2回目の初デート

第2話


 最寄りの駅に着くと、何かを探すように顔や目を動かしている夏の姿を見つける。

 運が良ければ1日や2日で記憶が戻る可能性もあるという話だったが、あれから家に帰っても何も思い出せなかったらしく、今日は約束通り二人で出かける予定になっている。


「夏」


 こういう時、いつもの夏なら「祐樹!」と嬉しそうに迎えてくれたが、目の前の彼女は声が届くぐらいの距離まで近づいても俺に気づく気配はない。

 仕方なく名前を呼ぶと、彼女は振り返って「あ」とでも言いたげな口を作る。


「祐樹くん……ですよね?」

「うん、それで合ってるよ。おはよう」

「おはようございます……。すみません、会ったらまずは挨拶ですよね……」


 深々と頭を下げた彼女に対し、こちらも軽く会釈をした。

 その姿からも分かる通り、俺は元恋人である事実を打ち明けてこの関係を破綻させるつもりはない。

 それは夏を助けたいという善意から来るものではなく、元恋人の母親との約束を破る度胸がないとか、別れたことを知らない母親によって巻き込まれた立場なのは夏も同じとか、そういう義務的なものだ。

 帰れるなら今すぐ帰りたいが、たとえ乗り気ではなかったとしても、あそこで断りきれなかった俺にも責任はある。


「それぐらい別に気にしなくていいよ。それに俺も遅れてごめんね」

「いえ、私も今来たところなので」

「そっか。じゃあついでに敬語は出来るだけ使わないでくれるとありがたいんだけど。何て言うか、違和感がすごいから」

「そ、そうですか。わかりました。出来るだけ善処します」

「いや、善処って……」


 一瞬、非協力的な彼女に反論したい気持ちに駆られたが、すぐに口を閉ざす。

 今の彼女にとって俺は初対面の人間と同じ。

 そんな男にいきなりタメ口で話せと命令されて困惑する気持ちもわかると言えばわかる。


「……まあ仕方ないか」


 それに今、気にかけないといけないのは夏がどうこうよりも次の電車の時間だ。


「今日は少し遠いけど隣の県まで行くから。まあでも乗り換えはないしそんなに時間はかからないよ」

「あの……」

「ん? もしかして切符の買い方がわからない? それなら隣で教えるから安心してよ」

「いえ、それはわかるんですけど……」


 券売機の前で急にオドオドし始めた彼女。

 てっきり切符の買い方を忘れたのかと思ったが、どうやら違う理由らしい。


「じゃあどうしたんだよ。早く言ってくれないと電車の時間に間に合わないんだけど」

「そ、そうですよね……。本当に言いにくいんですがお財布を家に……」

「財布を家に? 意味がわからないからもっとはっきり言ってくれ」

「ですからお財布を家に……その、忘れてきてしまいました……」

「忘れてきたって……は?」


 彼女の口から出た予想外の言葉に思わず口をぽかんとする。


「本当にごめんなさい……」

「ごめんなさいじゃなくて、何でそんな大事なものを忘れるんだよ」

「私にもわかりません。鞄に入れたつもりだったんですけど……」

「いや、つもりって……」

「本当に入れた記憶はあるんです……」


 それが忘れ物をするということだ。

 彼女の説明は言い訳にすらなっていない。

 何よりタチが悪いのは彼女がそのことについて真剣に、そして深刻に悩んでいるところだ。


「お前なぁ……」

「ううっ……」


 文句が出そうになった俺も、その姿を見たらまた飲み込まざるを得ない。

 俺は無言で彼女のことを見つめ、暫くして大きくため息をつく。


「……もうわかった。君の分も俺が買っておくから」

「明日、絶対に返します……」

「別に明日じゃなくてもいいよ。それより邪魔だから君は端っこで待ってて」


 その言葉に従ってトボトボと歩いて行く彼女は券売機の少し横に陣取った。

 俺が言う端っこは改札付近の誰もいないスペースのことだったが、訂正する気力もなかったので無視して2人分の切符を購入する。


「ほら、君の分」

「あの……」


 彼女の分の切符を渡した時、なぜか再びオドオドしだす。


「あ、あの……」

「……聞こえてるよ。どうした?」 

「今から向かう場所ってどんなところなのか気になって……」


 また厄介ごとでも運んできたのかと身構えていたが、それを聞いて少し体の力を抜く。


「そういえば言ってなかったっけ。水族館だよ。ただの水族館。周辺には何もないけど、その代わり結構大きめで生き物の種類も多いから全国的にも有名なところなんだ」

「水族館、ですか」

「覚えてないだろうけど君と初めてデートした場所なんだ。思い出の場所って言ったらそこかなと思って」

「初めてデートした場所……。そうだったんですね……」


 自分にも関係があることなのに、彼女は他人事のようにそう返す。

 過去の話を聞かせれば何か一つぐらいは思い出すかもしれないと思って彼女の質問に真面目に答えたが、無駄だったようだ。


「……何なんだよ、ほんと」

「え?」

「いや、なんでもない」


 うっかり出た本音を適当に誤魔化しつつ、次の対応を待つ彼女に指で合図を送る。

 もちろんここで感情任せに彼女を叱りつけることもできるが、俺はそうするつもりはない。

 なぜならそうする必要がないからだ。

 俺の目的は夏を思い出の場所に連れていくこと。

 そこには彼女と仲良くする義務も、気にかけてやる義務も発生しない。

 たとえ道中に会話がなかったとしても、彼女が記憶を取り戻しさえすれば後は全てどうでもいいことだ。


 そしてこれは何も今思いついたことではない。

 持ちつ持たれつの関係を維持しながら、無難な形で終わらせること。

 ここに来る前から決めておいた俺のスタンスだ。


「聞きたいことがないならもう行くぞ」

「……はい」


 何度目かわからないため息をついてから、止まっていた足を改札に向けて進める。

 まだ言いたいことはいくつかあるが、とにかく突如として始まった思い出の場所を巡るデートは最悪の雰囲気で幕を開けた。

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