15 魔力封じの試練塔。


 十分に休んだあと、最後の階であろう6階へ上がった。

 周りには、柱があるだけで壁がない。風が吹き抜ける。いい眺めだ。

 ダンジョンの塔から、荒野が見え、森があり、その向こうには高い壁に囲まれた王都が見えた。

 いい眺めである。それはあとで見れるから、中央にある台の上にある丸い水晶玉を見た。

 崖で見た光りの正体だろう。


「【宝具】よね? まさか、転送装置じゃないわよね?」


 ミミカが警戒して転送装置を思わせるそれを観察する。


「そんな鬼畜なわけないよ……多分ね」


 私も観察して、転送装置かどうかを見極めようとした。

 バレーボール並みの水晶玉は、ちょっと転送装置とは違う気がする。

 他に【宝具】がないか、ヴィクトとストは周りを見ていた。

 ディヴェは、天井を見上げている。

 魔力さえ注がなければ、転送されないと判断して、触れてみた。


「……っ!!」


 途端に、感電したように身体を突き抜けて、ビクンッと跳ねる。

 あまりにも衝撃が強くて、身を引く。


「どうした!? エリュー!」

「わ、わかんない……」


 私のことを真っ先に、ヴィクト達は心配してくれた。

 ミミカとディヴェは、私の手を確認してくれる。


「もちろん、魔力は注いでないんだよな?」

「うん」


 ヴィクトは、水晶玉を覗き込んだ。そして人差し指を、当てようとする。

「気を付けて」と言ったが、特にヴィクトに異変はない。

 それどころか、掌をべったりとつけた。


「なんもねーぞ?」

「えっ、でも、なんか、弱い雷が走ったみたいな……」

「オレもなんともないぞ」


 ストも指先で触れるが、感電は起きないようだ。

 私も確認のためにもう一度触れたが、さっきのような衝撃はない。


「え? ……水晶玉に、静電気なんてある?」


 私は不思議に思う。そんなわけあるはずないのに。


「何かのトラップだとは思えないな……。見たところ、【宝具】らしきものは他にない。もちろん、ここに来るまでもなかった。ダンジョンには少なからず、【宝具】があるはず。これが【宝具】じゃないのなら……転送装置ってことになる。転送先に、ある可能性が高い」

「魔物がいないとは限らないねー……いける?」


 ヴィクトが、この水晶玉が転送装置だと予想する。

 ディヴェはまた魔力封じの階に飛ばされることを、懸念していた。


「でもここまで来て、他の冒険者に取られるのは、ないよな?」


 5階の漆黒の騎士が、このダンジョンのラスボスのはず。そう思いたい。

 ストは【宝具】部屋を期待しているし、退くことは選択したくないようだ。


「ダンジョンにある転送装置は、ダンジョン内の行き来のみのはず。だから、転送装置の場合、行き先は恐らく……地下ね」

「登らせておきながら、地下に行かせるの? 鬼畜なダンジョンじゃない……」


 私も予想をおく。ミミカは嫌そうな顔をする。


「宝と出るか、魔物と出るか、だね……」


 私は仲間の顔を一瞥した。

 行くことに反対する気はないようだ。

 強く頷いて見せた私は、すぐにアイテムの確認をさせて、武器を握り直させた。

 そして、また手を水晶玉に乗せる。全員揃って。


「よし、行こう!」


 魔力を注ぐ合図をした。

 だが、何も起こらない。光りもしないし、転送はされなかった。


「「「「「……」」」」」


 しーんと、静まり返った。


「プークスクス! ヴィクトの大ハズレー! これ転送装置じゃなーい!」

「うるせぇええっ!」


 真っ先にミミカが、ヴィクトを指差して笑う。


「でもそれじゃあ、納得できねーよな? だって、ダンジョンに【宝具】は付き物だろう? 真新しいダンジョンに何もないって、そりゃないだろ」


 ストは、むぅーッと考え込んだ。


「これ、そもそも外れないしね……」


 ディヴェが動かそうとしたけれど、びくともしない。


「んー……【宝具】のないダンジョンなんて、聞いたことないなぁ……あっ」


 授業でも、そんなことを聞いたことはない。色んなダンジョンについて耳にしたけれど、本当に【宝具】のないダンジョンは聞いたことはなかった。

 でも、あることを思い出す。【宝具】に関する参考文献で、読んだことがある。


「「「「”あっ”?」」」」


 反応した仲間に、私は申し訳ない顔を向けた。


「ごめんなさい! ほんとっ! 私がもらっちゃったかもしれない!」


 両手を合わせて、謝罪する。


「どういうことだよ?」

「……特別な魔法を与える【宝具】があるの。あるいは、特別な能力。これが【宝具】だと思う。さっき感電した時に、力をもらっちゃったのかもしれない……そうしか思えない」


 この水晶玉が【宝具】だ。

 触れた瞬間に、私は特別な力を与えられてしまった。


「なんだ。じゃあ【宝具】は、手に入れたってことだな」

「どんな力なの? ねぇ、どんな力?」

「見せてほしいー」

「ちょっと残念だけど、手に入れたってことで納得出来るぜ」

「え? 怒らないの?」


 四人はあっさりしている。


「怒るかよ。むしろ、いいんじゃねーの? 正式に冒険者になった祝いってことで」

「そうね、そういうことにしよう」

「うんー、お祝いお祝い」

「いい力だといいけどな」

「ええー! 皆、私に甘くない!? 就職祝いの黒杖剣もそうだったし……」


 ヴィクト達は、ケロッと言い退けた。

 黒杖剣も、もらってしまったし、私にだけ甘すぎる。


「はぁ? 何を言ってやがる、エリュー。お前だって、最初の【宝具】の魔剣をオレにあっさりやったじゃねーか」


 呆れ顔をすると、ヴィクトは耳飾りをピンッと揺らした。

 最初に手に入れた魔剣の欠片。赤く煌めく。


「弓の【宝具】なら、あたしにくれたでしょう?」

「杖なら、ウチー」

「大盾や短剣ならオレにくれるだろう?」


 ミミカも、ディヴェも、ストも、笑って言う。


「相応しい【宝具】を、仲間に渡すだろ。それとなんら変わりない。まぁ、今回の力がお前に相応しいかは知らねーけど……受け取ったなら、もうしょうがなくねーか?」

「う、うん……そうだね」


 確かに、皆の言う通りだ。

 私は首を傾げて、ヴィクトをじぃっと見上げた。


「なんだよ?」

「ヴィクト、なんか……丸くなった?」

「はぁ?」

「学生時代なら、”受け取れコラ!”とか大声上げてそうだったのに」

「……別に」


 そっぽを向くヴィクトの前に、ミミカは割り込んだ。


「ねぇ! なんの力? どんな力なの?」

「ウチも知りたいー」

「ごめん、わからない……」


 ミミカとディヴェに、苦笑を溢す。


「ええー! 意味なくない!?」

「んー。街に戻ったら、力を与える【宝具】について、色々調べてみるよ」


 ぶわーっと強めな風が吹いてきて、私達に触れては通り過ぎていく。

 皆で、世界を見渡した。最高の眺め。


「ありがとう、皆」


 私は笑みを浮かべながら、世界を見下ろす。


「新ダンジョンの攻略完了だ!」


 右手を突き上げれば、他の皆も突き上げた。


「おっし! 【最強の白光の道】再出発の初ダンジョン、攻略完了!」

「最速最強のパーティー【最強の白光の道】! 最高!」

「【最強の白光の道】にバンザーイ!」

「最高のパーティーだぜ!!」


 じーんっと胸の奥から熱さが広がっていく。

 泣いてしまいそうだ。最高に嬉しい。

 皆と一緒にいられて、幸せだ。


「よし、さっさと下りようぜ」


 ヴィクトが先に階段を下り始めた。

 私達も、続いてく。

 1階まで下りると、明るかった。

 魔法石が再び壁にあって、フロアを照らしている。


「他のダンジョンと同じか。また魔物が出現する」

「ウチ、魔力封じはもうこりごりだよ~」

「あたしも」


 開いたままの扉を急いで出ていくディヴェ達。

 私は、最後まで1階を見回した。

 魔力封じのダンジョン。

 そのダンジョンの力を与える【宝具】って、もしかして……。

 ドンッと立ち止まったストの背に、額をぶつけてしまう。背中も鎧に覆われていたから、痛かった。


「あうっ……」


 考え込んでいた私も悪いけれど、立ち止まって何しているのか。

 額を擦りながら、ストの横から見てみると――――。

 人が集まっていた。

 もう他の冒険者パーティーが来たのだろうか。


「レベル6【最強の白光の道】のパーティーですね」


 一人が歩み寄ってきた。

 ヴィクトが私に視線を送ってくるので、私はディヴェとミミカの間を通ってヴィクトの隣に移動する。


「そして、あなたが【超越の魔法使い】ですか?」


 にこやかに笑いかけてくれる、その三十代後半ぐらいの男性は、明るい灰色のストライプの入ったスーツを着ていて、紺色のネクタイ。

 白銀の髪はオールバックにしていて、四角い眼鏡の向こうにあるのは紺色の瞳。

 パッと見は、インテリ系な男性に思えるけれど、こうして対面するとお洒落なマフィアみたいに感じる。

 漆黒の騎士と同じだ。強者の風格がある。スーツ越しでもわかる鍛えられた身体をしている。

 誰かと訊きたいが、先ずは私からの自己紹介が必要だろう。


「エリューナ・ルーフスと申します」


 スッと、スカートの代わりにローブを軽く摘まみ上げて会釈した。

 相手も胸に手を当てて軽く腰を折るという紳士の会釈をしてくれる。


「貴族令嬢でしたね。私はラズヴィ・アーチャーです。王都ヴェルインの冒険者ギルドのマスターを務めております」

「えっ? ……お初にお目にかかります」


 ちょっと驚いてしまう。

 私が知っている王都のギルドマスターじゃない。以前会ったのは、武芸の達人って感じの初老だった。


「新しく就任なさったのですか?」

「前任者をご存知だったのですね。彼は半年ほど前にお亡くなりになり、私が就任しました」

「ああ……それはお悔やみを。全然知りませんでした……」


 あそこの冒険者ギルド会館には出入りしたいたのに、全然知らなかった。

「お気になさらずに」とギルドマスターは言ってくれる。


「どうでしたか? 目の前で誕生した新しいダンジョン」

「ああ、攻略を済ませました」


 ダンジョンの塔を一度振り返ってから、私はそう答えた。

 ギルドマスターが連れて来たであろうギルドメンバーに動揺が走る。その中にグスタさんもいたから、きっとギルドメンバーのはず。

 けれど、ギルドマスターは笑みを保ったまま。微塵も動じない。


「流石は、最速最強のパーティーですね」

「魔物は四体しかいませんでしたので」

「そうでしたか。しかし、苦戦したようですね。レベル6のパーティーでも無傷とはいかなかった。なのに、この短時間で攻略……」


 私とヴィクトの焦げた服を見て、苦戦したと思ったらしい。

 それに私の服には、吐いた血もついている。

 面白そうに笑みを深めた。


「あなたから見て、このダンジョンのレベルは、いくつに値すると思いますか?」

「……それを決めるのは、ギルドでは?」

「実際に攻略したパーティーのリーダーである、あなたの見解をお聞きしたいのです」


 ダンジョンのレベル付け。

 これってレベル6の冒険者になる試験に、関係しているのだろうか。


「魔力封じの仕掛けが、各階にありました。それに気付けなければ、攻略不可能でしたね。パーティーで挑むのは必須。2階はレベル3でも十分でして、3階と4階はレベル4……しかし最後の階は……一気に難しさが上がりました。レベル6の仲間がいなければ、倒せませんでしたね」

「ほーう? 魔力封じの仕掛け、ですか。つまり、魔法攻撃のみダメージを与えられる魔物が出たのですね」


 理解が早い。慣れているのだろう。


「それで、最後の魔物のレベル付けは?」

「そうですね……仕掛けを含めれば、あなたぐらいの強さでしょうか? そんな気がします」


 にこっと私はそう答える。

 笑みを保ちつつも、眼鏡の奥で紺色の瞳が細められた。


「では、あなた方のパーティーなら、私も倒せるとお考えですか?」

「試します?」

「……ふっ。ふふっ!」


 口元に手をやり、笑いを堪えたが、結局ギルドマスターは噴き出す。


「いや、失礼しました。別に嘲笑ったわけではありません。確か、話によれば、レベル6になりたいそうですね? いいですよ、許可しましょう。あなたはレベル6の冒険者です」


 スッと、ギルドマスターは手を差し出した。

 あっさりと許可を出したものだから、意外だと思う。

 私も手を取り、握手する。格好に反して、大きくてゴツゴツした手だ。


「ありがとうございます。とても嬉しいですけれど……わあっ!」


 後ろから、突撃を食らう。ミミカとディヴェだ。


「やったぁ!」

「一緒ー!」


 大喜びしてくれるのはいいけれど、許可が出た理由が知りたい。

 頭に手を置かれたかと思えば、わしゃわしゃと撫でられた。ヴィクトだろう。

 背中には、ポンポンッと叩く手がある。ストだろう。

 仲間と同じ、レベル6の冒険者だ。


「もう一つ、いいですか? このダンジョンに名前を付けるなら?」

「……えっと」


 ダンジョンを見上げて、私は刹那だけ考えて答える。


「【魔力封じの試練塔】ですかね」

「それは、いい名ですね」


 にっこりと、ギルドマスターは明るく笑って見せた。



 

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