第19話「アルマール」

「おっ、ウィレム」


「どうだった?何か分かったか?」


 テラスに通じる階段から降りてきたウィレムを見るなり、ジョリオは読んでいた本を小脇に抱えたまま駆け寄った。


「あぁ、なかなかいい収穫だった。そっちは?」

「この剣の秘密が分かったぞ!これを見てくれ!」


 そう言ってジョリオの開いたかなり年季の入っているであろうその本のページには、大きな魔法陣の図式に加え、ジョリオのとそっくりな絵が記されている。


…『……は神秘の剣…を持っていた。この剣は精霊から…た石を右に記された…によって力を引き出し、…に取り込ませることで力を得た』…


「劣化がひでェな。ところどころが虫食いになってやがる…一体いつの時代の本だこりゃァ」

「実はこの本…本棚と本棚の間に挟まってたんだ。だからまともに手入れもされてなかったんだと思う」


「なるほどなァ、そんじゃこれだけボロボロでも不思議じゃない。とりあえずこのページを職員に写しをとって貰おうぜ。魔法陣の詳細が無傷なのは奇跡だ。…やもすればこの魔方陣を再現できるかもしれん」


 ウィレムはそう言いながら周囲をぐるりと見回した。先程までイサベルのいた場所には相変わらずうず高く本が積まれたままのはともかく、他の利用客たちは読んでいた本を片付け初めている。イサベルの言った通り、そろそろ昼飯時のようだ。



「…はい、おまたせしました。こちらが写しです」


 職員から写しを受け取り、懐にしまうと、未だ第一棟で本を読んでいるジーナたちに「飯でも食べに行こう」と声をかけると、三人はこちらのほうに戻ってきた。


「もういいのカ?」

「あぁ、あの学者は今日はもう来ないらしいからな。お前はどうだ?」


「あたしは言葉を勉強しなおした。まだカンペキじゃないけどナ」


 言われてみればジーナの独特な話し方のクセが大分抑えられている。もともと頭の回転が速かったジーナだ。これだけの進歩は不思議なものではなかった。


「確かに、随分喋りが上手くなったなァ。…そういやカリスタは何をしてたんだ?」

「私も…アリムに言葉を教えてた。おかげでだいぶ喋れるようになったよ。…ほら、挨拶してみな」


「……」


 一斉に四人の視線がアリムの方に向かう。その集まる視線に恐怖を覚えてしまったのか、うつむいて黙り込んでしまった。


「…まぁ、回復は時間かかるシ、しょうがない」

「そうだな。…さァ、飯食いに行こうぜ」



 そうして大通りに出た瞬間、どこからともなく漂ってくる肉や魚を焼く匂い、そして独特な香辛料の香り、そして独特な刺激のある甘い香りが一行の鼻をくすぐった。通りを見回せばあらゆる場所に食事店や屋台が立ち並び、その匂いの出処は分からない。


「何ダ…あれ?」


 ジーナは街角に見える一つの屋台を指差した。遠目からは十数人が並んで立っているのが見える。


「あぁ、あれはミートパイ、肉をパイ生地で包んで焼いた料理だ」

「…パイ生地ってなんだ?」


「「えっ?」」


 ウィレムの意外な疑問に驚いたのか、カリスタとジョリオからは気の抜けた声が飛び出した。


「…君はふるさとで何を食べてたんだ?」

「基本的に芋だな。あとは魚とかエビやカニを食ってた」


「じゃあ動物の肉は?」

「…そういやほとんどねェな。俺の故郷には」


 ますますジョリオとカリスタはなんとも言えぬ顔つきになり、互いに顔を見あわせている。動物の肉が希少で、小麦を使った食材を知らず、芋や魚介類を常食にする…そんな食文化をもつ人間をこれまでに見たことがなかったのだ。


「…で、どうするよ?俺はミートパイってのを食ってみたいが」

「あたしアレ食べてみたいゾ」


 そんなジーナが指差した先にあったのは同じく屋台で、『クルミの蜂蜜漬け』の文字が看板に見える。


「え~~っと…イヤ駄目だ、高すぎる。一食で銀貨一枚は流石に無い」

「いいじゃないかよ!一食でガマンするから!」


「ダーメだ!そもそもお前が一食でガマン出来るわけがねェだろ!金だって無限にあるわけじゃねェんだ、今日はミートパイで我慢しろ。…明日は、食わせてやるからよ」


 ジーナは駄目だと言われ悔しそうに唇をへの字にしている。…そんな姿を見かねてかウィレムはそうフォローを入れた。


 その屋台の店主の動きは非常に素早く、窯から取り出したパイを目にも留まらぬ速さで切り分け、紙に包んで渡していくが、客の数は一向に減らない。それどころか次から次へと並んでくるようだ。


「俺が五人分…いや六人分買うからお前らはあの…噴水がある場所で待ってろ」


 ウィレムは奥の方に見える広場を指差した。白い石畳と湧き上がる水が陽光を反射し、キラキラと輝いて見える。四人が向こうへ行くのを見届けると、ウィレムは列の最後尾に並んだ。


・・・・・・・・・・・・


 「ふぅ…暑いなァ」


 列に並んでから数分が経った。空を見上げてみれば太陽は真上に座している。イサベルの言った通り、この街では食事を取るのも大変なのだということがよくわかる。きっと俺より後に来た連中はずっと長く並ぶのだろう。


…ああ!腹が減った!!…あの屋台から漂ってくる香ばしい匂い…鼻に入り込むだけでよだれが出そうになる。…もうこれ以上待たされるのはゴメンだ。…よしんば俺の前に横入りしてくる奴がいようもんなら、そいつが気づく前にズタズタに切り刻む…


…いやいや待てっ!!


 己が内に沸き起こった邪念を振り払うかのように首を左右に激しく振るうと、前後の列に並んでいる者たちにまるで病人を見るかのような目線を浴びせられていると気づいたのか、ウィレムは冷静さを取り戻し、顔を少しだけ赤らめながら居直った。


…駄目だ。そんなのは理性も知性も持ち合わせていないような野獣のすることだ。…俺は人間で規律ある軍の家の出だ。…もし割り込まれたら冷静に…暴力に訴えること無く事態を解決しなければ。


「…でよ~、そのガキ、ムカついたから路地裏に連れ込んで…」

「こいつら平民があんな真似したら即効絞首台行きだが」

「デイラーさんがいれば俺達は何をやっても許されるんですよねぇギャハハハハ!!!!」


…なんだ?こいつら…


 ウィレムが横目でちらりとみやったのは、小綺麗な服に身を包んだ三人の青年の姿だった。思わず耳をふさぎたくなるような聞くに堪えない暴言を撒き散らしている。…デイラーとかいう奴は上流階級の子弟だろうか?それにこの三人、同じ服装に胸に同じ紋章…制服か。 


『こういう手合いには関わるとろくなことはない』…父上がに来る前に言ってたな。 そのとおりだ。俺はイサベルからまだ聴かなくちゃならんことがたくさんある。…トラブルは…ゴメンだ。


 ウィレムは歯を噛み砕いてしまいそうな程にぎゅっと歯を食いしばった。悪行三昧の三人組がウィレムの事など知ったことか、そう言わんばかりにその少年の列に割って入ったのである。他の食事店には客がずらりと並んでいる。今更別の列に並び直す事など不可能だ。


「ダイラさん、次はどいつを狙うんです?」

「そうだなぁ、貧民窟スラムで何人か狩るってのはどうだぁ?ちょうど…新しい魔法も教わったしな」


…取り巻きの二人は大したことはねェが、ダイラって奴は少し危険だ。普通に人を殺れる程度の魔法は扱えるんなら必ず騒ぎになる。…ここはガマンだ

 

「おいあんたっ!」


 ウィレムが苛立ちを押し殺すように目をぐっと閉じていると、下の方から甲高いが勇ましい声が飛んできた。


「ああ?なんだてめーは」

「みんな列に並んでるのになんで横入りしてるんだよ!!」


この三人を諌めたのは…六歳くらいだろうか、ウィレムよりも遥かに背丈の低い子供だった。ボロボロの身なりからして貧民窟スラムに住んでいるのだろう。


「へっ…俺達は名門中の名門、アルマール学園の生徒だからなぁ!何をやっても許されるんだよ!」


…そのデイラーの取り巻きは悪びれずにそう答える。周りの人間が見て見ぬ振りをしているあたり、とやらの人間は随分と好き勝手しているようだ。


「ギャッ!!」


 甲高い悲痛な叫び声が三人の登場で静まり返った大通りに響き渡り、その小さな少年は宙を舞って石畳に叩きつけられた。


続く

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