第一部第一幕 仁義と金Ⅲ
時刻は朝六時、東堂会本部の大広間に一人の男が正座していた。山城組二代目組長、高良大悟である。未だ日が明け登らぬ頃、いち早く集会の場に現れ、その場の検分を済ませたるは暗殺者の注意深さ故か。既に彼は武器の類が仕込まれていないことを確認していた。彼は落ち着いた様子で、胸を張り、背を伸ばし、じっと一点を見つめている。
やがて、その場に近藤が現れた。その手には金属探知機。彼もまた幹部の一人として、場を改めに来たのである。
――高良、早いな。
――当然だ。
――お前はいつもそうだな。
――ああ。……金属探知機など使わずとも分かるだろう。
――念のためだ。それに、最近の武器はもう俺には何が何やらわからんよ。
それより、お前はやはり反対か。
――ああ。うちの組は、手を引く訳にはいかない。俺達はプロだ。その誇りは捨てられない。
それに。近藤、大友が何か企んでいるだろう。それに乗るわけにはいかんよ。
――大友か……。しかし、あくまで今回のことは親父の発案。俺は反対する訳にはいかんのや。
――例え、お前が邪魔になるとしてもか。
高良は刹那、近藤を見た。近藤もまた、高良を見返した。
一瞬の沈黙。
その後、近藤が口を開いた。
――真の極道は武士の如きもの。ただ主を守る、これに尽きようぞ。
――そうか……。
二人はそれきり、言葉を交わさなかった。
*
大広間に八人の幹部と、二名の警官が座している。
――それでは、反対の者は挙手を。
手を挙げたるは西谷、高良、そして松方の三名。
――なんやお前ら、賛成かいな。
――やかましいねえあんたは。悪いかい。
――静粛に。それでは賛成の者は挙手を。
東堂、大友、近藤、唐沢、高麗、そして久米の六人が手を挙げた。
――久米さん、あんたに投票権はないで。
――西谷さん、まあ市民代表として、一応手は挙げさせてえな。
――はん。ま、これで五対三やな。
大友が声を張り上げる。
――賛成が過半数を越えましたので、我が組は極道の看板を下ろし、健全な団体としてやっていくことにします。会長、挨拶の程お願いします。
――うむ。皆の衆、反対の者もあったが、これから東堂会は極道としてではなく、健全な組織として堅気の皆さんと仲良く、そして社会の役に立つ組織としてやっていきたいと思う。皆、わしと大友の指示に従いつつ、違法な行為から順次足を洗っていって貰いたい。
――待ちな、親父。
――何だ、西谷。
――東堂会が極道止めるってんなら、俺の組は東堂会自体抜けさせてもらうぜ。
――何だと、お前親に向かって……。
――おうおうおうおう、あんたら極道止めるんやないんかい。もう俺らは親子でも何でもない、ただの社長と社員や。違うか、東堂会長。
――ぐぐぐ。
――辞表が必要なら後で届けたってもええで。ええか、うちの組は東堂会を抜けて、今まで通り極道やらせて貰うわ。それじゃあな。
そう言って西谷は広間から退出した。
――なんて恩知らずな奴や……。
――親父、私からもいいでしょうか。
――高良か。なんや。
――その前に少々お時間を。おい、誰か、まな板を持ってきてくれ。
やがて、若衆がまな板を持って現れた。
高良は受け取ると、机の上に置き、懐から短刀を取り出した。高良はそれを鞘から抜き、まな板の上に左手を乗せ、小指を突き出すと、それを自ら切り落とした。
――おま、何を……。
――親父、俺らも東堂会抜けさせてもらいます。これで、勘弁してもらえんですかい。
高良は、顔色一つ変えず全てを成した。一方、東堂は真っ青になって、口をぱくぱくさせている。
――高良、その短刀貸してくれや。
声を掛けたるは松方である。
高良は黙ってその短刀を松方に預けた。
松方は高良と同様に、まな板の上に左手を乗せ、小指を突き出した。松方は少し躊躇い、深呼吸してから、小指を切り落とした。
――親父、うちもこれで会抜けさせて貰います。
東堂は呆気に取られていた。大友もまた、同様であった。
口を開いたのは近藤であり。
――親父。山城組と松方組は東堂会抜けるいううことでいいですね。
――あ、ああ。うん。
――息子二人が仁義切っとんじゃい。親父のあんたがしゃんとせんでどないすんのや。
広間に、近藤の低い声が響き渡った。
――あ、ああ済まぬ。お前ら二人の覚悟はよう見させてもらった。今日限りで、お前らの組は東堂会の代紋を外してよい、達者でな。
高良、松方の両名は東堂に対し、深く土下座した。
二人が顔を上げるのを待ち、近藤が声を上げた。
――おい、誰か、こいつらの止血したれや。
すぐに若衆が現れ、高良、松方の両名を連れて行った。
大広間に残った幹部達の視線は、しばしの間、まな板の上に残った二本の血だらけの指へと注がれた。
*
高良、松方の二人が止血を終え、正門から出ていくと、屋敷の前には西谷が立っていた。
――お疲れちゃん。なんやお前ら、指詰めたんかいな。ようやるのお。
――なんだ西谷。俺らの縁は切れたようなもんだろう。
――なんや高良ちゃん、冷たいなあ。まあ聞けや。このままのうのうと、会抜けて生きてけるんかお前ら。
――どういうことだ。
――ええか、俺らは東堂会にとって黒いシミみたいなもんや。あいつらが真面目になったて幾ら言うても、俺らが今まで通りヤクザやっとったら、世間様はどう見る? 大友がどんな絵図描いとるかは分からんが、俺らをほっとく訳がないやろう。
――……話を聞こうじゃないか、高良。
――松方ちゃんは物分かりええなあ。ここじゃなんや、どっかええ店でも行こうやないか。決起集会としゃれこむでえ。
意気揚々としたる西谷の後に、二人の男が続いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます