第9話


 夕餉(ゆうげ)前にアルフレッドとミーナは孤児院に帰ったのだが、教会の査察団はまだ帰途についていなかった。


 「これはいけないな」と言葉を零(こぼ)したアルフレッドは孤児院から外に出ようとした所で声により引き留められた。

 「待ちなさいアルフレッド」

 「…… はい」

 「君に用事があるのだよ」


 アルフレッドを呼び止めたのら協会の白い祭服に白い樺の木の杖を持った老司祭だった。

 こんな孤児院に司祭が来る事は普通ではありえない。

 また、孤児院を運営担当するマザーの顔をチラリと見ると目線は床に向き眉間の皺は深く険しい。アルフレッドを見ないようにしていると感じるに簡単だった。


 (…… これは、あまり良く無いな)アルフレッドはそう考えるとゾッとした寒気と、心拍の上昇のために背中に汗がつたう。司祭の顔は寒村で酷使労働していた時の、自分(アルフレッド)を使い潰そうとした大人達の悪意のあるものと同じだったからだ。


 アル…… と心配そうに問いかけるミーナから離れる。アルは自分を慕うミーナに迷惑をかけたくなかったのだ。


 「アルフレッド君に仕事があるのだよ」

 「…… 仕事ですか」司教の目を見られず俯(うつむ)く。

 「しかし、君は我々が来ているのに死肉の匂いをさせているね相変わらず不敬であるな」

 「…… っ、すみません」


 アルフレッドは頭をさらに下げる。

 冒険者の遺体から剣と魔法の本を奪った時に漏液が服に付いたのだろう。いや、気がついていないだけで魔法の本にもついているのかもしれない。


 「ふん、まあいい、おい」

 「はっ」と司祭の言葉に他の聖職者が答えるとアルフレッドを確認して頷(うなず)く。

 司祭が目を向けた聖職者はその手に持った水晶の杖をアルフレッドに押し付け、その杖が光るのを確認するや司祭に可であるという風に目礼した。


 「やはり、魔力があるようだな」

 「…… くっ」バレたとアルフレッドは奥歯を噛み締める。


 司祭の言葉に、ミーナやマザー、孤児院の面々が息を呑む。魔力があるという事はそれだけでステータスなのだから。


 「…… マザー、明日のだいたい昼過ぎ辺りにアルフレッドを連れて教会に来て下さい」

 「くっ…… はい、わかりました…… 」マザーの声は観念した様に沈み落ち込んだ物だった。

 


[補足]

 この世界では月が二つあるので、月の満ち欠けから時間を割り出す事が地球の年表より早く出来ていた。

 ただ、公転周期は割り出せていないので時間に対する認識は『少し遅れたり短くなったりしても仕方ない』というものである。高価な魔法の道具を使えばもう少し正確だが……

 セシウムなどの原子や光格子などの科学的なアプローチは地球のようにないのでさらなる正確な時間の計測は将来もないだろう。しかし、原子論の元となる古代ギリシアの哲学者の代替として、この世界では魔法哲学者とそれに付随する数学が発展する。

 セシウム時間間隔より劣るが魔法原子時間が発展するのは少し先の話。




 「困ったな…… 」

 アルフレッドは夕食を終えて布団にゴロリと横になると溜息をもらし夕食を思い出していた。


 夕飯はアルフレッドに贔屓されたものだった。

 夕饌(ゆうぜん)の場は子供達がアルフレッドが魔法を使えると知り騒ぎ、また対比するように大人は沼に沈殿する泥のように表情が沈んでいた。


 アルフレッドは死という物を知っているので、大人の態度を見て、明日の教会での仕事(・・)は命に関わる物なのだろうと考えをまとめた。


 マザーも明日の仕事には機嫌悪が強かったのか、アルフレッドと目が合えば後悔するように目を涙で潤ませていたのが印象的だった。


 子供の中でも司祭との会話を直接見ていた、今日の寝床を共にするミーナもそれを感じたのだろう。アルフレッドに抱きつき泣きながら寝てしまった。


 魔物がいるこの世界では神が天に存在すると信じられている。その神の薫陶(くんとう)を受ける教会に嫌われてしまったという事は、神に見放される事と同義。


 アルフレッドは、件(くだん)の仕事を失敗、またはその仕事自体に死ぬ事の蓋然性(がいぜんせい)が認められるだろうと考えた。


 「今日はもう一度…… 【未来視】を使って逃げられるか試してみよう」

 昼過ぎに一度使っているので、短時間になるだろうけどもとアルフレッドは考えながら【未来視】を発動させると孤児院の窓から抜け出した。


 町はいつもの通り、酒場は騒がしく、各ギルドの前には篝火(かがりび)があるが地方の町であるダウゼンには子供が隠れて歩くには十分な暗闇がそこらにあった。


 息を潜めて門を眺められる場所に到着すると、いつもは夜に何度か居眠りをしている夜警の門番が誰かと話していた。


 「はあ、そうですか」と生返事(なまへんじ)をする門番に聖職者はさも自分のする事の素晴らしさを説いていた。

 

 どうやら聖職者の1人が門番と話して時間を潰しているようである。

 「これは、逃がさない為だろうね」アルフレッドは自分がこの町に囚われているのだと沈む思いになった。


 しかし、時間はまだある。

 逃げられるかもしれないので、アルフレッドは門を眺められる物陰で魔法の本を取り出して読み始めた。


 およそ、2時間かかり魔法の本を読み終わると、本はまるで重さが軽くなるように存在感が希薄になり、同時にアルフレッドの頭の中に【ファイヤーボール】の魔法の使い方が残った。


 「魔法が使えるようになったか試したいけど…… 」

 アルフレッドは【未来視】で減り続ける自分の魔力残量を確認する。

 どうやら【未来視】を使用中にも魔力を使うと、思想のような空間であるはずなのだが、魔力は使う分だけ消費されてしまうようだ。


 「もうちょいで【未来視】が解けるな」

 再度、門を眺めるとまだ聖職者は声高々に神の偉大さを口にして興奮していた。

 「これはムリだね」と項垂れ、アルフレッドは【未来視】を解除した。


 ミーナに抱きつかれた孤児院のベッドで意識が戻ると違和感を覚える。


 「【ファイヤーボール】の使い方が…… 分かる、みたいだ…… 」

 アルフレッドは【未来視】の更なる有用性に気づきグッと拳を握る。


 「死ぬ事はない…… けど筋肉はつかない。知識は得られてしかも…… しかも、魔法を使った記憶と使い方は【未来視】が解けても残る…… ?」

 ズボンの中に隠していた魔法の本をゴソゴソ取り出すと、明らかに魔法が収められた存在感を発している。


 アルフレッドのように魔力がないと分からない、その本の存在感は【未来視】で使い覚え【ファイヤーボール】を習得したと同時に失われたはずのものだった。


 臭いを夕食後に拭い、綺麗になった魔法の本の表紙をアルフレッドは声なく笑いながら何度も撫で続けた。

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