陸【十の戒め】
「禁じ手をもって禁じ手を制す?」
余程の焦りと狼狽だったのだろう、探偵は私を見てふふっと笑った。
それは僕に姉の面影を感じさせた。
「探偵にもあるんですよ、禁じ手
ノックスの十戒って言いましてね
探偵が守らなければいけない掟のようなものです」
「勿体ぶらずに、はやく方法を教えてくださいよ」
「では手短に説明しましょうか。
まず私が先に全部、宝石を盗んでしまいました
ショーケースになかったでしょう
これであなたは、もう悪さをできません
'探偵が犯人' 禁じ手ですね」
「そんなことは見ればわかります
しかし、どうやってこの場所が……」
「あなたとどれだけの時間一緒にいたと思うんですか!目線や挙動で何を気にしてるかなんてわかりますよ
"探偵の直感によって事件を解決させてはいけない" 禁じ手です」
「たったそれだけの根拠で……
あなたはここまで、これだけの推理をしておきながら最後の最後で運に任せたのですか」
「いえいえ、もちろん保険はかけましたよ
あなたは知らないと思いますけど私、警察署長とお友達でして、お願いしたら快諾して頂きました
いま茄子市全域の宝石店に捜査員が行ってくれていますよ
"知らない人物や手がかりによって事件を解決してはいけない"
これも禁じ手中の禁じ手ですね」
こんな馬鹿げた推理劇があるのか
だけどまだ僕には奥の手があるんだ、まだ負けてない。
「僕はまだ負けを認めませんよ
僕にだって、協力者がいるんですから」
僕はポケットから携帯機器を取り出すと、その協力者に電話をかけた。分け前を渡す代わりに、武装した状態で迎えにくるという契約をしている。
まだ彼がいる。逃げ切れる。
「那个中国人就是我(その中国人は私です)」
僕は驚いて携帯機器を落とした。
探偵が中国語を話せたからではない。
探偵の声色が姉ではなく、その協力者のものになったことに驚いたのだ。
「正確には今日の夕方あたりからずっと私でした本物はずっと前に警察に捕まっていますよ
私、演技も出来ちゃうとか天才ですね」
探偵は無邪気にはしゃいでいる。
一方、僕は足から崩れ落ちた。なぜだが足に力が入らない。
「あ、言い忘れてました。
"中国人が出てくる" というのと "演技経験の
ないわたしが一人二役に" というのが禁じ手です」
探偵の声がどんどん遠ざかっていく。
どうやら僕は、途轍もない眠気に襲われているらしい。
「効いてきましたかね、ホームシックで寝れない……そんなあなたに超自然カントリーネイチャー!
cmで見たことあるでしょう
睡眠導入剤です
コーヒーに仕込んでおきました、大量にね
"説明の要する科学薬品を使ってはいけない" "超自然力を用いてはならない" 禁じ手です」
どうやら完敗のようだ。
「ついでに言っておくと、あなたがここまで来るときに使った秘密の地下通路で、私もここまであがってきました
"秘密の通路や部屋を用いてはいけない"禁じ手ですね」
薄れゆく意識の中で、僕が目にしたのは、探偵の勝ち誇ったような顔だった。
「では最後に、私の助手役であるあなたは中々の切れ者でしたね
こんな謎を用意してくれたなんて感激ですよ」
「"助手の知力は鋭くてはいけない" 禁じ手か……」
「まぁ、私に比べたら、
あなたは、まだまだナマクラ刀ですが」
僕は探偵にひれ伏す形で倒れ込んだ。
完全なる敗北と憧れだった探偵への称賛を胸に抱えながら。
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