第8話


 アルフレッドとミーナはズルズルと魔物を誘き寄せる為に壁を手で擦り音を立てながらいつもの様に歩いていた。

 「今日は魔物こないね?」

 「…… うん」

 

 アルフレッドはミーナの疑問に頷(うなず)きながら、その異変に自らの警戒度を上げていた。


 いつもなら雑魚の魔物が町を半周もすれば1匹は見つかる。食肉の部分を小さなナイフで削ぎ落とし、それを続ける事を夕方まで狩を続ける場合は、孤児院より荷物持ちを招集する必要があるぐらいには弱い魔物があらわれる。


 これは何かがあったのか?

 【未来視】を使って辺りを捜索した方がいいか?


 そう思って歩いていると、風の向きが変わり異臭がアルフレッドとミーナに届いた。


 「うっ…… これは」

 「…… ねぇ、アル…… 」

 「うん、ミーナは門に戻って衛兵を呼んできてくれるかな?」


 うん、とミーナは頷(うなず)くと踵を返し音を立てないように気をつけて走り出した。

 この辺りには、スライムのゴミ捨て場で臭った事のあるクサイものがある。それだけで孤児院の子供達は何があるかを予想出来る環境にいるのだから焦る事は意味がある。


 大便と腐った肉の匂い…… 腐乱臭…… 人か大型の動物の死体があるのだろう。アルフレッドは久しぶりに陽の明るい時間に【未来視】を発動させて、匂いのある方へと歩き出した。



[補足]

 スライムに生きる子供で、力ない者や幼い者は町のゴミ捨て場を漁る事が多くある。


 ダンプスター・ダイビングと呼ばれるゴミを漁る行為は現在の地球でもよくある話であり、食生活に恵まれないこの世界の子供達にとってカロリーの摂取方法の一つとして世間に知られている。

 もちろん、ゴミ・・として捨てられた人間を見かける事も子供達は体験している。




 アルフレッドは汚臭で咽せないよう、鼻から息をしないように、隠れて死体を見ていた。


 どうやら人間、皮の鎧を纏った大人の冒険者の死体だったものは変色しやはり腐り始めており、ネズミの魔物3匹が門歯で器用に肉を削ぎながら、その死肉を魔物が食べている所だった。


 「ついてるぞ」アルフレッドは声に出さず口内で呟(つぶや)くと幾つかの石を拾いタイミングを待った。


 今、死体を食べているのはネズミの魔物、地球の生物で似ている物を言い表すならカピバラに近い。

 未成年の戦う手段を知らない子供なら殺される可能性があるが、アルフレッドは日々の研鑽(けんさん)でネズミの魔物を殺すに慣れていた。


 敵数に不安があるが…… 隠れて接敵したので此方(こちら)の存在がバレず心に少しの余裕をもって攻撃を始めた。


 手に持った石を、振りかぶりネズミの魔物の顔に投げるとバチッと叩きつける音と共に魔物が叫ぶ。


 「キーッ!キーッ!」

 「ほんとツイてる」


 左右の腕から投げられた数個の石は空中で分散してネズミの魔物2匹の目に大当たり。食事中で油断していたのだろう防御反応も取れずに動きを止められた。


 「よっと!」という掛け声で、残り一匹の石に当たらず困惑から覚めたネズミの魔物に駆け寄り、振り向いたその眉間にアルフレッドは木の棒を振り下ろす。


 ボキッという音と「キーッ!」という魔物の叫び声。


 折れたのはアルフレッドが振り下ろした木の棒で、杉に似たその木は槍の様な折れ方をした。それを頭を打って倒れのたうち回るネズミの魔物の胸に突き刺さす。


 アルフレッドは断末魔をあげる魔物を横目に、冒険者の遺体から念願の剣を取ると素振りする間も無く、目の痛みから復活しようとしている残り2匹の魔物の首の肉を刎(は)ねた。

 

 【未来視】で夜、冒険者となったナシムからの稽古はアルフレッドの中に馴染み剣を使うに素人なら十分の技量が発揮できたのだ。


 「よし…… よし!剣が手に入った!やった!」

 アルフレッドは死体を漁りながら喜ぶ。

 剣を納める鞘を抜き取り自分の腰へ、後は何か無いかな?とゴソゴソと。


 大分と死体からの漏液(ろうえき)があるので、冒険者が所持していた固焼きのビスケットなどの保存食は食べられないだろう、しかし「これは!」とアルフレッドが喜ぶ物が冒険者のウエストポーチから出てきた。


 「魔法の書だ…… やった…… 」

 アルフレッドは地球でいう所の小説サイズの本を眺めてニンマリと笑顔になる。

 

 「魔法の書は確か…… 魔力を込めて見たら覚えられるんだよね?」

 アルフレッドはその場で座り込み、本を捲る。


 魔法の書は、その文を理解するのに魔力が必要となる。魔力を注がないと白い本としか認識出来ないのだ。

 魔力を込めずに読めるのは、ただ、表紙のみ。


 その知識は寒村で騎士を待つ間に、集会所で読んだ本に記されてあったので知識は持ち合わせていた。


 ミカンの炙り出し文字のような魔法の本は、読むだけで魔力を消費する、死した冒険者は少しずつ読み進めていた所なのだろう。なぜなら魔法の本は読み終わると魔法を込めても読めなくなるのだから。


 アルフレッドは夢中で【ファイヤーボール】の魔法を読み進めるが、場所が悪かった。

 

 遺体の異臭、魔物の血の匂い…… まるで狼煙が登り続けるような場所でアルフレッドは高価な本を読んでいたのだ。


 アルフレッドが自分の後ろにある気配に気付いた時には、強打を後頭部に受けたと同時だった。


 パキリ…… と何か折れてはならぬ音が耳の奥に響く。

 くるりと、振り返る途中の身体は力無くだが後ろを確認するに十分だった。


 「へへへ…… 孤児院のガキが急いで走ってたから何かと思ったら…… ラッキー魔法の本か売り払って酒でも飲むべ」

 ズリ…… と魔法の本を取り上げられる時、蚊のように弱くアルフレッドの手は取り戻そうと空を仰ぐ。


 次に足で抑えられ、腰から念願の剣を抜き取られた所でアルフレッドの命は消えた。



 「────────かはっ…… おぇっ…… 」

 【未来視】が解けた場所はミーナと別れた場所だった。

 アルフレッドはまた殺されてはたまらない、と考えたが「魔法の本と剣は必要…… 行かなきゃ…… 」と自分を奮い立たせて遺体のある場所に急いだ。


 ネズミの魔物との2度目の戦いは、1度目よりも早く済む事になる。


 アルフレッドは剣と鞘、そして魔法の本を素早く遺体から奪い取ると足早にその場から走り去った。


 自分を殺し、魔法の本と剣を奪った男を不意打ちで倒そうかと一瞬だけ思ったが…… 記憶にある男は冒険者ギルドで見かけた事のある人物だった。


 戦闘経験のある未知の大人の冒険者が相手となると……

 不意打ちのつもりで返り討ちとなる危険を想像し、アルフレッドは震えてしまい逃げる事しか出来なかった。



[補足]

 ソシオパス*の人間がこの世界には多く存在している。

 魔物を殺す事で生計を立てる貧困層の人間が多く、人型のゴブリンやオークを殺し金銭を得る事を若い内から経験するので、反社会性パーソナリティ障害に陥る人間が出てくる。

 アルフレッドを殺害した冒険者もソシオパスであり、ゴブリンと同じような背丈のアルフレッドを殺す事に罪悪感を感じていない。




 「アル!よかった!」

 「ミーナ!」

 アルフレッドが町の門に着いた所で、ミーナが不安の顔を一変、笑顔でアルフレッドに抱きついた。


 「アル、大丈夫だった?」

 「うん、大丈夫。とりあえず門番さんに報告して孤児院に帰ろうか?」

 「うん、アル!んー!よかった!」

 ミーナはアルフレッドを全身で感じるように、再度ギューッと抱きしめると笑顔で離れた。


 「ごめん、死体を確認していたから…… 臭いでしょ?」

 「…… 臭いけど…… アルが戻ってきたから、いいよ♡」


 苦笑のアルフレッドの顔は、ミーナに安心を与え、匂いはさておき、この一つの思い出も恋心としてミーナに残った。

 さあと手を差し出すアルフレッドに、ニコニコで応じるミーナ。

 2人は門番に遺体のある場所を教え、駄賃を幾らか貰うと孤児院へと戻って行った。


 ふと暗さを感じ空を見上げる、日は傾き「以外と時間が経ってたんだ」とアルフレッドは呟(つぶや)く。


 そのアルフレッド腰に剣は無い。町の外の木の下に埋め隠したのだ。

 錆びる前にどうにかしないとな…… とアルフレッドは考えながら、腰とズボンの間に隠した魔法の本を撫でて落としてないか何度も確認しながら孤児院に帰った。




*ソシオパスとサイコパスがあり、サイコパスは先天的、ソシオパスは環境により完成する。

 この世界に精神医学の学問は無い(哲学者はいる)ので洗脳以外にソシオパスの改善・治療は望めない。

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