第41話
公園で二人だけの時間を過ごした俺たちは夜になるまではまだ少し時間があったが、明日の遊園地に備えるためにすぐに解散することにした。
「どこまでいった?」
「もうキスもしたよ」
俺は夏と別れた後、友人である遠藤のバイト先まで足を運んでいた。
遠藤はこの後すぐにバイトが入っているが、まだ少し時間があるみたいでこうしてまた話し相手になっている。
「うおっ。なら告白は成功したってことか?」
「まあそうなるのかな」
「なんか含みのある言い方だな。でもよかったよ。俺のアドバイスが功を奏したみたいで」
「お、おう。感謝してるよ」
「ははっ。気にすんなって」
それほど役に立った覚えはないが一応お礼を言っておくと、遠藤は自慢げに鼻を鳴らした。
「でもいいよなぁ。付き合ったってことは当然クリスマスもその子と一緒に過ごすんだろ?」
「まあな。一応約束はした。一応な。もしかしたら行けなくなる可能性もある」
「なんだよ、可能性って」
「上手く説明出来ないけど元カノの件でな。まあ色々あるんだよ」
もしクリスマスまでに記憶が戻ってしまえば行くことは出来なくなる。
もちろんそうならないことを願っているが。
「おいおい。ここまできて元カノを忘れられないとか言うんじゃないよな?」
「いや、話が飛躍しすぎだって。流石にそれはないよ。俺は元カノのことは綺麗さっぱり忘れてる」
「ふーん、そっか。じゃあわかったぞ。逆に元カノから復縁を迫られてるんだろ?」
「だからそれもちが……」
当然のように遠藤の言葉を否定しようとしたが、直前で思い止まった。
俺は夏の記憶が戻った時に気まずい空気が出来上がることだけを想定していた。
だがよく考えたらそれだけじゃない。
遠藤の言った通り夏の気持ち次第では本当に復縁を迫られる可能性がある。
「おいおい、まさかマジだったのか?」
「いや。今はその気持ちが無かったとしてもこの先どうなるかはわからないなって思っただけだ。その子が元カノに似てて気まずく思う時は確かにあるし」
「なんだそういうことか。ちょっとドロドロを期待してたのに……。でもやっぱり人って似通った人間を好きになるもんなんだな」
「似通った人間か。どうだろう。やっぱ俺もそうなのかな」
「さあ。その子と元カノのどうゆうところが似てるのかを知ってるのは池野だけだろ」
遠藤の言った通り前と今の夏の共通点を挙げられるのは俺だけだ。
だが俺はそこでもし記憶を取り戻した夏に復縁を迫られた時にどうするかを同時に考えてしまいそうになり、急いで頭を空っぽにした。
「も、もう俺の話はいいだろ。それより遠藤はどうなんだよ」
「どうって、何がだよ」
「クリスマス、誰かと遊ぶ予定はないのか?」
話題を変えるためにクリスマスの予定を聞くと、急に遠藤は「そんなに聞きたいか?」と言いながら胸の前で腕を組む。
その姿勢は一見すると何もないように見えるし、逆に何かあるようにも見える。
「まあどちらかというと聞きたいな」
「そうか、聞きたいか」
「なんだよ。もったいぶらずに教えろよ」
「昼から夜までバイト。その後は帰って寝る」
「あ、ごめんね」
俺たちは無言で顔を見合わせる。
もちろんそれで何かが伝わるわけもなく、最後はお互いに深いため息をついた。
「まあ行くにしろ行かないにしろ後悔のない選択をしろよ。とりあえず応援はしとくけど。俺は優しいからな」
「それはありがとう。今回は新しい発見もできたし。あ、あと俺も応援してるから」
俺がそう返すと、遠藤は胡散臭いものを見るかのように肩をすくめる。
「……何だよ」
「何にも。それじゃあ途中で悪いけど俺はそろそろバイトの準備があるから」
急ぎ気味で厨房の奥へと走り去る遠藤の背中を無言で見送る。
一人取り残された俺はゆっくりとしたいと思いつつも、さっきの会話を思い出さないように注文した料理を急いで掻き込んだ。
次の日、万全の状態で朝を迎えた俺は時間通りに約束の遊園地へ向かった。
集合場所は遊園地の前。
最初は駅で待ち合わせて一緒に向かう予定だったが、当日に夏がやっぱり現地に集まりたいと言うので、急遽予定を変更してこうなった。
集合時間は少し早めの12時。
これは場所と違って特に変更はなく、受付で並んだとしてもたっぷり遊ぶことができる時間だ。
まあどんなアトラクションを体験するかはまだほとんど決まっていないが、何をするかで悩むのも遊園地の醍醐味の一つだろう。
ただ俺はその中の一つに絶対に乗っておきたいアトラクションがあることを夏に伝えた。
それは観覧車だ。
理由は単純で空の上から見下す夜景が綺麗だったことを覚えていたから。
どの遊園地にも必ずあるアトラクションだが、クリスマスの日に見るイルミネーションと同様に今の夏ならきっと喜んで見てくれるはずだ。
「おーい!」
遊園地の前に着くと、喧騒の隙間からさっそく夏の声が聞こえてくる。
「えーっと……」
「祐樹くん、こっちこっち!」
思っていたよりも人が多くて探すのに苦戦していたが、夏が名前を呼んで居場所を伝えてくれたことでようやく見つけることができた。
「おはよう、祐樹くん」
「おはよう、夏」
俺たちのいつもの挨拶。
もし夏の記憶が戻ったらこの時間も無になる。
そう考えたらこの何気ないやり取りでさえも感慨深かった。
「それとごめんね。直前で集まる場所を変えてって頼んで。なんだか急に一人で行ってみたくなって」
「そういう理由だったんだ。電車の乗り換えとか結構複雑だから心配だったけど、無事に来てくれて安心したよ」
「だから大丈夫だって言ったじゃん。電車は何回も使ってるし。それより私は祐樹くんが私よりも遅いことにびっくりしたよ」
「それは俺もびっくりした。いつもより早く来たつもりだったんだけどな」
夏を待つつもりで家を出たが、今回も夏に迎えられてしまった。
もちろんそれが悪いとかではない。
むしろいつも通りのこの状況は俺にとって安心を感じさせるものだった。
「私も早く家を出たからね。ほら、人が多くなりそうだったし」
「やっぱり夏もか。予想以上に多いよな。クリスマスが近いから仕方ないんだろうけど」
「クリスマス? そっか、もうクリスマスか」
「あれ。クリスマスのこと言ってなかったっけ」
「うんうん。知ってたけど、あんまり実感が湧いてなかったから」
俺はすぐに納得する。
記憶をなくしてから一ヶ月も経っていない中で来たイベントなんて素直に受け入れられないのが当然だ。
何よりそんな夏をこれ以上、彷徨わさせないために俺がいる。
「俺たちの場合は記念日も含まれてるしな。どちらかと言えば俺もそうかも」
「あー、そういえば何事もなく恋人のままだったら明日で1年経つんだよね」
「そうだよ。これこそ実感が湧かないかもし」ないけど」
「そうだね……。じゃあずっと聞いてみたかったんだけど、祐樹くんはどうだったの」
「どうだったって?」
「私と過ごした1年の感想だよ。あ、これ前にも聞いたっけ? まあいいや、教えて」
夏が何の躊躇もなくそんなことを聞いてくる。
だが俺にも躊躇いの気持ちはない。
ただ素直に答えればいいだけの話だから。
「感想か。うーん、話してもわからないと思うけどどうなんだろうな。楽しいことも辛いことも両方あったから」
「へぇ、そっか」
「いや、もっと反応してくれよ。答えるだけでも恥ずかしいんだからさ。じゃあ俺も聞くけど、夏は今日まで俺と過ごしてどうだった?」
「今日まで?」
「うん」
「もちろん幸せだった」
夏は一切の間を置かずにそう答えた。
その勢いに最初は驚いてしまったが、それもすぐに喜びに変わった。
俺も同じ意見だ。
この一年のことはさっきみたいに答え辛いというのが本心だが、夏が記憶喪失になってからの数日に限って言えば話は違う。
水族館に行って、ショッピングモールに行って、海に行って。
その中でたくさんの言葉を交わして、色んなものを見て、たまに恋人らしいことをして。
もちろんうまくいかないこともあったが、その度に二人で向き合って、二人で問題を解決して、二人で壁を乗り越えて。
つまり俺は、
俺は本当に幸せだった。
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