第7話
◆
「
駅の改札を出てすぐ、聞き慣れた声が喧騒の隙間を抜けて耳に届く。
俺は少し気恥ずかしい気持ちになりながらも声の方に顔を向けると、そこには笑顔で手を振る恋人の姿があった。
「よお、夏」
「よっ!」
人混みをかき分けて駆け寄ってきた夏といつものように軽い挨拶を交わす。
彼女と最後に会ったのは確か二週間前だが、このとき俺は無性に懐かしさを感じた。
「なんか久しぶりな感じがするな」
「そう? 久しぶりってほどではないと思うけど。まあ最近は予定が合わなかったから先延ばしにはなってたよね。そのせいじゃない?」
「あー、そうかも。ごめんな。俺の我儘で何回も予定ずらしてもらって。最近は忙しかったから連絡もなかなかできなかったし」
「うんうん、気にしないで。今日はこうして2人で出かけれたんだから」
用事があるからとデートを断り続けていたが、どうやら夏はそのことをそれほど気にしていない様子。
「話したいことはいっぱいあるけど、とりあえず夏が元気そうでよかったよ」
「もちろん元気だよ。こうして祐樹と会えたんだし。でもなんだか祐樹はそうでもないね」
「そうでもない?」
「うん。だっていつもより元気なさそうだから」
心配しているというよりは、何かを見透かしたような表情でそう言った彼女。
「そ、そうか? 昨日はちゃんと寝たし普通にいつも通りだと思うけど」
「うーん、そうかなぁ……」
「多分、気のせいだろ。ほら、そんなことよりも早く行かなくていいいのか? 今日行く店、人気だからって言ってた記憶があるけど」
「あ、そうだった。並ぶかもしれないって口コミで言ってたんだった……!」
二週間ぶりに会ったせいで緊張を感じさせる場面もあったが、何だかんだ俺たちはいつも通りにデートを開始する。
今日の予定は夏がずっと行きたがっていた飲食店に行くこと。
彼女によるとその店はネットの口コミで美味しいと評判の店らしい。
待ち合わせをした駅から暫く歩いていくと、さっそく目的の店に到着する。
外観はどこにでもありそうな普通の店だったが、店の前に長蛇の列が出来上がっていたことで一目でそこが人気の店であることを理解できた。
夏の言っていたネットの口コミは伊達ではないということなのだろう。
まあ今はそんなことよりもこれからどうするかについて考えなければならないところだが、俺たちは現状を理解した上で並ぶことにした。
もちろんいつもの俺なら迷うことなく他の店を提案していたが、今日は何度もデートを先延ばしにしてきたという負い目があったので、今回だけは夏の気持ちを優先させることにした。
「どれにしようかなぁ。どれがいいと思う? これとかとってもおいしそうだよね」
「ほんとだ。あ、でもこっちもいいかも」
順番が回って来て店に入ることに成功した俺たちは、さっそくメニュー表を見ながら何を注文するのかについて意見を交換する。
そして数分後には注文した料理がやってきて、ようやく食事を開始した。
「どうだ?」
「美味しい!」
俺の問いかけに夏は笑顔を浮かべて答える。
「そっか。じゃあやっぱり他のお店に変えなくてよかったな」
「うん。もし祐樹が付き合ってくれるなら私的にはまた並んでも来たいぐらいだよ」
「へー、そんなに気に入ったのか。それは申し訳ないな」
「申し訳ない?」
「あー、いや……なんていうか、俺はどちらかというと遠慮したい方だから」
俺がはっきりそう伝えると、夏は食事の手をピタッと止める。
「えー、なんでなんで? もしかしてあんまり美味しくなかった? 祐樹が嫌いなトマトは入ってなかったけど……」
「いや、味じゃなくてさ。だってほら、店の外見てみろよ。まだ並んでる人がいっぱいいるだろ」
俺はそう言って窓の奥に指を差す。
その方向には俺たちが並んでいた時と同じぐらいの行列が見える。
「流石にこれをまた一から待つのは想像できないかな。まあ
「じゃあさ、並ばなくていい時間帯があったらまた一緒にここに来ようよ。それならいいでしょ?」
「並ばなくていいならか……。うーん、まあほんとにそんな日があるなら考えとくよ」
普通なら考えるまでもなく了承する場面。
しかし夏の真面目な顔を見ると、俺はすぐに答えを出すことができなかった。
「ちゃんと考えてよ?」
俺の態度を怪しく思ったのか、夏が念を押してくる。
「……わかってるよ。でも珍しいよな。夏がわざわざ俺にまた来たいって言うのは」
「そうだね。そういえば前に一回言ったきりだったかな。そういう風に言ったのは。そこもまだ行けてないし」
「あれ、そんなに少なかったっけ? もっと多かったような気が……。なあ、その一回ってどこだっけ?」
「えー、もしかして覚えてないのー?」
「忘れた」
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