弐【残煙が香る】

 僕達は丸机に向かい合って座り、改めて手紙を読み直すことにした。

 目の前の探偵は足を組んでカッコつけてはいるものの、遠足前の小学生みたいに落ち着きなく机を指で叩いている。

 

「はやく!はやく見せな!」


「落ち着きなよ。ほら、まずは一枚目」


 僕はポストに入っていた紙の一枚目を机に置いて、その上に重しを重ねた。封筒には二枚の手紙が入っていた。

 

『ごきげんよう。引きこもりの探偵さん。

 三日後の十二月十二日、午前零時に 'ある宝      石' を頂きにこの街の何処かに参上する。

  

 これは予告状だ。別に無視してくれても構わない。あなたの自信(プライド)が許すのであればね。

 三日後に会えることを楽しみにしているよ。


                無名の怪盗』         

 

 筆跡でバレないようにするためか文字はすべて定規で直角に描かれていた。

 直角に書かれているが、不思議と気品を感じる文字だ。普通に書いても達筆であるに違いない。 


「イタズラにしては凝りすぎている感じがするな。それにワープロを使わないでわざわざ手書きって所にこだわりを感じる それにこの封筒……」


 急に真面目トーンになった探偵は机に置かれた封筒を手にとった。


「わざわざ赤い蝋で封がしてある。それにこれは上質紙で出来ているな、おそらく自分で作った封筒だろう、紙質はいいのにやけにボロボロなのが気になるな」


 いつもは見せない鋭い眼光で封筒を見つめる探偵に僕は少し恐れを感じた。

 やはり、探偵としての腕は中々のものだ。


「うん? 何黙ってんだよ」


「あー……ごめんごめん」

 

「次々!」


 僕は探偵に急かされる形で予告状の二枚目を机に置いた。

 自分はいまは弟なのではなく、探偵の助手なのだ。ちゃんと仕事をしなくては。


『 '陰の上に横たわる人間'

  '円をのせた舌の下にある夕日'

  '文の隣の大きな手紙'    』


 二枚目には、ただこの三行のみが書かれていた。

 紙質や文体も一枚目と同じものだ。

 これには、さすがの探偵も首をかしげ、顎に手をやる。古今東西の探偵に共通するポーズだ。


「何だこれ、さっぱり意味がわからん」


「てか、これやっぱりイタズラっていう可能性ないですかね?」

 

「うーん、その可能性は低いかな、ただのイタズラにしては手が込みすぎているし。

 まー、仮にイタズラだとしても今回は乗ってやろう。

 この胡散臭い感じが絶妙にムカつくしそそられる」


 探偵は唾液を啜りながら食い入るよう二枚目の予告状を見ている。

 約一分ほど凝視を続けると、今度は僕の方に顔を向けて、独り言のように話し始めた。

 

「まず一行目の '陰' っていうのが気になるな。細かいかもしれないが '影' じゃなく '陰' だっていうのがな……そこに何かあるかも…… あと二行目の '円をのせた舌' っていうのが、一行目、三行目と比べて表現が具体的な感じだな。糸口はここになりそうだ」

 

 僕はただ淡々喋る探偵を見つめていることしかできなかった。

 僕に話しかけているように見えて、彼女の頭の中で整理しきれなかったことが具現化しただけであること気づいたため、相槌が打てなかったのだ。


「あーもう、無理!少し休憩!」


「えっっ、もう集中力切れたんですか」


「休みながら考えるのが大事なの!」


 突然、 '探偵' から '姉' に切り替わったので僕は呆気に取られた。

 そんな僕を横目に姉は、テレビのリモコンを手に取ると次々とチャンネルを変え始めた。


『朝のニュースをお伝えします。ワールドカップ初戦!日本と韓国は……』


『ホームシックで寝れない…そんなあなたに超自然カントリーネイチャー!お近くの薬局、コンビニで』


『恐れるくらい〜♪記憶残ってるの〜♪』


『お昼に対局が終了した竜王線!安藤竜王、タイトル死守ならず!焦りからまさかのニ……』


『ザザザザザザザザザ』


 姉はチャンネルを覚えるのが苦手だ。いまだにアナログ放送だった頃のチャンネルと今のチャンネルがごっちゃになっている。

 

「あーもう!これじゃない!」


「またやってんのかよ、僕ちょっと電話するとこあるから少し静かに……」


「よっと!あっこれだ!」


 はしゃぐ姉を横目に僕は電話をかけた。

 

「あ、你好(もしもし)」

 

 僕が話し始めた所でチャンネルが姉のお気に入りへと切り替わった。

 番号は7.夕日放送で放映されている夕方のニュースバラエティだ。


『恒例!金次の手相占いのコーナー!さて今回のゲストは……』


「うぇーい!金次!私の手相も占って〜!」


 姉はこの金次とかいうローカルタレントに恋している。

 僕にとってはこれが最大の謎だ。


「ねぇ、ちょっといま電話中……え?」

 

 僕は姉に注意しようとして、思わず固まった。

 '姉' の顔がまたしても'探偵'になっていたからだ。



「何かわかったんですか?」


「あぁ、何となくわかった」

 

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