第一部第二幕 光と闇の行方Ⅱ

 東堂会の評決から十日後の夜――。

 その日、五平太は数人の組員と共に、唐沢組庇護下の酒場を見回っていた。近年、何らかのトラブルがあることは殆どない。堅気の人間が酔っぱらって暴れることはあれど、ヤクザ者が侵入することは極めて稀である。東堂会の威光は街の隅々まで行き届いていた。五平太らも、仕事とは言え既に形骸化した見回りであると思っていた。どちらかと言えば庇護下の店に対するポーズであると。五平太には、家に帰れば勉学の準備が待っている。彼の少ない頭は未来の勉学で占められていた。

 しかし、その日は事情が違ったのだ。

 彼らの巡回ルート上、七軒目に当たるキャバクに五平太らが訪れると、嬢の一人が一目散に駆けてきた。

 ――唐沢組さんでしょうか?

 ――そうや。

 ――あそこの席に、何だか怖い人が大勢来てて。他の客が皆怖がって帰っちゃったんです。

 ――何?

 見れば一つの席に、五人もの男が腰掛け、嬢達がその相手をしている。男達は全員真っ黒のスーツ姿だが、顔に大きな傷がある者、サングラスをかけている者、丸刈りの者等、全員人相が悪い。明らかにヤクザ者である。

 五平太らは彼らに近づいて行った。

 ――お前ら、どこの組のもんや。

 ――お、唐沢組のお出ましかい。

 ――そうや、お前らは誰や。

 しかし、五人全員薄ら笑いを浮かべ、答えない。

 ――どこの組のもんか聞いとるんや!答えんかい!!

 ドスの利いた声が店内に響き渡る。

 しかし、彼らは態度を変えない。

 ――何や偉そうな堅気様やなあ。

 ――堅気様やと?

 ――ちゃうんか?

 ――ハッハッハッハッハッ。

 五人の歓声。

 ――どういう意味や!お前ら!

 ――そうやないですかい。君ら堅気になる言うて決めたんちゃうんかいな。東堂会は極道お止めになるんやろ?もう立派な堅気様やないか。

 ――ハッハッハッハッハッ。

 ――何やとう……。

 唐沢組の一人が、腕をまくり上げた。

 ――おいおいおいおい、ちょっと待ちいな。よう考えや。暴力は止めにするんやろ。ここで俺らと喧嘩してみい。そりゃ本家の意向を無視することになるんちゃうんか?

 ――ぐっ……。

 ――おい嬢ちゃん、酒や、酒持って来い。このご苦労な一般人の皆様皆さまにも、酒振舞ったらんかいな。

 ――ハッハッハッハッハッ。

 この日、五人の無頼の徒の笑い声が、店の中に響き渡り続けた。


       *


 ――それで、お前らおめおめと帰ってきたのかい!!

 ――でも、姐さん……。

 ――でもも糸瓜もあるかいな!畜生、西谷のやつ……。

 ――でも姐さん、あいつら西谷組やとは言わなかったよ。代紋つけとらんかったし。

 ――馬鹿だねあんた。こんなことをするのは西谷しかいないよ。

 ――ハア。

 ――……いいかい、お前ら。本家の指示があるまで、あいつらには手出しするんじゃないよ。うちの組の庇護下の店にも、よく注意しときな。


       *


 東堂会本部――。

 会長他、四人の幹部が集結している。

 ――それで、状況は。

 近藤が補佐に尋ねる。

 ――ええ、本家傘下の商店等が二十五軒、唐沢組傘下の飲み屋等が十五軒、高麗組傘下のホテル等も十軒、今日まで西谷組の人間と思われる男達から何らかの嫌がらせを受けております。他の傘下の商店等にも既に動揺が広がっており、既に一部では上納金の出し渋り等が発生しつあります。

 ――うむ、わかった。で、どうするつもりだ大友。

 ――はよう何とかしてくれんと、商売上がったりや。奴ら、客まで威圧しおる。これじゃ真っ当な商売もできんで。

 これは高麗である。

 ――……今は我慢だ。

 ――なんだと。

 ――私の手下つこうて、西谷の組調べさせたんや。そしたら事務所はもぬけの殻。行方は全くわからん。

 ――それがなんやって言うんや。それじゃあ、あいつら潰せんやないか。

 ――まあ聞け。あいつのシマ尋ね歩いても、誰もあいつの組の人間は来てへんいうんや。つまりや。あいつは今シノギ捨てて、全部こっちに振り向けとるっちゅうことになる。

 ――そいじゃあ、あいつら食い扶持も稼げんやないか。

 ――そうや。だから今は我慢や。いずれ、あいつら元通りしょっぱい稼業再開せなあかんくなる。そん時に……。

 ――攻勢かけるいう事やな。

 ――違いますがな近藤さん。私らもう堅気になるんや。きっちり奴らに食らった嫌がらせ、警察に通報するんや。

 ――警察だと?大友、お前何考えてんだ。

 ――穏便にやりましょって。親父、それでどうでしょう。昔みたいに俺らの手であいつらに落とし前つけさせんのは時代遅れとちゃいますか。

 ――うむ。大友の言う通りや。もうわしらは堅気になるんや。抗争なんぞもっての外や。ええか、お前ら大友の言う通り今は我慢や。ええな。我慢するんや。

 それで会合はお開きとなった。東堂、大友の二人が一番に退出した。

 腸を煮えくり返らせたるは、近藤である。

 ――クソっ、大友の奴……。

 ――どうすんだい近藤さん。

 問うは唐沢。

 ――親父がああ言うんでは止むを得ん。しかし……。

 ――しかし?

 ――俺は俺で動かせてもらう。まずは西谷の行方を突き止めるぞ。お前らも協力してくれ。

 ――そりゃ構わないよ。西谷の野郎、とっちめてやろうじゃないか。

 ――いや、待ってくれ。この件高麗組は静観させてもらう。

 ――何? あんたんとこも被害受けてんじゃないか。指咥えて見てるっていうのかい。

 ――違いまんがな。もううちの組にはそんな荒事に向く人間はもう少なくなっててな。あんまり動けまへんねん。

 ――だからって……。

 ――まあ待て唐沢。親父と大友があれなんだ、無理強いするもんでもない。

 ――ちっ、分かったよ。あたしはあたしで、ツテを当たってみるよ。

 ――ああ、頼む。

 こうして、近藤、唐沢、高麗の三人は方々に散って行った。

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