へと伝わり、その棒でアルフレッドはザーッと音をたてながら地面に線を引いていく。
地面に描いた線は薄っすらとだが神聖な光で続き、2メートル程の円(サークル)を描くと円の内部がフワッと目が疲れない程度に光り続ける。
この光の円はどうやらアルフレッドしか視認出来ないようで日中に隠れて孤児院で引いた時には誰にも気付かれる事は無かった。
【聖者の魔法】を得た時に、脳に知識が流れ込み概要だけはアルフレッドは得ていた。
それによると、この光の円は神聖な結界であり魔物の侵入を簡単には許さない事。
土地に神の加護が与えられる事。
光の円の中にある魔力は毎時間、5%の量数でアルフレッドに還元される事。
…… そして、熟練度が上がった事により光の円は消えないという事。過去の聖者は定期的に光の円である聖域(サンクチュアリ)を描く旅をしていたのだろう。
アルフレッドはその必要がない事を本人は知らない。
【聖者の魔法】の知識はアルフレッドの持つものより下位になるのだから。
アルフレッドは今の時点で【未来視】を使用中に魔力を消費せず戦わずにいたら魔力残量を気にせず数年もの時間分、魔法を発動出来る様になったのだった。
****
アルフレッドは25歳になっていた。
戦わず、魔法戦闘せずに商家の丁稚にて客商売をしていた。
もちろん【未来視】の中での話だ。
彼は、自分が知らない事だらけであると常日頃に感じていた。
強くなると言葉にしても、自分の知る物差しが短いのでまずは知識を欲した故(ゆえ)に商家であれば、人との会話により知見を得られ、集まる情報により知識を得られると考えたから彼は商人になってみようと考えた。
もちろん、孤児が商人になる事は難しい。
だからアルフレッドは人生を棄てて、計算や人当たりの良い会話術の習得へと没頭した。
1度目の【未来視】では、頭脳は凡骨(ぼんこつ)として商家に入る事は出来なかった。
2度目の【未来視】では、孤児という出自が問題で叶わなかった。
3度目の【未来視】では、出自とかは関係無いほどに計算の能力が高くなっていて、将来の才人として商家に迎え入れられた。
そして働きながら彼は商人として、この世界が広い事を知り、また自分が得た【未来視】についても知る事が出来た。
それに、ついでとの感じで【未来視】の事を知ろうとして簡単に知る事ができたので、アルフレッドは肩を竦(すく)めた。【未来視】の情報は有名な犯罪者の記録の中にあった。
【未来視】をアルフレッドが得る30年ほど前より後からソレを使い、国を滅ぼして回る魔法使いがいた。
どんなに追い詰めても未来を知る魔法使いは逃げてしまう。
─────魔法使いは【未来視】を絶対視していて付け入るにはその慢心だけだと考えられた。
「殺しても、殺せないなら、殺し続ければいい」
ある国の将軍の言葉に、全員が頷き、そこで、国家間で協力をし合い人里の無い場所で【未来視】を持つ魔法使いを死刑とする事になった。
なに、簡単な事。
人海戦術で【未来視】を持つ魔法使いを殺す為に、国家を超えた人員を募り、数十人で1グループとして何グループもの隊列を作り順々に高火力の魔法で爆散させ続けたのだ。
────その爆破魔法は三日三晩、続いた。
国に追われ隠れていた【未来視】の魔法使いが野営していた場所への攻撃…… その後、連続の爆散の後に残ったのは抉れた地面だけだった。
さて、さて、しかし、ここからが大変だった。
高位の魔法使いは体内に魔力を貯蔵する。それはまるで尿結石のように石や宝石となり心臓付近で定着する。
【未来視】の魔法使いは生前に、自分にもこの魔法の宝石が体内にあると酒場で自慢していたのだ。
魔法の宝石は、その魔法使いが生きた記録(ログ)が残されている。弟子がそれを継承し家を起こしたり、貴族であるなら家督の継承として使われる。
魔法の宝石を吸収する事、すなわち、その魔法使いの魔法を継承する事になるのだから。
爆散した【未来視】使いの魔法の宝石を探して人々は戦争を始めた。
その魔法石は、高火力で爆散して空へと高く飛び田舎の、アルフレッドが暮らした寒村の畑の予定地に埋もれているとも知らずに…… 。
[補足]
魔法の宝石→魔法使いの魂自体で、生前に一番練度の高かった物が蓄積されている。
魔法の本→魔法使いが自分の魔力残量の上限を消費しながら描く書物。魔法使い自体の命に関わらない。
アルフレッドは、自分の【未来視】はやはり人に知られずにいようと思いながら商売に精を出した。
その後、働き者で顔も良いアルフレッドに商家の親方の娘が恋をするのは当然だった。
アルフレッドは26歳で結婚する。
この世界では少し遅めの結婚であった。アルフレッドは実直に倹約を重ねて商売をするが、妻はそれに飽きて複数人の男と浮気をしていた。
─────アルフレッドは、それを知るとこの人生に絶望して【未来視】を解除したのだった。
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