第22話 「決着……?」
「ジョリオ! 耳貸セ!」
突然耳元で大声を出されてひるんだジョリオの頭をひっぱり、耳と口を近づかせてジーナは作戦を伝える。
………………………
「分かったカ?」
「あぁ……やってやる!」
ジョリオは大剣を握り直し、息を深く吸い込んだ。実力はともかくとして、やる気と勇気は必要十分のようだ。ジーナはジョリオの頼もしい表情を見て小さく笑い、ジョリオとアリムの手を一瞬だけ握ると、舞い上がった砂煙の中に飛び込んでいった。
「グルルルルルッル…」
敵は気配を消したジーナを探しているのだろうか、キョロキョロと周囲を見回している。すぐ目の前の二人など歯牙にも掛けていない。
「お…おいこの野郎!! 俺たちが怖いんだな! だから俺たちを見ないふりしてるんだろ! 腰抜けっ!!」
絵に書いたような挑発は一瞬だけデイラーだったモノの動きを止めたものの、やはり効果は薄い。
「…! バカ!アホ!ドジマヌケッッ!…」
段々と挑発が安く陳腐なものになっていく。隣で警戒態勢を取っているアリムも、その物言いの頭の悪さに困惑の表情を浮かべている。
「…臆病者!泣き虫!役立たず!!…えと…」
自分の言葉が敵に対してのみならず自分も攻撃していることにようやく気付いたのか、ジョリオの目からつう、と一筋の涙が流れた。…悪口を言う時、人は『自分が言われたくない事』を言うのだ、というのはこの世のいたるところで聴くが、まさにそのとおりだ。
「グッ…グッグッグッ…」
敵もジョリオの醜態に半ば呆れてしまったのか、動きを止めてジョリオをあざ笑うかのように不気味な声を発している。
「笑ってんじゃねぇぞこの野郎!! てめぇ俺のこと笑えると思ってんじゃねぇぞ! そんな邪悪な力に手を染めないと俺と戦うことすら出来ないんだろ! この出来損ないのクズ…
ズドンッ!!!
「うわぁっ!!」
「キャウッ!」
「出来損ないのクズ」…その言葉が発せられた途端、二人の目の前で爆風が発生し、ジョリオもアリムも激しくふっ飛ばされ、建物に勢いよく叩きつけられた。
「アリム…大丈夫か…?」
「だ…だいじょぶ…!」
よろよろと二人が立ち上がると、その目の前には表情を一変させたデイラーが立っていた。肩を怒らせ、激しい呼吸の音が聞こえてくる。
「グオオオオオオオオォォォォッ!!!」
敵の激しい咆哮から、ジョリオもアリムも、出来損ないのクズ、という言葉がこの怪物にとって致命的なものだと確信した。それまでジーナに向いていた関心はすでにジョリオに向いている。
敵が起き上がりの瞬間を狙って何叉にも別れた槍のような腕を叩きつけてきたが、アリムの合図でジョリオが苦し紛れに振り上げた剣に弾かれ、反動で腕が向かいの家屋の壁にめり込んだ。
「こいつ…ジーナの言ったとおりだな。パワーが強すぎて自分でもコントロールできないのか」
怪物にはもはや「デイラー」という“人間“の面影はどこにもない。真っ黒な何かで全身が覆われ、ヤギをかたどったような姿は、見るものに強い悪寒と恐怖を与える。
腕がめり込んで動けなくなったのもつかの間、一瞬で間合いを詰め、今度こそジョリオの首を斬り落とそうと鋭い刃が襲いかかる。
「がうっ!!」
ズガン!!
…だがジョリオよりも、攻撃を試みたデイラーだったモノよりも、反応速度はアリムのそれのほうが圧倒的に優れていた。勢いの乗ったカウンターの頭突きが炸裂し、大きくのけぞって怯んだ隙を突きーーー
「…おああああああああーーーっ!!!」
情けない掛け声とともにジョリオの剣が心臓があると思しき部位に勢いよく突き出される。どの魔物も、どの生き物も心臓は急所だ。そこをジョリオの大剣で突いてやればさしもの…
すぽっ…
「あっ」
なんと! ジョリオの握力が突きの速さに追いつかなかったのか、剣が手のひらからすっぽ抜けてしまった! 支えを失った剣は空気に邪魔されて大きく軌道をずらし、狙った位置からかなり下のほうにずれ込んだ。
「うわああああヤバイヤバイヤバイ!!!! 武器が!! 武器が無いと!!」
ジョリオは武器という命綱を失って大声で泣き叫んだ。
「あう…」 クイクイ
「…? えっ!?」
うずくまって震えていたジョリオのはちまきの端っこがぐいぐいと引っ張られる。それに反応するようにちらりと敵のほうを見やると、目の前に広がった光景にジョリオは驚愕と困惑からくる声を上げた。
「グウウウウウ…!!」
なんと!ジョリオの手からすっぽ抜けた剣がデイラーの腹部に突き刺さり、向かいの建物に串刺しになっていた。硬い壁に深々と突き刺さっているのか、必死で柄を掴んで引き抜こうともがいているが、びくともしていない。
フワッ…!
「さしずめ『すっぽぬけソード』カ!? カンペキに段取り通りじゃなかっタけど、ふたりともナイスだったゾ!」
頃合いを見てか、ジーナが舞い上がっている砂煙の中から姿を表した。雲の影で薄暗くなった路地裏を明るく照らす鎌に宿った不思議な光は強力なエネルギーを内包しているのか空気をビリビリと震えさせているのが分かる。
「…これでトドメッ!!」
---いいカ、恐らくあいつを倒すにはあたしの『浄化』が必要ダ。だが『浄化』は力を溜める時間がかかるし、動きを止めてからじゃないとまず当たらなイ。…もう力を使いすぎて一回分しか用意出来ない。これをやればあたしは当分動けなくなる。 だから時間稼ぎが必要ダ—-
ジーナは宙をくるりと舞い、鎌を両手に握り直した。
ーーージョリオは時間稼ぎダ。あたしは力を溜めるために隠れるから、敵はきっとあたしを探そうとする。だからどうにかして敵の注意を引いてくれ。うまくいったらその剣をあいつの心臓めがけて突き刺セ。どんな生き物も心臓は弱点ダ。殺せずとも動きは止められるはず。…アリムはジョリオのサポート! ジョリオみたいなやつじゃあいつの攻撃は見きれなイ。合図して教えてやってくレ---
ーーー分かったカ?---
ーーーあぁ……やってやる!---
力の弱いジョリオでもなんとか敵の動きを封じる方法、それが心臓を狙った攻撃だった。だがジョリオの手からすっぽ抜けた剣で敵が串刺しになったのは、ジーナにも想定外の出来事だった。
そして今、ジーナの奥の手、『浄化』の準備が整い、デイラーの動きも完全に封じた。あとは溜めた力を一気に開放するだけだ。
カッ
刹那、真っ白な光が視界を埋め尽くした。
「うわっ!!」
「キャンっ!」
そのあまりの眩しさに、ジョリオもアリムも悲鳴を上げる。
「ギ…ギャアアアアアアアアアッ!!!」
怪物の断末魔は、その閃光にかき消された。
◆
「ん…」
薄暗い路地裏の下で、少年は仰向けになったまま目を覚ました。
どういうことだ? 確か俺は…あのガキをかばってデイラーとかいう奴の攻撃をモロに食らってそのまま…そうウィレムは思いを巡らせる。今まで意識を失っていたせいなのかは分からないが、感覚に霞がかかったように頭がまわらない。六歳の頃に間違えてぶどう酒を瓶一本分飲んでしまった時と似たような感覚だと、ウィレムはぼんやりと感じた。
そのウィレムが今唯一分かったのは、背中の焼けるような痛みが無いこと、そして無くなったはずの足の感覚が戻っていることだけだった。
「よ…よがっだぁぁぁ~…」
「うおっ、カリスタ…」
次に分かったのは、自分のすぐそばでエルフの娘が顔を赤く腫らしている姿だった。
「…お前が助けてくれたのか」
「…うん…っ!」
…気のせいだろうか、空気の匂いが最後に嗅いだ時と変わっている。森の中のような、青臭いような、不思議な匂いだ。
「お前がこんな能力を持っているとは、知らなかったぜェ」
「…今まで使えなかったけど、ジーナが教えてくれたんだ。『赤ん坊が息の仕方を忘れないのと同じで、一度覚えたことなら、またできる』って」
「…あいつらしいアドバイスだなァ」
カッ…
しばらくぼんやりしていたウィレムだったが、遠くから来た強力な閃光でまどろんでいた意識が一気に覚醒に至った。
「今の光! ジーナがいた所だ!」
「何っ…! 行かねェと…!」
ぐっと立ち上がろうとしたするが、まだ体力が回復しきっていないのか足から崩れ落ちてしまう。
「くっ…」
「さっきまで死にかけてたんだよ!? 絶対安静!」
タッ…
悔しそうに拳を握りしめるウィレムと、それを宥めるカリスタの目の前に現れたのは…
「ジーナ! ジョリオ! アリム!」
二人を肩に担ぎながら逃げるように飛び込んできたジーナは疲労困憊で、もはや立っているのがやっとのようだ。
「あたし…もうダメ…すぐに…ここを…離れないト…」
そう言い終えると意識を失い力なく倒れそうになったジーナをウィレムは傷んだ体に鞭打って立ち上がり、なんとか支えることが出来た。ジョリオもアリムもそうだが、服がボロボロで全身火傷だらけになっている。
「おい! こっちだこっち!!」
建物の隙間からどこかで聞いたような甲高い声が聞こえた。…そう、さっきウィレムが命がけで助けた貧民窟の子供だった。
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