第一部第一幕 仁義と金Ⅰ
千坪もの土地の中、巨大な和式家屋と庭園、そして車二十台分の駐車場を有し、四方を分厚い土塀で囲み、正面に堅牢な鉄門を構えている。これが東堂会総本部、東堂邸である。
この東堂邸の畳み張りの大広間、机を挟んで八名の者が座している。最上段は未だ空席である。
――なあ、親父はまだなのかい。
痺れを切らしたるは、西谷であった。
――うるさいねえ。黙って待てないのかい。
言い返したるは、黒い和服に身を包んだ女唐沢真弓、唐沢組三代目組長代行である。
――なんだよう。もうこうして十数分待ってるんだぜ俺達。暇な身分じゃあねえんだからよう。
――親父が待てと言ったら待つのが極道だろう。静かにしてな。
――はん、腹の中はどうだかな。この女狐が。
――なんだって!?
――やめないか、二人とも。
諫めたるは、筋骨隆々の巌のような男近藤正二、東堂会本部長である。
――近藤さんよお、待つのはいいぜ。だがここに、刑事がいるのが俺は気に食わねえ。これじゃ話なんぞできんやないか。
――それはあたしもそう思うね。何だってんだいこいつらは。
――それは……。
――俺達は会長さんに呼ばれたんだに。
口を挟みたるは、初老の警官久米義春、府警四課の刑事である。
――こいつは新人の神原勇一君。ま、見学だ、気にせんでくれ。
――よ、よろしくお願いします。
――全く、物見雄山かいな。
――西谷、いい加減にしないか。……おい、来たぞ。
上座から、眼鏡の長身細身の男、東堂会若頭大友宗近と、腰の曲がった小さな老人、東堂会会長東堂浩次が現れた。
座の一同が一斉に立ち上がる。
――よいよい、立たんでいい。
東堂が席に座ると、一同腰を下ろした。
――ええ、皆の衆、お勤めご苦労である。こうして皆の息災な顔が見れて親として大変うれしい。高麗、お前最近ホテル業を始めたらしいな。どうだ調子は。
呼びかけられたるは、丸っこい禿げ頭の小男、高麗敬、高麗組二代目組長である。
――へえ、ぼちぼちやらせてもらってます。これが中々上がりがようてですね、どんどこ新しいホテル建てていこうかと思うとるとこです。
――うむ。松方、お前の不動産経営の方はどや。
同じく呼びかけられたるは、恰幅のよい灰のスーツを身に纏いし男、松方真治、松方組組長である。
――景気がとにかくよく、上り調子が止まりませんぜ。
――うむ。とかく近頃は景気がよい。このままいけば、日本がアメリカを越える日も夢ではないだろう。
そこでだ、今日皆に集まってもらったのは他でもない。わしはもう東堂会は極道の看板を下ろしてもいいんじゃないかと思うんだ。
――何だって、親父!?
いきり立ったのは西谷である。
――まあ聞け、西谷。これまで、東堂会は極道として、散々ぱらあくどい事をやって、べらぼうに儲けてきた。いいか、うちの金庫には百億もの金がある。これを元手に、お前達はあらゆる不法行為から足を洗って、健全な事業をやってもらいたい。うちの組にはそれができるだけの十分な人数と、資金がある。ええか、警察の締め付けいうんも段々厳しくなりおる。暴対法施工からもう一年や。そこにおる久米さんにも散々お世話になったが、もうそんなことは出来ん。アカよりヤクザの方がマシ言われたのも遥か昔。アカは皆捕まってしまいおった。次はわしらの番や。けどな、今や、今金が仰山あるうちに、真っ当な商売に切り替えりゃ、まだなんとかなる。社会の爪弾きもんになって、クサい飯食うことになる前に、皆で綺麗な体になろうやないか。
――本気ですかい、親父。
口を挟みたるは、顎髭を蓄えた細身の白スーツの男、高良大悟、山城組二代目組長である。
――うちの組は暗殺が専門、その腕は確かだが、それ以外の真っ当な仕事なんかできない奴らばかり。金があろうとなかろうと、極道止めたら道なんかありませんよ。
神原は驚き久米の方を見たが、久米は半笑いになりながら、小声で言った。
――やめときな。あいつの組に的に掛けられたら終いや。構成員の正確な数は分からんが、皆が皆一流の殺し屋、誰を捕まえようと、お前の命はなくなるよ。
――高良よ、確かにそうや。多くの人間がガッコもまともに行けとらん奴ばかり。そこでだ、おい大友。
――ええ、ここからは私が。確かに会員の多くは真っ当な社会に出るだけの能力がなかった流れ者が多い。そこで、まず一年を掛けて皆さんに教育を施したいと思います。その費用は当然会がお持ちします。そうして、必要な能力、必要な知識を身に着けた後、各組に合わせた事業プランを相談の上、開始していきたいと思います。もし、事業が失敗しても、ご安心ください。費用面は全面的に本家が支えますので、皆さんは安心して、リスクを恐れず、あらゆる事業に挑戦して頂きたい。
――大友の言う通り、お前達の事は全面的に支援する。悪い条件ではないだろう。だが、何分大きな決断であるから、皆、賛同するにも時間が必要だろう。なので、一週間後に再度集会を開き、決を取りたいと思う。それで、よいだろうか。
皆が頷く中、一人声を上げた。
――気に入らないねえ。なんなら俺は、直ぐに決を取ってもらいたいね。
――やめんか西谷、会長の親心が分からんのか。
再び諫めるは近藤。
――教育だの、真っ当な事業だの、まるで俺達がそれを欲しくてたまらないみたいな言い方、やめてもらいたいもんだね。それってそんなええもんかいな。結局誰かを絞っとるんとちゃうか。いいか、俺はよ、楽しくてこの仕事やってんだ。それをなんや、嫌々やっとるみたいに言いおって。そんなもん、反対や反対。
――西谷‼
近藤のコメカミに、青筋が立つ。
――ちっ、分かったよ。一週間後だな。俺は反対に一票入れるからな。
そう言って、西谷はいの一番に席を立った。
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