第一部第三幕 群狼の血Ⅲ

 遠藤の死は瞬く間に世間の知るところとなった。新聞やテレビは抗争の可能性を相次いで報じ、週刊誌は眉唾ものの噂を加えて過激な報道を形成した。東堂会本部の周辺には警官の姿がちらつき始めた。

 あれ程諫めた暴力の極みである。近藤はすぐさま如月を呼びつけ、その顔が二倍の大きさに膨れ上がった後、彼を殺人の犯人として警察に引き渡した。しかし、これでケジメをつけようとした近藤の意図に反し、若衆達の暴力は堰を切ったように氾濫し始めた。舐められたら終わり、その様な価値観の中で生きてきた極道者達にとって、これまでの状態は耐え難いものであった。如月の行動は称えられこそすれ、否定されることはなかった。

 ――如月の野郎、よくやったな。

 ――ああ、あれでこそ極道や。

 ――しかし、幹部達は何やっとんのや。

 ――暴力撤廃なんぞ、あんな舐められてやっとられんわ。

 ――近藤の兄貴も、あの頭でっかちの大友に言われて嫌々やっとるに決まってら。

 ――如月に続くで。

 ――おうよ、やったらあ。

 さて彼らの暴力の標的となったのは、依然として東堂会傘下の商店に圧力を掛けていた無頼の徒であり、また時折現れる西谷に似た、赤いスーツの男達である。

 東堂会若衆木村、赤川、太田の三名は頻繁に嫌がらせを受けている和食居酒屋の中で待ち伏せし、現れた男達の頭に金属バットをめり込ませた。

 東堂会若衆青砥、村田の両名は追跡の結果判明した西谷組らしき人物の家に押し入り、女と寝ていたその男の腹にドスを突き立てた。

 唐沢組若衆田所は自分のスケを使い、ホテルに無頼漢の一人を連れ込み、事に及ぼうとする所を狙ってハンマーを振るった。

 しかし、無頼漢達やスーツの男達もやられっぱなしではなかった。日を跨ぐごとにその動きは巧妙になって行く。

 東堂会若衆宮下は街中で赤いスーツの男が一人で歩いているところを見つけ、数人の仲間を連れ路地裏に引きずり込んだ。すると、どこからともなく何人もの男達が現れ、逆に包囲され殴り倒されることとなった。

 東堂会若衆大宮、米沢、村上、仙道の四名はキャバクラに来ていた三名の無頼漢に喧嘩を仕掛けたが、店の外で待ち伏せしていたのか、十名もの男が現れ酒瓶をぶつけられ、コップを投げつけれれ、やがて頭から血を流して倒れていた。

 さらに。東堂会若衆田浦友和は白昼商店街の中で西谷組の見知った顔を見つけた。確か、若衆の草壁といったか。田浦は殺気を漲らせた。この時、運悪く二人の懐には拳銃が仕舞われていた。しかし、田浦も、まして草壁もそれを取り出すことまでは考えていなかった。ところが、である。田浦が無言で草壁に殴り掛かると、草壁はそれを頬で受けた。直ぐに草壁は殴り返し、その拳を田浦もまた頬で受けた。足を止めての殴り合いとなった。辺りに居た人々はすぐさま逃げ散り、商店の店主達はシャッターを降ろした。閑散とした商店街の中で、田浦が一発を入れ、草壁が一発を入れ返す。やがて二人はグロッキーとなり、拳に力が入らなくなった。意識が朦朧とする中、なんとしてでもこの相手を倒さねばならないという情念が田浦の脳内を占めた。二人が後ろによろけて、少し距離が離れる。手が届かなくなった。しかし、前に出る気力はない。気付けば、田浦は拳銃を握っていたのだ。

 草壁は驚き、自らもまた拳銃を抜いた。二人はすぐさま物陰に身を隠した。

 そうして、二人は撃ち合いを初めてしまったのである。既に息は上がり、腕に力も入っていない。弾は二人に当たることなく、明後日の方向を飛び交った。シャッターや看板、店の暖簾が破壊された。

 二人が弾を使い切ると、パトカーのサイレンの音が聞こえてきた。

 二人はすぐさま争うのを止め、方々に逃げ散って行ったのであった。

 この白昼堂々の銃撃戦はマスコミに大きく取り上げられた。世間には、最早抗争が始まったものと認知されてしまった。

 このような状況に、怒りを見せたのは他ならぬ東堂会長であった。東堂は近藤と大友の二人を呼びつけ、声を震わせながら怒鳴り散らした。

 ――暴力撤廃を掲げ、何故こんな状態になっているのだ!

 ――申し訳ありません。これも全て西谷の謀略により……。

 釈明したのは、近藤である。

――それを防ぐんがお前達の役目やろう。

 ――は、おっしゃる通りで……。

 ――これでは、警察に目え付けられてしまいやないか。ええか、かくなる上は西谷を何としてでも捕まえて、海に沈めたれ!

 ――会長、よろしいんですか。

 ――いいも悪いもあるかいな。もう若いのは止めれんやろうが。

 ――分かりました、何としてでも西谷を捕らえて見せます。

 ――頼むぞ、近藤。大友、お前も協力せんか。

 ――……分かりました。

 ――おのれ西谷め、親のわしに泥を掛けるとは、生かしておけん。

 そこへ……。

 身長二メートルはあろう大男が部屋に入って来た。

 ――おいおい、東堂会は暴力団止めるって話じゃなかったのか。聞いていた話と違うぞ。

 滑らかな標準語。それは遠方からの来訪者。

 ――……誰だ、お前は。

 ――まあ、それも結構。幾ら看板を降ろそうと、市民の涙で出来た金を捨てるわけじゃない。お前達は悪よ。それが簡単に翻ってたまるか。

 明らかな侮蔑。突如現れた来訪者に、近藤は身構えた。

 ――……空手か。

 男が呟く。

 近藤は男に拳を突き出した。

 しかし。

 男はその拳を掴んで肩に担ぎ、背負い投げ。気付けば近藤は畳の上に叩きつけられていた。近藤は呆気に取られたが、直ぐに立ち直って再度構えていた。

 ――待て待て、争いに来たんじゃない。

 男は両手を挙げる。近藤も構えを解いた。

 ――もう一度聞く。誰だ、お前は。

 ――失礼、申し遅れました。

 男は懐から手帳を取り出し、それを三人に開いて見せた。

 ――私、本庁四課所属、本間竜也と申します。この度の抗争事件の勃発により、府警の応援として参った次第です。以後、お見知り置きを。

 三人が目にしたのは、警察手帳、それは法と秩序を守る者たる証であった。

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