23 獅子の巨人。


 フロアは信じられないほど高い天井と広々した広間に四つの壁。

 一番奥にいるのは、巨人だった。

 真上を見上げるほどの巨人は、獅子の顔を持っていたのだが、人のように二本足で立っている。そして、左手には黄金色のトライデントが握られていて、真っ直ぐに立てていた。

 後ろは塞がれてしまい、逃げ場がない。こういう場合、帰還の転送装置は使えない縛りがある。戦うしかない。


「フォーメーションを崩さないで!」


 私達は、固まった。

 獅子の巨人が、トライデントをズッと上げる。


「オレが防ぐ!!!」


 ストが大盾をガンッと床に立て、魔法陣を足元に浮かべ、防壁を作る。魔力も注いで【宝具】の力を発動しただろう。

 巨大なトライデントで突かれると予想したため、私とヴィクトでストの背中を支える準備をした。

 だが、トライデントは、ただ床を一度叩いたのだ。

 その瞬間、私達は浮遊感を味わうことになった。

 ズドドドッと、地揺れが起きる。それだけではなく、床が割れてしまい、盛り上がったり陥没した。

 前方ばかりを気にしていた私達は、不意を突かれてしまったのだ。

 ストの防壁は、足元にはなかったから、フォーメーションごとバランスは崩された。

 私も転倒して、盛り上がった床の先で頬を傷付ける。手をついて、起き上がり、被害を確認。


「すまん! 無事か!?」


 ストは大丈夫そうだ。受け身を取れなかったディヴェとミミカも、軽傷を受けていた。


「おい、なんか来るぞ!?」


 ヴィクトの声に反応すれば、獅子の口が大きく開かれる。

 今度は防ごうと、ストが盾になろうとした。


 ガルアアアアアアッ!


 放たれたのは、咆哮だ。

 めちゃくちゃになった床さえも、揺さぶられた。ビリビリビリッと、全身も鼓膜も刺激される。耳を押さえたが、それでも痛い。

 巨人なだけに、咆哮が強烈だ。


「下に気を付けて!! また揺れる!!」


 耳を押さえている間に、またトライデントが浮き上がった。

 慌てて、仲間に警告。


「踏ん張れ!!!」


 床が叩き落されて、また地揺れを起こされた。

 また床はめちゃくちゃになり、私達は立っていられなくなる。


「あのトライデントを奪う!!」


 揺れに酔ってしまいそうだが、私はなんとか踏み止まっているヴィクトに指示を出す。

 揺さぶられては、こちらはダメージを受け続けるだけになる。


「”――加速――アッチェブースト――”! ”――加速――アッチェブースト――”! ”――加速――アッチェブースト――”! ”――身体能力向上――リベラブースト――”! ”――攻撃強化――プレッスィブースト――”!」」


 私の補助魔法を受けながら、ヴィクトは足場の悪くなった床を、飛び跳ねるように移動し、獅子の巨人に向かっていった。

 三重の加速。身体能力と攻撃を上げた。

 巨人の右足が上げられて、振り落とされた瞬間。

 大きなトゲのような岩が、ズンッと突き出してはこちらに迫って来た。


「スト! 下に防壁!!」

「ふんっ!!」


 ストは大盾を下にして、攻撃に備えてもらう。

 衝撃を軽く喰らってしまうが、鋭利なトゲの串刺しは避けられた。


「ぐあっ!!」


 ヴィクトは巨人の右手で振り払われて、右の壁に叩きつけられる。

 ずるっと壁を伝うように、ヴィクトの身体が落ちた。

 またトライデントが浮き上がる。


「堪えて!!」


 私は「”――加速――アッチェブースト――”! ”――加速――アッチェブースト――”! ”――加速――アッチェブースト――”!」と唱えて、三重の加速を加えて「”――風よ――ヴェンド――”!!」と、風を噴射するようにして駆け抜けた。揺れが始まったが、ヴィクトを両腕で持ち上げる。


「”――我の前に現れよ、ガレン――”!!」


 紅蓮の火花を散らすガレンを召喚し、ヴィクトをディヴェの元へと運ばせた。

 私は勢いがなくなる前に、壁を上に向かって駆け抜ける。

 獅子の目は、こちらを睨みつけていた。

 杖の先で、その目に狙いを定める。魔法陣を描き、衝撃波を連射。

 しかし、トライデントで防がれた。

 前方の壁にぶつかる前に、壁を蹴って前方の壁に移り、下りながらも左手首を狙う。


「”――水刃――リクアラミア――”!」


 杖を振り下ろし、水の刃を放つ。少し切り込めたが、トライデントを奪えるほどではなかった。単なる切り傷だ。

 ズゥウウッと、右手が迫ってきた。尖った黒い爪を伸ばした右手だ。

 防壁を作ったが、爪は食い込み、パキンッと軽々と割られた。

 落下したおかげで、黒い爪に引き裂かれずに済んだ。床の揺れはおさまっていた。


「”――水重――リークアイドロエ――”!!」


 水を生み出して、巨人を覆う。昔も巨体をこうして包み込んだが、その巨体より三倍はありそうだ。昔より発動時間が短いが、まだ包み込むまで時間がかかる。

 ミミカが雷の矢を放って、援護射撃をしてくれた。少しは怯んでくれただろう。

 しかし、またトライデントが浮き上がる。そして、床に食い込ませた。

 また揺さぶられてしまうが、私は手をギュッと握り締めて、魔法の仕上げをする。水の中で、圧迫。


 ズドッズドッズドッ!


 ミミカは数多の雷の弓矢を放って貫いた。


「”――雷鳴爆裂――フルッタエスプロジオ――”!!」


 水が零れ落ちる前に、雷撃を飛ばして、爆裂させる。

 線香花火のように、ジリジリッと火花が散乱した。それが終われば、大量の水がめちゃくちゃになった床の上に、ばしゃんっと落ちる。


 ガルゥアアアアアアッ!


 焦げた獅子の巨人は、また咆哮を放つ。

 ダメージは……そこそこってところだろうか!?

 そばにいた私は、両手で自分の耳を必死に押さえたが、ひしひしと空気を震わせる咆哮に痺れを与えられた。

 動けない!

 動きを封じられた私を潰すつもりなのか、トライデントの足部分を私に下ろそうとした。

 それを阻止するために、駆けてきたガレンが、私を背に乗せる。

 そして獅子の巨人の動きを封じるために、魔法の白い鎖が絡みついた。ディヴェが得意とする拘束の補助魔法だ。

 ディヴェがこれを出せたということは、ヴィクトの治療が済んだのだろう。

 ガレンは、痺れた私を振り落とさないように、ストの元まで駆ける。

 すれ違うように、ヴィクトが黒炎剣を持って、敵に向かった。


「デカいのかませっ、エリュー!!! 時間を稼ぐ!!」


 ストの後ろに運ばれた私に、強力な攻撃魔法をヴィクトが注文する。

 すぅーっと息を深く吸い込み、私は集中した。魔力を注ぐために、ガレンは戻す。

 ディヴェの魔法攻撃力向上の補助を二重に受けるが、気を逸らさない。

 ヴィクトとミミカが、ダメージを与えつつも、時間を稼いでくれている。

 ストだって、どんな攻撃も防いでくれると、信じられるから。


 ――――皆を、仲間を、信じる。


 ただ、多重の魔法陣を、敵の周囲に並べ立てた。

 ギルドマスターに仕掛けたものよりも、巨大な魔法陣。敵とほぼ同じ。魔法陣が大きければ大きいほど強力になるわけではないが、巨大な敵には巨大な魔法陣で対抗だ。

 また揺れたが、気に留めない。

 六つの魔法陣から、ズズズッと顔を出すのは、マグマのように煮えたぎる尖った岩。それは巨大な魔法陣に見合う大きさ。


「行くよ!!!」


 私は魔剣で生み出した爆風を使って後退するヴィクトを確認したあと、痺れなんて忘れて、思いっきり杖を振り、岩を衝突させた。

 衝突と、同時に爆ぜる。咆哮と同等ぐらいの爆音が次々と響き渡った。打ち上がる花火大会のよう。しかし、目にするのは、赤黒い爆発のみ。


「ヒュー。流石、オレらの超天才リーダー。化け物レベルの魔法かましてくれたぜ」


 口笛を吹くヴィクトの声を耳にしつつ、私は黒い煙に覆われた敵から目を放さないでいた。


「っ!」


 黒焦げになりつつも、獅子の巨人は、形を保っている。

 まだ倒せないのかっ!?

 なんてチクリと焦りが走ったが、杞憂に終わる。

 獅子の巨人は、ゆっくりと前の方へと傾く。そして、ポロポロと魔石を落としながら、地面に落下。魔石の塊になったが、砕け散った。

 きっと皆が、ポッカーンとしただろう。私もだ。

 気が抜けてしまい、さっきの大技で魔力をごっそりと使ってしまった私は、クラッと眩暈を起こして、後ろへと倒れた。


「エリュー!!」「エリューちゃん!!」「エ、エリューナ!」「エリューナ!!」

「だいじょうふー」


 皆の呼ぶ声に応えようと、左手を上げて振って見せる。

 背にしているのは、ごつごつしている床だけれど、大丈夫。

 ホッと息を溢す音が聞こえた気がした。


「皆、お疲れ様」


 にへらっと、私は笑みを浮かべる。顔を緩ませずには、いられないのだ。


「やっぱり、仲間って最高だね」

「んだよ、今さら」

「皆揃ってなきゃ、無理だったろうな。最高だぜ」

「あははー、最高だよ。皆」

「エリューナが、一番最高!」


 私の言葉にヴィクトが鼻で笑い、ストとディヴェが同調してくれて、ミミカが私を褒めた。


「おい、エリュー」


 私の顔のすぐ隣に手をついて、ヴィクトが上から覗き込んだ。

 ドキッとしてしまった。

 前にも、こんなことなかったっけ。あ。初めて言葉を交わした時だ。手をついて、顔を近付けられたっけ。あの時と違うのは……。

 不敵な笑み。きらりと赤い光りを放つ、耳飾りが揺れる。


「聞いて驚けよ?」


 ヴィクトは、告げた。


「どこにも次の階段はない」


 それが意味するのは――――。


「ここが最後の階層?」

「そうなるな」

「っ~!!」


 私は顔を綻ばせる。そして両腕を天井に向かって突き上げた。


「せーの!」

「「「「「完全攻略完了ッ!!!」」」」」


 私の掛け声で、皆も腕を突き上げて、声を合わせて響かせる。

 私達は【外れ巡りの猛獣の迷宮】35階層を踏破し、そして攻略を終えたのだった。


「ねぇ! 見て!!」


 ディヴェの回復魔法を受けながら、スト達が魔石を回収している姿を眺めていれば、ミミカが何かを見付けたようだ。

 彼女が掲げたのは、黄金色のトライデントだった。それは、獅子の巨人が持っていたものと同じに見えるが、しかしサイズだけが違う。ミミカの身長ぐらいの長さだ。


「伸縮自在みたい!」


 私の元まで持ってきたミミカが見せてくれた。縮小しては、伸縮する。自由自在のトライデントだ。


「ラスボスが【宝具】を持っていたパターンね」

「あたしもらっていい!?」


 私が感心していると、ミミカが欲しがった。


「トライデントなんて装備してどうすんだよ。戦闘スタイル変えるのか? アホミミカ」

「よく考えなさいよ、バカヴィクト。弓矢代わりにするのよ」


 そう言って、弓矢サイズまで縮ませると、愛用の弓に添えて、魔石の塊に放つ。

 ズドンッと、大穴が開いて、魔石が飛び散った。それだけではなく、軽い地揺れを起こす。地面を揺らすトライデントか。威力も、十分だ。


「ミミカの切り札になるね。異論ないなら、ミミカのものでいいよね?」


 異論はなし。ミミカはルンルンした足取りで、トライデントを回収にしに行く。

 ディヴェの治療も済んだので、私も魔石の回収を手伝おうと立ち上がった。


「あ、だめだよー! エリューちゃんっ」


 しかし、足場の悪さと、立ち眩みで、ずっこける。

 そのまま、目の前にいたヴィクトの背に顔をぶつけた。とっさにヴィクトの腰に抱き付いて、自分の身体を支える。


「ほらー」


 ディヴェに、ほら言ったでしょう、と言われてしまう。


「ご、ごめん、ヴィクト」


 足場の悪いところでなんとか立ってから、回してしまった腕を離そうとしたのだけれど。

 がしっと両手を掴まれた。

 ……なんで?

 ヴィクトの腰に腕を巻きつけたままになってしまった。


「よく頑張ったな、エリュー」


 そっとかけてくれた声音は、とても優しさを帯びている。

 ぽんぽんっとあやすように、手を叩けれた。

 ぽっと胸の奥から、熱が広がっていく。


「いつまでくっついてるのよ!! バカヴィクト!!」

「はぁ!? オレは支えてやってただけだ!! アーホ、アホミミカ!!」


 ベリッと、ミミカに脇を持たれては、ヴィクトから剥がされる。よろめく私を、今度は腕を伸ばしたストが、受け止めて支えてくれた。

 ……あれれ?

 どうも、二人のいつもの口論が聞こえないほど、自分の心臓が煩かった。



 end

††† ††† †††


悩みましたが、ここで一度完結させていただきますっ


エリューナ達の冒険に一区切り。


再開したら、また読んでいただけたら幸いです……。


なんだかほぼほぼ作者一人楽しんで書いたようなものですが、フォローや応援をありがとうございました!

嬉しいです!


また再開したらよろしくお願いいたします!


20220111

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

令嬢はかつての仲間と最強の白光の道を突き進む!~王宮を追放されたけれど「戻ってきてもいいんだ」と最高の仲間が受け止めてくれました。~ 三月べに @benihane3

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ