第40話
予想外の言葉に思わず「は?」と乱暴な言葉を返してしまう。
「華奈はこんな時に言うことじゃないでしょって健太に怒ってたけど、本人は冗談じゃないみたいで……。でも急にそんなこと言われると思ってなかったから混乱しちゃって……」
「……だから逃げてきたのか」
「うん。トイレに行くって言って1人になって。祐樹くんに電話をかけたのはその時。だからすぐに追いかけることができたの。もちろん大学を出ることは2人にちゃんと伝えたけど」
突然の告白に混乱してトイレに逃げ込む。
そこで俺と電話した後、2人に帰ることを伝えて大学から脱出する。
なるほど。それなら確かに辻褄は合う。
それに冷静に考えたら北見が夏のことを好きになるのも別にありえない話ではなかった。
「……なるほどな。とりあえず大学でのことは理解できた。でもあの北見が……。夏と話してるところを見てたけど全然気づかなかったよ」
「私もだよ。色んなことが起こっててもう何が何だかわかんない……。私、これからどうすればいいの。せっかく仲良くなれたと思ったのにこれじゃまた……」
「わかってる。だから今は保留にしてもらえ。こういうのは記憶が戻った後の夏に任せるべきだ。最後に決めるのはあいつだからな」
これは助言というよりも忠告だ。
はっきり言って今の夏に出来ることは何もないし、むしろ何かすると次は北見と夏の関係に綻びを作ってしまう可能性がある。
「そうだよね。今の私だけで解決できる問題じゃないし。もちろん告白は断るつもりだったけど今の言葉で安心できた。でも……」
「まだ何かあるのか?」
「実は悩んでることがもう一つだけあって。健太が言うには記憶を無くす前の私とクリスマスに2人きりで遊ぶ約束をしてたらしくて」
「クリスマス? 約束?」
次々に生まれてくる問題。
もはやここまで来ると驚きも薄れてくる。
「クリスマスって普通は恋人とか家族と過ごすものでしょ? なのになんで前の私はそんな約束をしちゃったんだろう……」
「クリスマスに出かける予定が俺たちの間になかったからじゃないかな」
「あ、そうだったんだ……。でもそれでもおかしくない? 恋人以外の男の人と2人で出かける約束をするなんて」
俺たちが別れたことを知らない夏が納得できない気持ちはわかる。
北見が本当に夏を好きだったとして、クリスマスに出かける約束を何が何でも遂行したい気持ちも。
だから色々と言い訳を考えてはみたが、ここで重要になるのは結局、今の夏がどう思っているかだ。
「俺にもわからない。でも夏が二人でも構わないって言うなら俺は止めない。夏だって別に北見と出かけることが嫌ってわけじゃないんだろ?」
「え、嫌に決まってるじゃん」
夏は即答した。
俺は一瞬、呆気に取られるが、もちろんその理由がわからないほど鈍感ではない。
「あ、もちろん健太が嫌って言ってるわけじゃないよ。でも私、クリスマスは祐樹くんと過ごしたい」
「……本当にそれでいいのか。やっと仲直りできた友達との約束なんだぞ」
「私は私の気持ちを優先させたいから。それとも祐樹くんは私と一緒にクリスマスを過ごしたくないの?」
俺が一緒に過ごそうと言えば夏が断れないことはわかっていた。
だからこそ俺は北見に気を遣って二つの道を用意していた。
でもこうなったらどうしようもない。
夏は北見ではなく俺を選んだ。
なら次に必要なのは夏の言った通り選ばれた俺がどう思っているかだ。
「あー、もうわかったよ……。俺もクリスマスは夏と一緒に過ごしたい」
「ほんと?」
「付き合って一年目の記念日だし。それにあのイルミネーションを夏にも見せてあげたいからな」
「じゃあ決まりだね! イルミネーション、絶対2人で見ようね。約束だよ!」
重なり合った想いを胸に突き進む二人を止められるものはもう何もなかった。
そしてなんだかんだ言って俺も心の底ではこうなってほしいと願っていた。
「まあでも1番はそれまでに記憶が戻ってることだよね。一年目の記念日に記憶がないままだったら思い出にならないもん。だから早く明日のことも考えないと」
「そっか。明日のこともまだ決めてなかったんだっけ。明後日のクリスマスはショッピングモールに行くとしてもそうだなぁ……」
「決まってないなら私、明日は遊園地に行きたい」
「遊園地? 確か二回ぐらい行ったことがあるけど……。もしかして海の時みたいに何か思い出したことでもあるのか?」
「うんうん。そういうわけじゃなくて、ただ私が行きたいだけなんだ。やっぱりダメかな?」
俺の反応を確かめながらそう打ち明けた夏を見て、思わず頬が緩みそうになる。
「わかった。じゃあ明日は遊園地に行こう」
俺がそう伝えた瞬間、夏は拳を握ってガッツポーズのような姿勢を取った。
いつもはこんなに喜びを体で表現することはあまりないので、よほど嬉しかったのだろう。
「ジェットコースターとか、あとお化け屋敷も。前日なのにもう楽しみになってきたよ。あ、それと明日は絶対に写真を撮ろうね」
「はいはい、わかったよ。でも楽しみにしすぎて夜眠れないなんてことにはならないようにな」
「そんなお子様じゃないから。でももしそんな夜があるなら私はすっごく幸せを感じているんだろうね。祐樹くん……」
はしゃぐ夏をからかっていると、急に俺の名前を口ずさみながら体を預けてきた。
思いがけない反応に何があったのかと心配になったが、頬の辺りがほんのり赤みを帯びているのを見てすぐに彼女の体を抱きしめる。
誰にも邪魔されない場所で無言で抱き合う二人。
冬の公園のベンチで暫くこの状態が続いた。
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