14 漆黒の騎士。
3階にいた巨大蜘蛛の胴体に女性の上半身を合わせた姿、俗にアラクネと呼ばれる蜘蛛女の魔物。
しかしその姿は、やはり煙のように揺らめいていて、エレメント系魔物だ。
魔法攻撃しか効果のない肉体を持たない魔物。
2階と同じ作戦で撃破。
「あ。次、火属性が効くような魔物なら、ガレンを使ってもいい?」
「さっきの召喚獣? いいよ! どれだけ強いか、あたし見てみたい!」
3階の魔物は、ドレス姿の女性の幽霊みたいだ。
いきなり床全体を凍らせてきて、足場を悪くされた。氷属性か。ちょうどいい。
でも3階と同じ作戦で魔力封じをなんとか解いて、そしてガレンを召喚したと同時に飛びかからせた。
女幽霊の頭からかじりつくとガレンは、火だるまにする。そして首を噛み千切ってトドメをさした。
「つ、つよっ!! 流石、エリューナの召喚獣!!」
「つよーい!」
「あ、尻尾振ってる。褒めてほしそうだな」
落ちた魔石を拾うことなく、ミミカ達はガレンに駆け寄る。
しかし、ガレンは私の方に駆け寄り、おすわりをしては尻尾を左右に振って、褒め言葉を待っていた。
「よくやったね、ガレン」
「これくらいの敵、朝飯前です!」
えっへんと胸を張るガレン。
でも嬉しそうに尻尾は振り回される。
「喋るのかよ!!?」
「喋る知能がある!!?」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
ヴィクトとミミカが驚愕で声を上げたものだから、私はきょとんとした。
「わりぃ……オレはもう驚くことに疲れたわ」
「エリューちゃんの超天才さは、今に始まったことじゃないもんねー」
なんかストとディヴェが、悟りを開いている感じである。
「エリューの魔力の化身って言ったよな? なんで魔力が喋れるようになるんだよ……?」
「それは私にもわからない」
きっぱりと私は言い退けた。
「は?」と目を点にするヴィクトとミミカ。
「目的は従順な魔法生物の創造。私も生まれたのは命令に従って動く魔法生物だと思ったんだけれど……誤算で自分の意思をしっかり持つ、喋れるほどの高い知能を持って生まれたんだよね」
「いや、そんなとんでもな誤算ある???」
ガレンの頭を撫でていれば、ミミカがツッコミを入れてきた。
「その誤算の理由や原因を調べるつもりだったんだけれど……王宮から追放されちゃったからね~」
「声からして、雄だよな? お前の魔力は雄ってことか?」
冗談で笑いかけつつ、ヴィクトもガレンの頭を撫でる。
それを見て、うずうずしたように身体を左右に揺らしたミミカも手を伸ばした。
しかし、その手を避けるように、ガレンは身を引く。
「えっ……!? 嫌われた!!」
「んー、これがガレンの通常だよ? よくわからないけれど、ヴィクトには懐いてるの」
「エリューナの……魔力の化身に……嫌われた……」
ミミカは崩れ落ちるほどショックを受けたご様子。
「ざまーねぇな!!」
「くっ! きーっ!!」
何故か勝ち誇るヴィクト、悔しがるミミカ。
「だから、元からあまり他人に心を許さない子なの。私の魔力の化身ではあるけれど、性格があって好き嫌いがある子なんだよ」
私はわしゃわしゃっとガレンの顎の下を掻いてあげた。
「エリューナの魔力の化身に嫌われた事実に変わりないっ」とミミカは嘆く。
「我が主。僭越ながら、次の階は強者がいる匂いがします。お気をつけて」
ミミカを無視して、ガレンは忠告をしてくれた。
「強者……? わかった。気をつける。ありがとう、戻っていいよ」
ガレンが私の中に戻っていく。
「次の階、より気を引き締めていこう!」
ガレンの忠告に従い、私達は5階へと足を踏み入れた。
匂いはわからないけれど、間違いなく強者がそこに立っている。
漆黒の鎧の騎士。停止したように兜が俯いている。
同じ漆黒の大剣を一つ、右手に持っていた。
そして、漆黒の鎖が巻き付いていて、床に広がっているそれは四つ。
問題は、強者の風格を醸し出す漆黒の鎧の騎士だけではない。
今までの階とは比にならない大きさの魔法石は、明らかに頑丈そうな結晶の塊として壁沿いに床から伸びていたのだ。
私は、一度離れるという指示を下す。
5階の出入口から十分に離れた階段の途中で、壁に背を預けて足を止めた。
「……作戦を変更するべきだと思う。あの騎士、恐らく魔法の防壁なしのストだけじゃあ抑え切れない。実体はあるけれど、明らかに大剣を振り回す。魔法も使われたら、厄介だね」
「ああ、オレもそう思う。あれはやべーな……魔法なしじゃあキツイ」
ストも自己判断が出来ている。
「じゃあ、オレとエリューで時間稼ぎだな」
ペロリ、舌なめずりして、口角を上げるヴィクト。
あれに怯えず、むしろ好戦的に笑っている。
相変わらず、目をギラギラさせちゃって……血の気が多いな。
頼りになる。
「その通り。ヴィクトと私が相手している間に、三人はあの結晶の魔法石を破壊に専念。くれぐれも」
「「「油断しない」」」
私達は、全員一緒に頷いた。
私は手を差し出す。ヴィクトがその上に手を重ねる。ミミカ、ディヴェ、ストも重ねたところで、軽く上下に振った。
改めて気を引き締めたところで、再び5階へと足を踏み入れる。
私は右に立ち、ヴィクトは左に立つ。
漆黒の騎士は、まだ反応を示さない。
右からミミカとディヴェが、左からストが魔法石に向かう。
じりじりと私とヴィクトが、対応出来るように距離を縮めていく。
まだ騎士は、動かない。
ストが合図を求めて、私に視線を送ってくる。
私はヴィクトに視線を送り、頷きを待つ。
ヴィクトがいつでもいいと言わんばかりに二ッと笑って頷くから、私もストに向かって合図で頷いて見せた。
大盾に忍ばせた短剣を、ストが魔法石を破壊するために、大きく振り上げて下ろす。
魔法石に食い込んだが、明かりはまだ失われない。
ようやく漆黒の騎士が、顔を上げた。
ヴィクトが背にしたストに向かって、一歩床を蹴って突っ込もうとする。
「オレらの相手をしやがれ!!」
阻むヴィクトが、剣を振り上げた。
大剣で、それは防がれる。
騎士が魔法石の破壊に反応するとわかっていたから、私はほぼ同時に騎士を追いかけていた。だから、背後から切りつけようとしたのだが。
振った左腕で鎖を叩きつけられた。反射的に黒杖剣を盾にしたが、軽く吹っ飛ばされる。
武器は大剣だけじゃない。鎖も、ってわけか。
やっぱり第一印象を裏切らない強さだ……!
ザッと踏み止まった私は、そのまま軸を前に移動させて飛ぶ。そして再び攻撃を仕掛ける。
下から振り上げた黒杖剣で、右腕を切り落とすつもりだった。
しかし、想像以上に鎖が巻かれたそれは硬い。
大剣が横に振られたから、私もヴィクトも避けるために後ろへ後退。
ヴィクトは少し右に駆けてから、飛んで上から黒炎剣を叩きつけるように振り下ろした。
私も、もう一度、黒杖剣を下から振り上げて、挟み撃ちをしたのだが。
騎士はその場で回転をして、ぶら下げた鎖を振り回したのだ。
今度は、私もヴィクトも鎖がぶつけられて、攻撃を中断させられた。腕の骨を折られたような痛みがするが、気のせいだと思いたい。
怯んだ私達に、騎士は反撃する。
ヴィクトには蹴りを入れて、私には横から大剣を叩きつけた。
私は身体の向きを変えて、全力で黒杖剣で受け止める。
だめだなっ! 力負けする!!
私はしゃがみ、いなすように大剣を避けてから、両足をバネにしてまた下から仕掛けていく。
首を刎ねるつもりだったが、左腕で防がれた。
パッキンッ!!
やっと、一つ目をストが壊せたらしい。
まだ四つが残っている。それまで剣で戦うしかない。
全く――――楽しくなってきたな!!
振り下ろされた大剣を横に移動して避けたあと、全力の回し蹴りを決めた。
騎士は、少しよろめく。
「いい顔してんじゃねーか! エリュー!!」
戻ってきたヴィクトが、背後を切る。と思ったが、また鎖が振られて、今度はぐるぐるっと黒炎剣に巻き付いてしまう。グッと堪えたが、ヴィクトの手から引き剥がされた。
「くそっ!」
その黒炎剣が、半円を描いて、私の方へ飛んできたから、咄嗟の判断で柄を握る。
「ヴィクト!」
ヴィクトに、私の黒杖剣を投げ渡した。
受け取って、切りつけるヴィクト。私は騎士の膝を踏み台にして宙で回転して、巻き付いた鎖から黒炎剣を開放した。黒杖剣より、重い。
振り上げてきた大剣を、黒炎剣で防ぐ。そのまま体重をかけて、床に押し戻す。間入れず、さっき踏み台にした騎士の右足を蹴り飛ばして、バランスを崩した。
パッキンッ!!
今度は、ミミカかディヴェが壊したのだろう。
右の方へ、兜が向く。
「よそ見すんな!!」
その兜に、黒杖剣が振り下ろされた。切れて食い込む。
ウォオオオッ。
鎧を震わせながら、雄叫びを響かせて、青白い炎が、漆黒の鎧の隙間から放たれた。
「っ!!」
やっぱり魔法を使うかっ!!
炎をもろ浴びてしまった私とヴィクトは、床を転げて自分達の服についた火を消す。
すぐに回復薬を飲もうとアイテムパックから取り出すが、騎士はミミカ達の方へと駆け出した。蓋を開けて回復薬を口にくわえ顎を上げて、口の中に流し込みながら、追いかける。火傷の痛みが引いていく。
狙いは、短剣を魔法石に食い込ませたディヴェだ。
「わりぃな、ディヴェ!」
追い越したヴィクトは、ディヴェに体当たりして、振り下ろされた大剣を避けさせた。
パッキン!
騎士は守るはずだった魔法石を、自ら叩き切ったのだ。
ウォオオオッ!
また怒ったらしく、青白い炎が放たれる。
熱さは感じたが、私のところまでは届かない。
続いての狙いは、四つ目のミミカのところか、または五つ目のストのところか。
騎士は手を翳した。その先は、ストだ。
私はとっさに立ちはだかったのだが、貫かれた。
雷(いかづち)が、私の身体のど真ん中を貫通して、ストのところまで行ってしまう。
ストの声がした。
「かはっ」
私は血を吐く。風穴は開いていないが、内臓は傷ついたはず。焼けるような激痛。
これは、大ダメージだなっ……!
なんとか、倒れまいと、踏み止まる。
「エリュー!!」「エリューちゃん!」
ヴィクトが騎士の足止めを引き受け、ディヴェが私の元に駆け付けた。
「超回復薬!」
回復薬より、回復力とその速度が倍の薬。ディヴェが持ってくれていて助かった。
ヴィクトと騎士が剣を何度も混じり合わせている間に、飲ませてもらい回復をさせてもらう。痛みが和らぐ。
ディヴェは、すぐに同じく攻撃を受けたストの元へ。
「エリュー!! 行けるか!?」
「当たり前っ!!」
こちらまで後退したヴィクトと、投げ渡し合って剣を交換した。
うん、こっちの方がしっくりくる。
飛ぶように距離を縮めてきた騎士の大剣を、私とヴィクトで交差させた剣で受け止めた。そして、二人の力で押し返す。
すぐに攻撃に移る。ヴィクトと私の順番で、鎧に傷をつけて押していく。
騎士は両腕を振って、鎖を飛ばしてきた。
何度も食らうわけないでしょうがっ!
私は滑り込むように下へ避けた。
ヴィクトは上に大きく飛び、一回転して剣を叩きつける。左腕の両断に成功。
しかし、落ちたはずの左腕は、戻ってくっついた。
「まっ、そうなるよね!!」
そんなの予想済みだ。鎧が本体の魔物なのだから。
魔法のみ有効なのは、もうわかっている。
私とヴィクトはあくまで時間稼ぎをしただけ。
私は鎧の胸に、剣を突き刺した。
深く突き刺さったが、これもダメージは与えられない。
パッキンッ!!
途端に、暗くなる。
ウッ、ウォオオオッ!!
青白い炎が放たれるが、もう効かない。
魔力封じは、壊せた。
もうディヴェの防壁魔法が、かかっている。
そして魔法攻撃強化の補助魔法も、かけられた。
ニヤッと口角を上げた私は、突き刺した黒杖剣を捩じり、剣に埋め込まれた杖から、それを放つ。
「お返しだっ!! ”――雷鳴爆裂――フルッタエスプロジオ――”!!」
ズドンッと雷鳴を轟かせて、内側から爆発させた。
周囲に、バチバチと感電が巻き起こる。
鎧を蹴って、私は黒杖剣を引き抜き、距離を取った。
よろめく騎士は、まだ倒せていない。だが、魔法攻撃のダメージは受けている。ところどころ、鎧は欠けた。
「ミミカ!」
「了解!」
私の横を通り過ぎて、弓矢が飛ぶ。ただの弓矢ではない。
無数の弓矢は、魔法陣をまとっていた。水の槍に変わり、ズドズドズドッと突き刺さる。
「しまいだっ!!」
ヴィクトが足元に描いた魔法陣で、大爆発を引き起こし、鎧は木っ端みじんに吹っ飛ばされた。魔石として、床に転がっる。勝利を確信した。
私は血に濡れた口元を、手の甲で拭う。
「皆、無事?」
「お前こそ」
「超回復薬で大丈夫。……あっ、ちょっと、吐きそう」
「エリューナ!」
超回復薬を飲んだとは言え、血を吐くほどのダメージを食らったのだ。
多分内臓を酷く傷付けられたのだろう。まだ違和感が残っていて、吐き気を込み上がらせた。
ちょっと休まないとだめだ。座り込めば、ミミカが駆けつけてくれる。
「ストは?」
「大盾を背負ってたおかげで、オレは軽傷だぜ。身を挺して守ろうとしてくれてありがとうな、エリューナ」
「いつものお返しだよ」
ストも、大丈夫だそうだ。
「ディヴェも?」
「ヴィクトのおかげで無事ー」
そうか、よかった。
ディヴェは、同じく座り込んだヴィクトの治療を始める。
服も髪も、ボロボロの姿だ。もちろん、同じくらい攻撃を浴びた私も、そうだろう。
互いの姿を見てから、二人して噴き出した。
「楽しかったね」
「おう。歯応えのある奴だったな」
「ははっ、私達のコンビネーション、錆びついてなかった。だよね?」
私の自己評価としては、ヴィクトとのコンビネーションはいい感じだと思う。
ルンルン気分で問うけれど、ヴィクトはどう感じたかな。
「おう、一年以上ぶりにしちゃあ、いいんじゃね? だろ?」
ヴィクトは楽し気な笑みを返してくれた。
それから、私のそばについてくれるミミカに問う。
「……見てないから、わかんないわよ」と、ミミカはむくれた。
確かに、そんな余裕はなかっただろう。
何はともあれ。
5階の強敵――――漆黒の騎士を撃破!
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