第20話「ジーナの怒り」
「はぁ~~~…お腹へったゾ…」
「あんたそればっかねぇ」
広場の噴水の縁に座り込み、ウィレムが食事を買ってくるのを今か今かと待っているジーナは、大きな音が鳴るお腹を抑えながらそう呟くと、カリスタもその様子に苦笑いしながら返した。
「…ジョリオとアリム…遅いナ」
「こういうのはどうしても時間かかるから、まぁしょうがないでしょ」
噴水のある広場で待機を始めてから程なくして、アリムが「トイレに行きたい」と言い出し、名目上の所有権がいまだジョリオの手にある以上は…と彼女についていったジョリオだったが、そこそこの時間が経っても帰ってこない。
「まぁ…賊に襲われてたとしても、ジョリオならなんとか出来るでしょ」
「…剣持ってるしナ」
・・・・・・・・
「そういえバおまえも…耳が尖ってるんだナ」
「そりゃあそうよ、だってエルフ族だもの」
二人の耳の先はウィレムやジョリオのそれよりも長く、そして尖っている。カリスタの目にはジーナが同じエルフの民のように映る一方で、耳の形が微妙に違うことにも気づいていた。カリスタの耳は地面と平行になるように真横に伸び、一方ジーナのそれは若干上に角度が付いたようになっている。
エルフ族は今ではだいぶ数を減らしてしまったが、かつてはこの世界のいたる所に住み、それに準じた形質の違いもあったのだという。
「あんたは…どこのエルフなの?その太い眉毛に長いまつげ…それに紫色の眼と髪なんて初めて見るわ」
「…あたし、エルフじゃないゾ」
「えっ?」
「…まァ、それはいいだろ。そういえばカリスタは…本当に魔法使えないのカ?」
「…昔はね。ある時を境に急に使えなくなった」
カリスタの虚ろな表情から、ジーナは何かとんでもない事がきっかけにあり、それが原因で魔法を使えなくなってしまったと察した。
「…何の魔法を使えたんダ?」
「…あんた、随分食いついてくるのね。どうせもう使えないんだから…」
「いや!使えるゾ!」
突然の大声にカリスタは少しだけ身をのけぞらせた。
「だって、赤ちゃんが生まれた時に息のしかたを覚えて、ずっと忘れないだロ?それと同じダ! 使えなくなったきっかけがあるなラ、また使えるようになるきっかけもあるハズだから!」
「フフ…そうね…」
カリスタはジーナの励ましの調子に思わず微笑み、ついに自分がかつて使えた魔法の事を話そうとした瞬間
ドォーーーーーン!!!
「!?」
「なんダ!?」
…屋台があったほうから轟音ともに砂煙が上がった。
「ウィレムがいるほうダ!カリスタ!行くゾ!」
「う、うん!」
・・・・・・・・・・・
「へへ…バラバラに吹っ飛んじまったなぁ」
突然発生した爆発の中心には、デイラーだけが立っていた。取り巻きは爆発に巻き込まれ建物の壁に叩きつけられたようで、住民の悲鳴やにげまどう足音に混じってうめき声が聞こえてくる。
「…大丈夫か…?」
「に…にいちゃん…!」
突然の爆風が起きたとっさの瞬間にウィレムが少年を守るように覆いかぶさったおかげか、背中を強く打っただけで、大きな傷は無いようだった。
「…ちぃ、俺の「爆風」をゼロ距離喰らったのに生き延びてやがるとは…まぁいい、お前もそのクソガキも生きたまま焼いてやるよ」
デイラーは邪悪な笑みを浮かべながら二人ににじり寄ってくる。このまま動かなければ今度こそ殺されてしまうような状況だ。
「ぐっ…あぁ…速く逃げろ…!俺は大丈夫だから…!」
「で…でもっ…兄ちゃん…背中が…っ!」
「…大丈夫だッ…!いいからさっさとここから消えろ! マジで殺されちまうぞ!!」
強力な熱風を至近距離で喰らってしまったウィレムの背中は真っ黒に焦げ、ブスブスと白い煙を上げている。
「…お前にも家族がいるだろォ、…お前が死んじまったら、きっと悲しむ…もし恩を感じるなら…俺が受けた酷い目の分だけ強く生きろ…!さぁ行けェ!!!」
魂のそこから出たようなウィレムの怒声を受け、少年は涙目になりながらも、ちょうど幼児くらいの隙間しか無い路地裏へと潜り込んでいった。…おそらくもう大丈夫だろう。
「…あのクソガキめぇ…逃げやがったかぁ。見つけ出してズタズタにしてや…
「おいあんた!!!」
取り逃がした子供を見つけ出そうとその場を後にしようとする悪党は呼び止められると、その声の主の方をギロリと睨みつけた。
「…あんた、あんな小さなガキに…どうしてそんな強力な魔法を使うんだよ…!」
「あぁ?簡単だぁ、『気に食わなかったから』からだよぉ、それにこの魔法は教えてもらったばっかだからなぁ、試し撃ちだよォ」
デイラーは全く表情を変えず、不気味なニヤケを仮面のように貼り付けたまま言い放つ。その目からはほんの少しも話が通じる、という可能性すらも感じない。
「…苦しいだろぉ?この魔法は特別製でなぁ、「怨念」っつー呪術を組み合わせた魔法なんだぁ…じっくりゆっくりとぉ、お前の肌を!肉を!骨を焼いていくんだよなぁ!!」
「!! 怨念…だとォ…?」
ウィレムは立ち上がろうと全身に力を込めるが、あまりにも傷が深く、立ち上がることもままならず倒れ込んでしまう。
「ひゃひゃひゃひゃひゃあ!!いい顔だぁぁ!! 良いこと教えてやるよぉ!怨念の影響で死んだやつは!!死んでもなお苦しみ続けるっ!!」
怪物が手を高く掲げると、ゴボゴボと不気味な音を立てて腕から黒い粘液のような物質が腕全体を覆うように発生し、鉄を打ち合わせたような音と共に剣のような鋭利さを宿した。
「…お前をやったらぁ!あのガキも始末してやるぜぇ!!」
作り出された凶刃がウィレムに向けて振り下ろされる。
…へっ…まさか俺と二つか三つくらいしか違わなそうな奴が怨念を扱うとは予想外だった。…あの小僧を助けながら自分も安全圏に逃げるなんてのはどう考えても無理だった。
…背中が死ぬほど痛い。きっと背骨まで怨念に侵されてしまったのだろう、足の感覚までなくなってしまった。
「しネぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
白目をむきつばを吐き散らしながら絶叫し、デイラーの作り出した怨念の刃が空を斬った。
「あレぇえ?? 消えタぞぉぉお?」
…そう、デイラーが斬ったのは空気、ウィレムの体ではなかった。
「―――ダイジョブか?」
「…ジーナァ…」
「とんでもない音ガして来てみれバこれダ…」
ジーナはウィレムを抱きかかえたまま、デイラーから少し離れた家屋の屋根の上に立っていた。
トンッ
ジーナの手がウィレムの黒く焦げた背中に触れる。
「ちょっとツラいかもだけど、ガマンしろよ」
ズズズズズズズズ…
「うっ…ああっ…!」
ズルっ…
「うっ…」
そんな奇妙な音を立て、ウィレムの背中から黒い塊…『怨念』を引きずり出してみせたのだ。ジーナにも相当な負担がかかるのか、顔や手にはビキビキと血管が浮かんでいる。
「…ヨシ、これで怨念は抜けタ。…でも火傷は治らないから…カリスタ!! ウィレムを医者に連れて行ってやってくレ!!」
「う…うんっ!!」
怪我人を肩に抱え、カリスタは別の方向に走り出したのを見届けると、ジーナはデイラーの目の前に飛び出した。
「やァ」
「ひひひひひぃ…やぁあ…オマエ、あいツのナカマだろォ??何の用かナぁぁあ???」
「…あいつはあたしの大切な仲間でね…仲間が傷つけられタ時、傷つけた奴は放っておいテ、命を助けるのが最優先なんだけどナ」
「ひゃああああア!!!」
もはやヒトの面影すら無くなったデイラーが、剣を体の前に突き出したままジーナに突撃した瞬間…・
キィン!!!!!
ひやりとした金属音が鳴り響くと同時に、その腕がぼとりと地に落ちた。
「…まぁ、あたしは傷を回復なんて出来ないシ、おまえに…ウィレムを傷つけたことを後悔させてやろうと思ってナ」
デイラーの腕を切り落とした鎌がいつの間にか左手に握られていた。血管が引き裂かれんばかりに浮かび上がりながらもずっと保たれていた能面のような笑顔が消え失せ、パッと怒りと憎悪に満ちた形相に変わる。
「…このカンシケツめ!!! 絶対に許さないゾ!!!」
続く
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