13 魔法封じの塔。
ニッと笑っているヴィクトは、腰に携えた剣を握る。
好戦的に、目を光らせていた。
「目の前に新しいダンジョンが出てきたのに、冒険しない冒険者がいるかよ! 当ったり前だろうが!」
ストも大盾を背負い直して、笑って言う。
「最高にワクワクするな! 全員揃った【最強の白光の道】で新しい冒険!!」
それから口を開いたミミカも、笑みを溢す。
「エリューナのいるパーティーで冒険! 最高の他に言葉が思いつかないわ!!」
続いて口を開くのは、のほほんとしたディヴェだ。
白いローブを揺らして、短い杖をキュッと握った。
「新しいダンジョン、揃った仲間、未踏の冒険……行こう! 今すぐ行こう!」
ディヴェが急かすのは珍しいけれど、きっと無理もないことだ。
満場一致で、冒険に行く。
新しいダンジョンへ。未踏の迷宮の塔へ。
「ちょ、ちょっと、待て!!」
水を差すのは、グスタさんだ。
そう言えば、いたな……と思い出す。
ストの後ろにいたから、見えなかった。
「何の準備なしに新しいダンジョンに入るのは無謀だ!」
「はあ? 準備は最低限出来てるに決まってんだろうが、アホかてめぇ」
心底アホだと軽蔑している目で見下すヴィクト。
元々、私のワイバーン討伐を済ませたら、ダンジョンに行くつもりだったのだ。
すぐに、崖から飛び降りた。
あとに続くスト、ミミカ、ディヴェ。
「では、行ってきます。あ、正式な冒険者としての手続きお願いしますね」
私も崖の先に踏み出して、浮遊感を味わい、落下する。
ふわっと風を起こして、クッションの代わりにして着地した。
「んー、意外と高くないね……高くても、10階ぐらいかな」
一度だけ素早さの補助魔法をかけて、塔に近付けば、思ったより高くないと気付く。
簡単に最上階に行けそうだとは思うけれど、油断は禁物だ。
「階段を上がるダンジョンは、皆初めて?」
「おう」
ヴィクトが代表で返事した。
「お先にどうぞ、リーダー。扉を開けてくれよ」
くいっと顎で促す。
栄えある開封は、私に譲ってくれる。
快く私は、扉に手をかけた。
引くかな、押すかな。動かしたら、押し開ける扉だった。
何が出るかわからないから、十分に注意している。
ヴィクト達も、武器を構えていた。
全く持って不思議だ。
押し開けた扉の中には、清潔な円形の広間。人工的に作られたような螺旋階段が上に続いている。
魔法石の明かりがあり、よく見えた。
魔法石。通常、電気の代わりに使われているような便利な石。用途は他にもある。ちなみに原料は魔石だ。
一階フロアは、まだ家具を置いていない、真新しい城の塔の中みたい。
それが突然現れるのだ。全く持って不思議。
1階は、何もいないし、何もない。
だが、警戒は怠らない。何かトラップがあるかもしれないのだ。
石橋を叩くように、慎重に足を進めた。
「……?」
しかし、妙な違和感を抱く。
「このダンジョン……何か変じゃない?」
「……嫌な予感するね」
「それもすっごく」
私を始め、ミミカとディヴェも同じみたいだ。
「確かに妙な感じがする……」
「原因は、なんだ?」
ヴィクトとストも、全員が感じ取っている。少々どころではない違和感。
「ちょっと召喚獣を出してもいいかな?」
「え? 召喚獣って何?」
ミミカとディヴェは、首を傾げた。
そうだ、まだ話してなかったわ。
「エリューが完成させた魔法だとよ」
ヴィクトが簡単に説明してくれた。
実際に見せる方が早いと思って、私はガレンを呼んだ。
しかし。
シーン。
ガレンは、私の中から出てこなかった。
「っ……! まさか……!」
私は違和感に気付く。
すぐさま確認しようと、開けっ放しの扉から出た。
違和感はなくなる。
「”――我の前に現れよ、ガレン――”」
ボォッと紅蓮の炎のガレンが目の前に現れた。
「すごーい!」
「嘘、それ、生き物なのっ?」
「こりゃたまげた」
ディヴェは拍手して、ミミカとストは仰天する。
私は確かめるために、塔の中に足を踏み入れた。
その瞬間に、ガレンが私の中に戻ってしまう。
「えっ、どうしたの?」
目を瞬かせるミミカ。
「まじかよ……この違和感の正体って……」
ヴィクトは気付いたらしい。
「恐らく、魔力封じのダンジョンだよ。ここ」
仲間が衝撃を受けたのがわかる。
「魔法が、使えない、ダンジョン?」
一番ショックを受けたのは、ディヴェだった。
「ウチ、出番、ない……」
ディヴェは魔法で補助魔法をかけ、魔法で回復魔法をかけ、魔法で攻撃魔法を使う。
魔法の使い手には、この上なく嫌なダンジョンだろう。
私も剣を振り回せるけれど、攻撃魔法と魔法支援が出来ないのはつらいところだ。
ミミカだって弓で援護射撃が出来るが、やっぱり魔法の攻撃が出来ない。
魔力が使えないのなら、ヴィクトは魔剣の本領を発揮出来ないし、ストも防壁魔法が使えないだろう。
「アイテム頼りだね。2階に魔物がいるなら、どこまで通用するかを確かめてみようか?」
魔法が使えない戦闘が、どこまで通じるか。
「おう、行こうぜ」
魔剣の魔法が使えなくても、剣として切れる。
黒いラインのある真っ赤な刃の魔剣。つくづく赤い魔剣に縁があるなぁ、と思う。
一年前に見付けたその【宝具】は、黒炎剣(こくえんけん)という名をつけた。私の黒杖剣と名前が似ている。
「私は黒杖剣(こくつえけん)を使う。念のために短剣を渡すから身を守って、ディヴェ」
「わかった」
アイテムパックから、私の短剣を取り出してディヴェに渡す。
それから、就職祝いにもらった黒杖剣を持って、引き抜いた。
「お前、それ、使ったことあるのか?」
「うん。ソロダンジョンでね」
「へーえ?」
手に馴染んでいる。心配は無用だ。
「ソロでどこまで進んだんだ?」
「19階までだよ、流石にソロだとしんどかった」
「いや、普通はソロでそこまでいけねーだろ」
雑談はそこそこにしておく。
「ストを先頭に、ヴィクトと私、そしてミミカとディヴェ」
「おうよ、どんな初撃も防いでやるから、攻撃は任せたぜ。ヴィクト、エリューナ」
先頭で階段を上がるストに、頷いて見せる。
変わらないフォーメーションで進む。
階段は、二人が並んで余裕で歩けるほどの広さ。壁に沿って螺旋階段を上がっていく。
天井はそれほど高くない。天井に接触している階段の先は、ドアもなく2階へ続いていた。
ササッと、素早く動いて、2階へ。
やっぱり、潜ると違って、上がるのは、初めてだ。
「「「「「……」」」」」
私達が2階で見たのは、煙のように揺れる姿。獅子の身体、三匹の蛇の尻尾。
キメラの姿をしているけれど、その揺れる身体は一目瞭然だ。
物理攻撃が効かないエレメント系魔物。魔法攻撃のみが有効の相手。
このダンジョンで、それは反則だろう……!
眠っていたキメラが、目を覚ましたようだ。こちらに気付いて、青白い炎を吐き出した。
「戦略的撤退!!!」
今度は、ディヴェを先頭に階段を駆け下りる。
ストがなんとか炎を大盾で防いでくれたので、1階へ無事に撤退完了。
追ってくる様子はない。あの大きさでは、小さな出入口を通れないだろう。それか、階が移動出来ない縛りでもあるのか。
「何!? 魔力封じでこっちは魔法が使えないのに、あっちは魔法が使えるエレメント系魔物!!? どうやって攻略すればいいのよ!!?」
ミミカが頭を抱えて、声を上げる。
私も頭を抱えたいところだが、攻略法を考えなくちゃ。
「落ち着けよっ! こんな理不尽なダンジョンがあってたまるか!! 何か攻略方法があるはずだ!!」
ヴィクトが落ち着けと言うけれど、額を押さえていた。
いきなりの難題に、動揺していることがわかる。
「あっぶねー……! 無茶すぎだろうがっ!」
少し大盾が焦げたストは、息を整える努力をする。
どう考えても無茶だろう。魔法なしで、魔法のみダメージを与えられる魔物と戦うなんて……。
「魔法が、魔法が使える方法がないとー……無理ぃ」
ディヴェは、半泣き状態だ。
魔法が……使える方法……?
「諦めんな! 再出発で、こんなに早く諦められるか!!」
ヴィクトの言う通り、再出発で出鼻を挫かれるのは、ごめんだ。
せっかく再出発だと、心躍らせて、大いに盛り上がっていたのに……。
「……」
私は、1階を見回す。
2階も同じ構造だった。
魔力封じのダンジョン。魔法が使えない塔の中。
魔法攻撃しかダメージを与えられないエレメント系魔物が立ち塞がる階。
魔法が使えるようにする方法。それがきっとこの塔のダンジョンを攻略する鍵。
水色かかった白い光りを放つ、魔法石。
「ふんっ!」
物は試しだ。
私は一番近い、明かりである魔法石を黒杖剣で破壊する。
「!? 何やってんだ、エリュー?」
「ちょっと確かめてる。全部壊したら、ディヴェ、明かりの魔法を発動して」
「えっ? わ、わかった……」
時間をかけることなく、スタッと壁に沿って駆けながら、明かりの魔法石を壊していく。
パキンッ! パキンッ! パキンッ!
全部で五つ。破壊を終えた。
1階は、扉からの光りだけになる。
「”――光りよ――リラーレ――”」
ディヴェが、杖の先に明かりを灯す。
「えっ!? 魔法が使える!」
ディヴェが驚いた顔で、私を見た。
「攻略方法、わかった。案外単純だったね」
「……なんだよ。その魔法石は明かりのためじゃなく、魔力封じの結界を作る媒体だったのか」
力を抜いたような声を、ヴィクトはため息とともに溢す。
「じゃあ、2階も魔法石を壊せば、魔法が使えて攻撃を与えられるんだ!?」
ミミカが、キラキラと目を見開く。それを私に注ぎ込むように見てきた。
「流石、エリューナ! ううん、我らがリーダー!!」
「本当に流石だな! 我らがリーダー! これで進める!」
ストも、元気を取り戻す。
「んー。何かしら攻略方法があると考えたら、こういう仕掛けだと思っただけ。魔法攻撃のみ効果があるエレメント系魔物がいたからこそ、魔法を使える方法がきっとあるって。勘があった、まぐれだよ」
「謙遜しやがって……有能なリーダーめ」
ヴィクトが呆れたような笑い方をした。でも誇らしげだ。
「難攻不落じゃあないんだね! 魔法を使えればこっちのものだね!!」
ディヴェは鼻息を荒くして、やる気を取り戻す。
「これは憶測だけれど、この塔は魔法攻撃しか通用しない魔物のみが出るはず。そして魔力封じの仕掛けが階ごとにある」
「その可能性は高いな。作戦は? どう攻める? リーダー」
「ここはスト頼みだね」
ヴィクトが作戦を、私に問う。
「オレか。ミミカとディヴェの守りだろう?」
「そうだよ。ミミカも弓で魔法石を破壊してもらいたいけれど、私とヴィクトで手分けして魔法石を破壊する」
ストの役割は守りを固めることだ。
「全部破壊して、暗くなったら、ディヴェの出番」
「まっかせなさい!」
やっぱりディヴェは、鼻息を荒くする。気合を入れて、短い杖を握った。
キメラの魔物は火属性の攻撃を放ったので、水属性の魔法をぶつける。
ディヴェの強化補助魔法で、私とミミカで挟み撃ち。
暗くなっても大丈夫。相手は火属性のエレメント系魔物。魔物本体が明かりになってくれるはずだ。
そして、この作戦を実行に移した。
「こっちだ!! かかってこい!!」
ミミカとディヴェを背にしつつ、ストが挑発して引き付ける。
私とヴィクトは左右に分かれて、壁の魔法石を破壊。
一つ、二つ。
やっぱり素ではヴィクトの速さに敵わなくて、最後の一つをヴィクトはもう叩き切ろうとした。
しかし、その前に狙いを定めたミミカが、放った弓矢で破壊。
ヴィクトが「ちっ」と舌打ちして、ミミカを睨んだはずだろう。
思った通り、暗い中で炎を噴く魔物は丸見えだ。
「”――魔法攻撃強化――マジアプレッスィブースト――”!」
素早くディヴェの強化補助魔法がかけられる。
こちらのターンだ。
「”――水刃――リクアラミア――”!」
剣先で狙いを定めて、水の刃を放つ。
三つの尻尾の蛇をザッと切り、そして獅子の身体も両断。
ミミカの強力な水の柱で、揺らめく身体は鎮火された。
そして、ボトンッと魔石が落ちる。
「ふふんっ! 魔法が使えれば、楽勝ね!」
胸を張るミミカは、ご機嫌だ。
「ふぅー。でも魔法使えない間の防御は、骨が折れるぜ」
「回復しておく? スト」
「頼む、ディヴェ」
ストが気を抜く。噴かれた火炎に耐え続けてくれたのだ。疲れもする。
「ストに負担かけちゃうね……んー」
魔石を回収しながら、私は何か別の方法がないかを考えた。
「いやいや、守りを固めるのはオレの役目! 時間稼ぎなら任せろ!」
「……うん、任せる。私達も素早く魔法石を壊す努力をするよ」
にっかりと胸を叩いて見せるストを信頼して、私は任せることにする。
それから、暗い天井を見上げた。
「どうかしたのか? エリュー」
ヴィクトに問われたから、考えていたことを話す。
「この床と天井の高さを考えると……10階かと予想してたけれど、多分6階分だと思う。光りが見えた最上階を含めて」
「そうだな、この階のような高さだったら、6階が妥当だな。……今日中に踏破するよな?」
私の予想に頷いたヴィクトが、ニヤリと笑う。
私もつい同じような笑みを向けて、皆の意見を求めた。
「新しいダンジョンをその日のうちに攻略。最速最強のあたし達にぴったりじゃない!」
ミミカは仁王立ちしてニヤリと笑うけれど、それはディヴェとストも同じだ。
今日中に踏破する。意見は一致した。
冒険するのが、冒険者だ!
私達は、3階へと赴いた。
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