肆【怪盗の正体】

 謎解きが終わってからニ時間半が経過し、外はすっかり暗くなっていた。

 僕は探偵が入れてくれたコーヒーを啜りながら、あることを考えていた。

 探偵は相変わらず浮かない表情で、まだ'探偵'の顔をしている。


「どうしたんですか、浮かない顔をして」


「いや、少し考え事を」


 探偵は低い声で答えた。姉であるいつもとは雰囲気が明らかに違う。

 僕は空気を変えようと話題を振った。


「そういえば怪盗をどうやって拘束するつもりですか。もし前の事件のみたいに屈強な男だったら」


「さすがに相撲取りではないだろうよ」


「必死こいて調査した事件ですし、動機が '別れた恋人が郵便局員だったから虱潰しに探してた' って衝撃的で……」

 

「真昼、殴られたもんねー、当たりどころ悪かったら危なかったね」


 僕のことを心配したからか、探偵の顔が'姉'に戻った。

 僕はそれに少し安心した。探偵である姉は好きだが、ずっとそれだとさすがに疲れる。


「じゃあ、少し電話するところあるから」


 いつも事務所を出るときと同じようにコートを羽織って、携帯機器を手に持った。

 

「うん、ゆっくりしてきていいよ」


 姉の声は優しかった。

 しかし、僕は見逃さなかったし聴き逃さなかった。姉の表情を、優しさの中に鋭さがあることを。

 '探偵' は僕の後ろ姿を見送りながら言った。


「すべて理解した」


 ────────────


「やっとたどり着いた……」


 もう夜更けに近い。やっと宝石店にたどり着いた。

 この宝石店が一番、警備が薄く、価値の高い宝石を揃えていた。

 ずっと決めていた、ここにしようと。

 そして機会を待っていた。来るはずのない機会を。


 通路は奥に行くに連れて、価値の高い宝石を展示しているはずだ。

 どうせなら一番価値の高い宝石を持っていこうと思い、僕は通路をゆっくりと歩き始めた。

 薄暗くはあるものの、あたりが見えないわけではない。

 僕は恐る恐る進んでいった。

 

 しかしここであることに気がついた。

 肝心の宝石が展示されていないのだ。


 僕の胸の中は焦りと同時に期待で満たされた。

 もしかしたら、もしかして、もしかしたら、もしかして…


 僕は最後のショーケースまでたどりついた。

 しかし、そこにあったのは宝石ではなく、僕が作った予告状だった。 

  

 『毒をもって毒を制す』


 予告状の裏には見覚えのある文字でそう書かれていた。


 その文字に夢中になっている所で、僕は前方に人の気配を感じた。 


「わかったんですね、探偵さん」


「まさか、サイドキックに手を噛まれるとは思わなかったよ」 


 そこには '探偵' 暮野夕菜の姿あった。


 

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