第20話
平日の学校終わり。
普段の俺なら寒さから逃げるように真っ直ぐ自宅を目指しているが、今日は珍しく寄り道をしていた。
「サボってていいのか?」
「まだあんまり客いないから大丈夫」
思わず「大丈夫じゃないだろそれ」とツッコんでしまった相手は大学の友達の遠藤。
そしてここは彼のバイト先である飲食店で、俺はそこに食事をしにきた客だ。
「それよりずっと聞きたかったんだけど、自販機の前で言ってたあの子とはどうなったんだよ」
「あー、そういえばそんな話したな」
「そうそう。まあでも反応が薄いってことはあんまりうまくいって……」
「昨日告白した」
遠藤の言っているあの子と俺は恐らく遠藤が想像しているような関係ではない。
ただ今さら嘘だったとも言えないので今回もその話に乗っかることにした。
「は、え、まじで?」
「まじだよ」
「そ、それで、どうなった?」
「どうなったって……あ、そう言えばちゃんとした返事はもらえてなかったな」
夏は俺のことを恋人だと思っているのでちゃんとした返事がないのは当然だ。
だが事情を知らない遠藤はそれを聞いて悪そうな笑みを浮かべる。
「おー、じゃなくてあーあ、か。とにかくそれって遠回しに振られたやつだろ? ドンマイ……!」
「嬉しそうに言うなよ……。これでも一応、今度の土曜日に会う約束はしたんだからな」
「あ、そうなんだ。ならその時もう一回聞いてみてくれよ。結局どう思ってるのかって」
もちろん聞かないが、今までの夏の言動や行動は俺のことをちゃんと恋人として認識していなければ出来ない接し方だ。
だから俺が夏に好きかどうか聞いたら十中八九好きと答えてくれるだろう。
「……わかった。どうせ好きって言われると思うけど聞いてみるよ」
「おう。望みは薄そうだけど精々がんばれよ。あと結果は学校で会うとき教えてくれ」
「もういいのか?」
「そろそろ動き出さないと店長にも怒られそうだからな。俺はもう行くわ」
「あ、ちょっと待てくれ」
俺は席を立とうとした遠藤を呼び止める。
「なんだよ」
「すぐ終わるから。遠藤は記憶喪失って知ってるか?」
「記憶喪失? まあ意味ぐらいならそりゃあ知ってるよ。ある日突然記憶が無くなるってやつだろ?」
「ああ、そうだ。それでもしもだ、もしも俺がその記憶喪失だって言ったら信じるか?」
突拍子もない質問に困惑しているであろう遠藤を俺はかなりの真面目な顔で見つめる。
「は? いや、信じるわけないだろ。どうしたんだよ、急に」
「そうだよな。それが普通の反応だ。じゃあさ、遠藤はどうしたら俺が記憶喪失だって信じる? なんて言えば信じられる?」
「んー、どうだろう。多分何を言われても完全には信じないと思うけど……てかほんとに記憶喪失なのか? そこまで真剣ってことはもしかしてまじなのか? おいおい、一体何を忘れたんだよ」
「いや、全部嘘だ」
遠藤は俺の言葉に口を半開きにして何かを言いたそうにしつつも、結局一言も声を発さないまま元来た厨房の方へ歩いていった。
それが怒りからくる行動なのか、呆れからくる行動なのかどちらかはわからないが、歩いていった先で店長らしき人に怒られていたのは確かだ。
それを最後まで見届けた俺は視線を再び遠藤がさっきまで座っていた席に戻す。
色々と言いたいことはあるが、とりあえず明日は遠藤にも話したように夏と三つ目の思い出の場所に行く約束をした日だ。
どんな問題を抱えていたとしても俺は行くからにはこの旅の目的である記憶を取り戻す手伝いをおろそかにするつもりはない。
もちろん夏の知り合いの件が重なることは承知しているが、今までの経験からして一度に全ての記憶が戻ることは恐らくないはず。
だから懸念があるとすればせいぜい海までの道案内ぐらいだろう。
というのも今回の思い出の場所だけは水族館やショッピングモールの時みたいに一度行ったルートをそのまま再現して回る、ということが出来ない。
なぜ出来ないのかというと、夏と付き合っていた頃の俺は砂浜のある海に行ったことが一度もないから。
だがもちろん夏に嘘の思い出を教えたわけではない。
行ったことはないが、その海について鮮明に覚えているというのは紛れもない事実だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます