伍【解読と解毒】

 「探偵さん、はやく推理を披露してくださいよ」


 僕はなるべく笑顔を意識した。

 普段から見慣れた顔のはずなのに、不安を見せたら吸い込まれてしまいそうで、悟られたくなかった。


「では暮野夕菜の推理劇!開演致しましょう!」 

 

 探偵はニヤリと笑みを浮かべると大声で叫んだ。

 僕は事務所での日常の流れを思い出した。


「まず私は二枚目の予告状の暗号を解読し、それぞれが示す場所が '帝刻銀行' 、 '夕日放送局' 、 '茄子市郵便局 中央支店' であることを導き出しました」


「そんなことは知っていますよ。しかしそれで '導き出した宝石店' と 'いま我々がいる宝石店' は全く別の店舗ですよ。どうしてここが? 」


 探偵は得意げに、丁寧な口調で推理を披露し始めた。

 名探偵を前にして失礼がないようにと、僕も世紀の大怪盗を意識するように丁寧で優しい口調を意識した。


「でもこの三つの場所は別に犯行場所を導くためのモノではないのではと考えたのです。

 特に予告状にもそんなことは書いていなかったですからね」


「ふむふむ、それで?」


「2時間くらい考えてやっとわかったんです、この三つの共通点。 '禁じ手' ですよね」


「禁じ手?」


「えぇ、この三つの場所ではそれぞれあることが行われていました。帝刻ホテルでは将棋の竜王戦、夕日放送局では夕方のニュースバラエティ、郵便局では傷害事件」


「それがどう関係しているんですか?」


「まず竜王戦では安藤竜王が焦りのために二歩を打っています。これは将棋での禁じ手に当たります。

 次に夕日放送局で放送されているニュースバラエティでは金次の手相占いというコーナーが設けられています。金次の手で禁じ手って馬鹿みたい。

 そして最後、郵便局で起きた傷害事件とは 'あなた' が相撲取りに殴られた、あの事件のことですよね。相撲でグーを使うことは禁じ手ですから」


 探偵は余裕と恍惚の表情で僕を見つめながら一息で言い切った。

 

「禁じ手という共通点はわかりましたが、それがどう関係しているんですか?」


「あなたの作った予告状は紙も上等な物を用いて、封も蝋でなされていた。それに文字も丁寧で見事とか言いようがない

 この予告状こそ、私とあなたの勝負に適用される唯一の戒律(ルール)なんです

 この戒律(ルール)で戦うあなたにとっての禁じ手とは予告状に記載された戒律、つまり犯行日時、時刻を偽ることなんです!

 そして私が金次の手相占いを見ていることを知っていて、尚可、郵便局でおきた小さな傷害事件を知っているのは一人だけ! '真昼' あなたしかいないのです!」


 探偵は両手を孔雀のように広げて、大声を張り上げた。

 見事に当てられた、だが、まだ僕はまだ釈然としない部分がある。

 

「お見事ですよ、探偵さん。

しかし、どうしてここがわかったんです?

禁じ手を使った僕と、どうしてあなたは戦うことができているんですか」


 例え、僕が禁じ手を使うことがわかったとしても、犯行場所、時刻、方法がわからない状態ではどうしようもないはずだ。

 一体、どうやって……


 探偵はニヤリと口角を上げて答えた。


「毒をもって毒を制すように、私は禁じ手をもって禁じ手を制します」

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