第一部第四幕 仁義の墓場Ⅰ
警察署の広い会議室の中、数多の机を挟んで何人ものヤクザと警官が向かい合っている。
――お前がやったんだろ。
――知らねえなあ。
――指図したんは誰じゃ、吐かんかいボケ。
――知らんもんは知らんのや。
――な、さっさと話したら解放したるさかい。
――うるせえなあハゲが。
――お母さん、泣いとるで。
――俺は孤児や。おかんなんぞ顔も知らんわ。
そこかしこで繰り広げられる罵声と罵声の応酬、不毛な問いかけの数々。本間竜也はその様子を腕組しながら眺めていた。
――本間さん、こりゃあかんで。
本間に声を掛けたるは久米義春である。
――やたらめったらあんたがしょっ引くから、留置所もパンクしとる。そら本庁が言うんやったら協力しますが、限度がありまっせ。こんだけ引っ張ってもあいつら、まだ街中でやり合っとる。
――分かっている。それより、久米さん、あんたヤクザ庇うのはもうおやめなさい。
――俺あ、庇っちゃいねえよ。
――汚職で捕まる警官は皆そう言うんだ。まあ見ていたまえ、これは第一段よ。
――……そんなら、わしはよう見させて貰いますわ。
そう言うと久米は本間から離れていった。
久米の様に、ヤクザとずぶの関係を結び操縦する。その様な警察の在り方は終了した、本間はそう固く信じていた。暴対法はまさにその証明、時代は変わっているのだ。清廉なる正義の遂行、本庁所属のエリートである本間の胸中にはその美しい旗がはためいていた。
本間から離れた久米の下に、神原が近付いて来た。
――久米さん、いいんですか。あんな余所者に従って。
――ええんや。わしが時代遅れなんも分かっとるやろ。
――そうは言っても、ですよ。
――ええんやええんや。ええか神原、この抗争は弔い合戦なんや。
――どういう意味ですか。
――古い時代の最後の抵抗や。お前はどっちにつくのか、或いはつかないのか。よう考え。
――はあ。
――出世したいんなら、あの男の話も聞くんだな。
――うーーーん、何だか、嫌だなあ。
――……それでええ。考えなあかんで。
その時、会議室の中に若い警官が入って来た。警官は本間の下に駆け寄り、何事かを口早に告げた。
――何でしょうか久米さん。
――大方、大友の使いでも来たんと違うか。
神原は首を傾げる。
しかし、やがて会議室に通されたのは、東堂会若頭大友宗近その人であった。大友はしっかりした足取りで本間の下に赴くと、深々と頭を下げた。
――うちのもんがすいません。この度は警察の方々に多大なるご迷惑を……。
――そんなけったいな口上を述べるために来たわけではないでしょう。人払いをしますので、奥へ。
――本庁のエリート様は話が早いでんなあ。これは皮肉ちゃいまっせ。
――ふん。
本間は大友を伴い、会議室から出ていった。
*
――なんやと?
――西谷は海の上です。
東堂会本部に帰還した田中は、近藤に対し自らが監禁されていたこと、そしてそれがフェリーの中であったことを告げた。
――道理で見つからんわけだ。
――即刻、報復に向かいましょう。
――……解せぬ。何故お前を監禁し、散々隠してきた居場所を曝け出す様な真似を?
――それは、分かりません。
――さっぱりだ。何故今更……。
近藤は混乱していた。抗争は既に始まってしまった。東堂会の勢力は警察からの圧力もあって、減耗し続けている。一方、当初プロレスを演じて勢力を広げた松方組は抗争には参加して来ず、利益を得続けている。折角掲げた暴力撤廃の看板も既に有名無実。ゲリラ戦は西谷達の側に優位に進んでいた。
ここに来ての戦略変更、近藤はこれが罠であるとだけは直感していた。
――……まだ、攻め込むわけにはいかんな。警察の目もある。しかも港は西濃組のシマだ。ドンパチやる訳にもいかんだろう。
――そんな悠長なこと言ってられませんよ。このまま船で逃げられたら、行方も掴めなくなりますよ。
――いいや、奴は必ず何か仕掛けてくる。ここは我慢だ。
――おやおや、武闘派の近藤さんが、どうしたんですか。
現れたのは、大友であった。
――田中が帰って来た時に、お前一体何処に。
――警察様と、話をつけてきたんですよ。
――どういう事だ。
――今回の抗争、我々はあくまで被害者。これ以上、締め付けられては我々の側も暴力撤廃の看板を捨てて、破れかぶれにならざるを得ないってね。
――それで?
――今後は我々への締め付けを緩めて、西谷組への圧力の行使は認めてくれるとのことですよ。
――そんなに都合のいいことを警察が飲んだのか。
――その代わり、反乱分子を排除し切った後は、きっちり違法行為は止める様にとのことです。
虫が良すぎる。近藤はそう思ったが、しかし、願ったり叶ったりではある。
――あとは、西濃組か。
――それも、問題ないでしょう。仁義さえ通せばね。
――お前が仁義を口にするのか。
――ええ、私も極道ですから。私が直接交渉に向かいますよ。
翌日、一億をトランクケースに詰め、大友は港から少し離れた場所にある西濃組の本部事務所に赴いた。
応対したのは西濃組若頭、北島勝次。彼は大友の話を聞き、金を受け取ると、ただ一言述べた。
――他の組の内紛には不介入とする。
大友は謝意を表して、揚々と引き揚げた。
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