第一部第四幕 仁義の墓場Ⅱ

 雷鳴の様な音と共に、松方組の事務所に一台のバイクが停車した。バイクの男がヘルメットを取る。西谷健吾であった。西谷はエンジンを吹かし、爆音を轟かせた。

すると、事務所から幾人もの極道達が出てくる。男達は皆西谷の顔を見ると、驚き事務所に引っ込んで行った。

 やがて、中から松方が現れた。

 ――一体どうしたんだ西谷。隠れている手筈じゃなかったのか。

 ――その段階も終わったのさ。どうも大友の奴、警察と手を組んだみたいや。いつまでも引っ込んでても勝ち目がなくなるだけや。こっからはド派手にいくでぇ。松方、着いてきな。お前一人で、だ。

 ――あぁ?

 西谷はヘルメットを再度被る。フルフェイスのそれは西谷の顔を完全に覆い隠した。急かすように、西谷はエンジンを吹かした。

 ――ちょう待っとれや。

 松方はしぶしぶ車庫に入って西谷と同じくフルフェイスのメットを被り、バイクを出してきた。西谷はそれを見ると、すぐに走り出した。松方も慌てて後を追う。

 ――どこへ行くんや。

 走りながら、大声で松方が問う。

 ――黙ってついてきなあ。

 西谷はそれきり黙り込んでしまった。

 エンジン音と、風を切る音だけが松方の耳にこだましていた。


          *

 

 ――おいおい、ここは……。

 東堂会の本部の前である。二台のバイクがその大きな塀の前に停まっていた。二人は人気のない、裏手の方向に潜んでいた。辺りには誰もいない。

 ――ま、ここならええやろ。

 ――一体何のつもりや。

 ――お前は手、出すんやないで。そこで見とれ。あと、ヘルメットは取るんやないで。

 ――はあ。

 西谷はバイクから降り、トランクボックスを開く。中から鞄を取り出し、チャックを全開にした。出てきたのは、大量のダイナマイトであった。

 ――なっ!?お前まさか!?

 ――いくでえ。

 西谷はライターを使って、導火線に火をつける。ふっと、西谷は松方を見やる。メットで見えなかったが、松方の目には、西谷がにやりと笑った様に見えた。

 そして西谷は、ダイナマイトを東堂会の本部に向かって放り込んだのであった。

 爆音。

 西谷は更に、鞄からダイナマイトを取り出しては火をつけ、次々に本部に向かって投げたのである。連続して鳴り響く爆発音。西谷が投げたそれらは、塀を破壊し、庭の木々を粉砕し、豪華な日本家屋を崩壊させていった。

 やがて、中から男達の野太い怒声が聞こえてくる。

 ――誰じゃい!

 ――ふざけんなゴルア!

 ――殺すぞゴルア!

 西谷は更にダイナマイトを放り投げる。

 爆音と怒声。

 西谷は高笑いした。

 ――楽しいなあおい。

 ――おま、ただじゃすまんぞお前。

 ――今更やで。おら、お前も一本位やっとけ。

 ――手え出すなて……。

 ――一本位バレへんわ。

 そういうと、西谷は松方にダイナマイトを一本差し出した。迷いながら、松方はそれを受け取る。西谷はそのダイナマイトにも、火を点けた。松方は、そのダイナマイトを慌てて放り投げた。真っ赤なダイナマイトが、回転しながら放物線を描く。それは塀の向こうへと吸い込まれ、やがて轟音が響いた。松方は本部の中で、それがもたらした破壊を想像した。その末に、松方は爽快な気分を味わった。

 ――……もう、後戻り出来んな。

 松方は呟いた。

 ――お前、嵌めたんか俺を。

 ――そんな利口やあれへんで俺は。しかし、楽しいやろ。

 ――……なあ、もう一本くれや。

 ――そっから勝手に取りいな。

 西谷と松方はダイナマイトを取り出しては火を点け、投げ、本部を爆破し続けた。性分に合わぬ裏切りの役目を与えられていた松方は、もうそれが果たせぬ段階であると思った。そう思うことで、松方の胸のつかえは完全に取れてしまった。後から、濁流の様に愉快さが押し寄せてきたのだった。

 爆音。怒声。爆音。その中に、かすかな笑い声。二人は鞄の中に入っていたダイナマイトを投げ終えると、バイクに乗った。

 ――お前はこのまま行きな。

 西谷が松方に言う。

 ――お前は?

 ――まだまだこっからすることがあるんや。お前はしばらくじっとしとれ。ええな。

 西谷は走り出した。後に残された松方は、西谷に言われた通り、バイクに乗って静かに去って行った。

 


       *


 ――終わった、か?

 本部の中にいた田中始は爆音が止み、それ以上の攻撃がないことを察すると、すぐに叫んだ。

 ――絶対に逃がすな‼

 若衆達が呼応し、即座に動き始める。彼らは本部の駐車場に走って行き、各々の車やバイクに乗った。

 田中の頭には、西谷の顔が浮かんでいた。このような破天荒な真似を出来るのは奴しかいない。

 思案していた田中の前に、近藤が現れた。

 ――田中、大友は見ていないか。

 ――いや、見ていませんが。

 ――こんな時に、あいつはどこへ……。田中、お前は大丈夫か。

 ――ええ。兄貴、とりあえず若い衆、向かわせました。

 ――ああ。西谷、だろうな。

 ――そう思います。

 ――野郎、こっちが攻め込む準備もままならぬ間に、仕掛けて来やがったのか。

 ――それにしては二の矢がなさそうですが。

 ――まあいい。田中、お前も追え。奴を逃がすな。

 田中は頷くと、駆けていった。

 

 駐車場を発進していく車両の列。その先頭に立ったのは、バイクに乗っていた東堂会若衆仙谷義人である。

 仙谷が門の外に出ると、そこにはバイクに乗った男がいた。男は仙谷を認めると、仙谷に向かって手招きした。

 ――奴だあああああ。

 仙谷が叫ぶ。

 バイクの男は爆音を響かせながら、走り出した。

 その後ろには、幾つもの車両が続いた。

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