第21話 「真価」

「くっ…!ウィレム…!大丈夫だ!病院の場所はもう見つけてあるから!」


 カリスタは騒然とした通りの人混みを縫って走る。肩に満身創痍になった少年が担がれ、足が走りの振動に合わせるようにガクンガクンと揺れる。


「ぐ…ぅ…」


 ウィレムが静かにうめき声を絞り出す。…もうその命は風前の灯に等しいということは、道行く人々の目にも、カリスタにも、そしてウィレム本人にも明らかだ。

 背中に痛々しく焼け付いた死の傷は、刻一刻とその少年の命を削り取っているようだ。


「カリスタ…俺はまだ…死ぬわけには…」

「そんなことはわかってるよ!! 絶対に死なせないから!!!」


 後ろの方から爆発音や金属と金属が激しくぶつかり合う音、この世のものとは思えないおぞましい雄叫びに混じって少女の叫び声が聞こえてくる。ジーナがあの化け物と死闘を繰り広げているのだろう。


「よしっ!!! ウィレム!! あと少しだよ!!」


 程なくして、カリスタは王都の宿屋から国家図書館までの道筋で何気なく目にしていた病院のある通りに至った。


 「ウィ……レム?」


 かすかにあったウィレムの脈がどんどんと弱くなっていく。それに追従するように意識も遠くなっていくのか、呼びかけられても返事の一つも返ってこない。


「…ねぇ!!」

「…じーな…すまねェ…」


 その言葉を最後に、ウィレムは完全に沈黙してしまった。



 …ああああ!! 死ぬ!!! 仲間が自分のすぐ側で!!!! 任されたのに…ッ ジーナからこいつを任されたのに…ッ!!


 ガクリと膝から崩れ落ちると同時に、ボロボロと涙もこぼれ落ちる。…

…カリスタの経験上、この状態にまでなってしまえば持ち直すことは不可能だった。


 「くそっ…!! "あれ"が今使えたら…!! 」



 …私はずっとこの力が嫌いだった。あんなものを生まれ持ったせいだ。…村のみんなが殺された。

 …いつからだろう?使えなくなったのは。…もしかしたら、仲間の、家族のかたきを討つ…なんて悪に染まった事の為に使ったからかな。


 冷たくなっていくウィレムを抱えたまま、カリスタは茫然と考え込む。


 …そういえば、おばあちゃんがよく言ってたなぁ。「この力は神様からの授かりもの。『誰かを助けたい』、『大切な人を救いたい』…その想いがあれば…」


…その想いがあればっ!!


 カリスタはいきり立ち、ウィレムの焼け焦げてしまった背中に両手をあてがった。するとその刹那、手のひらから柔らかな光が漏れ出し、薄暗かった通りを明るく照らした。


………


ズドン!!!!!


「グッ…!」


 所変わってジーナのいる通りでまた爆発が起き、その爆風に巻き込まれて少女は吹き飛ばされる。なんとか受け身を取ったものの、爆風の熱と圧力は確実にその身に傷を負わせていた。


「ギャァハハハハハハハ!!!!!」

「ッ!」


 恐ろしい絶叫とともに巻き起こった砂煙の中から黒い影が現れ、ジーナの喉を突かんと鋭く尖った何かが飛び出すが、とっさに鎌の根本を引っ掛けるようにしていなすと、怪物は勢い余って壁に突っ込んだ。


「遅いんだよマヌケ!」


 そう言い終えるのが速いか遅いか、怪物は腕を引き抜き、また巻き上がった煙の中に姿を消した。


 …『遅いマヌケ』なんて煽ってみたが、恐らく煙の中にいてもこちらが分かるらしい。さっきから正確に急所を狙ってきている。


 ジーナは空を見上げた。真夏の重々しい灰色の雲が太陽ごと空を覆い隠している。雲の大きさからして、陽がまた出るのはしばらく先のようだ。


 …陽光をたっぷり吸収しているとはいえ、ウィレムから怨念を取り除くのに半分くらい力を使ってしまったし…あまり長くは戦えない。…こうなったら…


 「…はァァァァァァァァァ…!!!」


 力を込める動作と共に藤色の光がジーナを覆うように発生する。その力の奔流は圧縮されるように収縮し、ついには完全に見えなくなった。


 …この辺りごと吹き飛ばす!!!


両手を勢いよく左右に広げ、技を放とうとした瞬間…


…ママ~!!…

…逃げなさいっ!!ママはもう…!…


聞こえてきた声の方へばっと振り向くと、瓦礫に腕を挟まれて動けない女と、それにすがりつくように泣きわめく子供の姿が見えた。


 ジーナの持つ中で最大級の威力を持つ攻撃、『天輪ヘイロウ』は発動した者を中心にして円状の衝撃波をばらまき、範囲内にあるものを全て破壊する大技だ。


「…くそっ! これじゃ…!」


 この騒ぎで逃げ遅れた一般人を巻き添えにすることなど、ジーナにはとてもではないが出来なかった。


「隙アリいぃぃぃぃぃぃィ!!!」


 その一瞬の隙を狙ってか、突如デイラーが飛び出し、今度は心臓を狙って鋭い刃が放たれる。


「しまっタ!!」


両腕を左右に伸ばしていたせいで防御が間に合わない。絶体絶命の状況だ。


ガキンッッ!!!


「…!え…?」


ジーナの目前には金色の毛並みをした獣人が立っていた。どうやら鋭い爪で敵の攻撃を防いでくれたらしい。


「ハァッ!!!」


動きを止めた敵はジーナの放った衝撃波で勢いよく向かいの家屋の壁に叩きつけられた。…『奔流』、手のひらから放つ攻撃ならば想定しない範囲まで攻撃が及ぶことは無い。


「アリム…!ってことは!」

「遅くなって悪かった!ジーナ!!」


 下の方からジョリオの声が聞こえた。ようやく用を足し終えて合流したらこの大騒ぎだ。さぞかし混乱しているだろう。


「…なんか大変なことになってんな! 力及ばないかもしれないが俺も戦わせてくれ!」


「…あいつハ爆風を起こせる能力を持ってル。爆発は直撃すれば怨念にやられて死ぬガ、直撃しなければ致命傷にはならなイ。…でも厄介な事に爆風に紛れつつ攻撃してくる!しかも正確ダ!」

「なにっ…?目を使わずともこちらの事が分かるってのか」


 ドンッ!!


再び起こった爆発で周囲にまた砂煙が巻き起こり、視界が奪われる。警戒からかジョリオも背負った大剣を引き抜き、右、左、後ろとぐるぐると体の向きを変えながら構えている。…一方でアリムだけは目を閉じたまま動かない。


「そう! だからリスクが超高いけド敵が攻撃してくるタイミングでやるしかなイ!」

「くそっ! 何か広範囲を一気に攻撃できる技はないのか!?」


「あるにはある!でもおまえとアリムを巻き添えに…」


フッ


一瞬の隙を突き、三人の背後からデイラーが現れ、三人まとめて串刺しにせんと腕を伸ばす。

「ガアッ!!!」


ザシュッ!!


「ギャオオオオオオオオオ!!」


 アリムが突然飛び出し、斜に振られた鋭い爪がその腕を切り裂いた。ジーナとジョリオには敵の位置が全く認識できていなかったが、カリスタはどのように移動し、どのように現れるのかがまるで手にとるように分かっていたようだ。


「アリム…!」

「匂いで…分かった…!」


 …そう、アリムは獣人族。前方に突出した鼻の嗅覚は、他の種族の比では無い。


「よし!よし!よし!」

「いけル! でもジョリオ! おまえハあの親子を助けろ!」


「えっ!? あ、ああ!」


ジーナはちらりと下の方を見やった。…どうやらこの少女の心配は杞憂に終わったようだ。この街の住民の一人が岩をどかし、二人を退避させている最中だった。


「遠慮はいらねぇっ!いい機会だ!ロクデナシのデイラーを叩き潰しちまえっ!!」


下でその男が大声で叫ぶ。…このデイラーとかいう男、常日頃から悪行三昧なのだろう、相当嫌われているらしい。


「…前言撤回ダ。ジョリオ!アリム!三人でこのを倒すゾ!」

「うん!」 「おう!」


「グゥゥゥゥゥ!!! テメェラ皆殺しニしてやるアアアアア!!!」


 壁を背にし、感知役ととっさの攻撃役を担うアリムを守るようにジョリオとジーナが立つ。敵はこちらを殺そうと夢中になっている。…つまり、


「手加減は一切ナシ! 全力で攻める!!」


 突如始まった怪物との戦い…その最後の幕が上がった。

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