壱【夜明けからの予告状】

「おい、ちゃんと仕事は取ってきたんだろうな」

 丸机一つと椅子四つ、テレビとビデオデッキ、小さめの冷蔵庫、ポットと電子レンジが置いてある棚、書類が乱雑に積まれたデスク、くたびれた文庫本の数々etc...

 家具やら余計なものやらが入り混じった一室に姉の咆哮が響く。 


「姉さんが自分で取ってきたらいいだろう」 


「ここでは所長か探偵って呼べって言ってるやろがい」


「二人しかいないのに何が所長だよ」


 声の主は '探偵事務所' 兼 '自宅'「陰居(インキャ)」の '所長' 兼 '探偵' である僕の姉 暮野夕菜(くれのゆうな)。

 たださえ狭いこの部屋の三分の一を黒いパーテーションで区切って自分の部屋にしている。


「引きこもってないで自分で仕事探してきたらどうですかー?」


「私は太陽光アレルギーなの!ちな、人混みアレルギーと雑音アレルギーも併発ちゅーー」

 

「雑音アレルギーっていうなら自分の口を閉じたらどうですか、しょちょーーー」


 この流れはいつものことで、もう慣れてしまった。

 大抵はあと何回かこのやり取りが続いて僕が渋々、外にでることになる。


「生意気言ってるとクビにしちゃうよ?」


「そういうのパワハラって言うんですよ」


「じゃあ、お前は職務怠慢だな」


 名誉のため言っておくと、僕は別に仕事をしていない訳ではない。

 午前はひたすらに電話をかけて「何か困ってることはないですか」を繰り返し続ける。

 午後は、依頼者がいるときはその対応、いないときは報告書のまとめや買い出しを行うのだ。

 

「はいはい、じゃあ行ってきますよ」


「お!さすがは我が弟!真昼(まひる)くんさサイコー!」


「もう、調子いいんだから」

 

 僕は根負けして渋々、出かけることにした。

 かかっているコートを羽織り、少し錆びついた入り口の扉を開ける。

 この事務所は2階にある。下は寿司屋になっているが少しお高めなので、僕達は利用したことがない。

 

「あ、ポストの中いちおう見といてー」


「はいはい、いつも見てから出掛けてますよ」


 このやり取りもいつものこと。

 ポストを片手でがちゃがちゃしてから出かける。


 ムカつくし、イラつくし、こき使われるし、ここに務めていてもいいことなんてほとんどない。


 でも僕はやめようとは思わない。

 何故かって?


 給料や休みはちゃんと貰っているから?

 仕事のない僕を嫌な顔をせずに拾ってくれたから?

 

 そんなお涙頂戴で人情的な理由ではない。


「え、何だこれ、、えっっ」


「うーん、何かあったかい?」


「姉さん、姉さん!」

 

 僕は封筒の中身を確認すると、すぐさま部屋に戻り、黒のパーテーションを片手でどかした。

 そして姉の領域に入り、怪訝な顔をする姉にその封筒を手渡した。

 手紙を受け取った姉はそれを一瞥すると、僕の方を見てただ 'にやり' と笑った。

 引きこもりの割には整えられた黒髪を揺らし、端正な顔立ちが台無しになるほどに口角が上がっている。

 もうそこにいつもの '姉' はいない。

 


 この '探偵' は謎を前にすると、本当にいい顔をする。


 僕がここにいる唯一の理由。

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