二章:嵐の精霊

第17話「国家図書館へ」

「よし、確かこれから国家図書館に行くんだな」

「そうだ。まずはそれからだ」


ウィレムはすっと空を仰いだ。時分はまだ早朝、ようやく陽が昇り、明るくなった頃だ。トーレの住人たちも家々から姿を表し始め、仕事場に行くのだろうか、農具を肩に担いでいる者もちらほら現れ始めた。

 ウィレムは懐から地図を取り出し、国家図書館のおおまかな場所を把握すると、「行こう」と後列に呼びかけてその方向に歩き始めた。


「なぁウィレム」

「ん?どうした?」


 財布の中身を確認しつつ道を歩きながらウィレムはそう返す。横を振り向いてみればジョリオがこちらの目をまっすぐと覗き込んできている。


「ジーナもそうだけど、君はなんだか不思議な目をしてるよな。…なんかこう、吸い込まれるような…不思議な金色をしている」

「俺の生まれ育った国じゃそんな珍しいもんじゃねェぜ、ジーナの目も髪もな」


「…じゃあ二人はどこから来たの?」

「あたし達ハや…もがっ!

「『ここじゃない遠い遠い場所』とだけ言っておくよっ!!そんなこたァどうだっていいだろォ?」


ジーナの突然開いた口をすんでのところで塞ぎ、ウィレムは落ち着き払って口を挟んできたカリスタにそう返すが、全くその動揺が隠しきれていないのが分かる。気温が上がってきたせいもあるがそれを差し引いても余りあるほどの汗が垂れている。


「…でかい街だなァ、さすが一国の都だ」


 イスパニア王国の都、トーレ。かつては千年前よりも古い時代にあった、この大陸のほぼ全域を支配下に置いた帝国の一部に端を発するという。温暖な風土に肥沃な大地…この恵まれた特色は長きに渡る繁栄と同時に、方方からの侵攻をも招いた。ほんの数百年前までは「砂漠の民」なる種族がこの地を支配していた、というだけあって建物は非常に独特だ。


「もう少し時間経てバ、バザールも開くかもナ…また美味い物食べたイ…」

「あんた、さっき三人前もきれーに平らげたのにもうお腹空いたの?」


 香辛料だろうか、独特な香りが漂ってくる。腹から大きな音を鳴らしながらぼやくジーナを見て、カリスタは呆れたように笑う。


「着いたな…ここが国家図書館か」

 その施設は、厳粛な印象を感じさせる頑丈な石造りの建物で、まるで古代の神殿を彷彿とさせるものだった。


「…さて、俺とジョリオは何の本が目当てかは決まってるが…カリスタ、ジーナ、お前達はどうする?」

「あたしも色々ト知りたイ事があるゾ」

「私は…そうね、アリムに言葉とか色々と教えるわ」


「よく考えてみりゃあ、ゴロツキや盗人に狙われないように小隊を組んでたのに、わざわざ離れるメリットがねェわ」


 そんなこんなで一行は図書館の大きな入口に入っていった。



「…すげェ数の本じゃねェか」


 国家図書館…その名に恥じぬ蔵書の数だ。上の階から下の階までびっしりと円環状に本棚が立ち並び、本棚の一番上の段に到るにはハシゴが必要なほどである。



「え~~~っと…、『文法学』、『論理学』、『修辞学』…『幾何学』、『算術』…『天文学』に『音楽』…か」


 図書館に入ってすぐ見える本棚は七面の円を描くように配置され、それぞれの題目が遠目でも分かるように大きい字で看板に記してある。


「…これはアレね、リベラルアーツ…文化人の学ぶべき学問ってヤツよ。ウィレム、あんた心得は?」

「そうだなァ、俺もこう見えて貴族の子だ、戦闘訓練を受けてねェ時は師匠に教わったもんだからそれなりには」

「へぇ…?あんた貴族なんだ…それにしては随分荒っぽい口調よね」


 カリスタは入り口に置いてあった蔵書目録をペラペラとめくりながら続ける。ウィレムが貴族の出だという事を半ば信じられていないようだ。特に言葉の節々に力を込めるような独特な話し方の癖が、カリスタにとりこの少年の気品を感じさせる所作とちぐはぐに感じられたのである。


「…あァ、これはアレだ、師匠の言葉遣いが移っちまったんだ。なにせ六歳から五年くらいは師匠の下で暮らしてたからなァ…っと、カリスタ、『伝承』と『呪術・魔術』の書架はあったか?」

「えっ?ああ、この部屋の隣みたいね」

「よし、ありがとよ」


 ウィレムはカリスタに礼を言うと、ジョリオにもそれを伝えて行こうと促していると、離れた方から礼服に身を包んだ男が駆け寄ってきた。


「ちょっとちょっとお客様」

「はい?どうしましたか?」

「失礼ですがアルマール学園の生徒様ですか?」


「いえ…違いますが」

「あ~~、左様でございますか。でしたら入館料として一人銅貨二枚ずつ頂いております」


海老茶色の衣服に身を包んだ男は淡々と答える。ウィレム達がその「学園」の生徒じゃないと聞き、こころなしか安堵したようだった。


「これは失礼…、てっきりタダで入れるものと」

「最近は利用客による蔵書の損壊、汚損が深刻でございまして、…苦肉の策ではありますが」


 ウィレムはカリスタとジョリオ、そしてアリムの方を何を言うでもなく一瞥すると、袋から十枚の銅貨を取り出し、男に手渡した。


(ああ…とうとう銅貨が無くなっちまった…これで残りの金は金貨三枚に銀貨六枚…まだまだ残っているが三日のうちに使いすぎた。使い道はしっかり考えていかなくては…)


「では、制限時間等はございませんので、ごゆっくり…」

「あ、ちょっといいですか?」


銅貨の枚数を確認し終え、そそくさと立ち去ろうとする男は呼び止められ、ウィレムの方に向き直った。


「『イサベル』なる人物に心当たりはありませんか?」


「…ああ、イサベル様といえば…おとといから毎日ここに通われていますね。先程もあなた方よりも先に来られましたよ」


ウィレムが懐から取り出した「自称」考古学者イサベルの残した覚書きを男に手渡すと、男は難しい顔をしてしばらく黙り込んだ末、明るい答えが返ってきた。


「…! ありがとうございます。どの書架へ行ったかは分かりますか?」

「確か第二棟へ…」


 そう言って男は別の部屋へと通じる扉を長い袖から伸ばした指で指し示す。看板には「伝承」の字が見えた。


「あっそうだ、もし彼女に用があるならこちらをお渡し頂けますか?」


 立ち去ろうとするウィレムとジョリオを呼び止め、一枚のボロボロの紙を手渡してきた。イサベルは行く場所来る場所に物を落としていくようだ。


「イサベルさんの容姿は?」

「金髪に青い眼、それに首に桃色のタイを付けておられます」


・・・・・・・・・


「そんじゃ、私達は第一棟にいるから」

「分かった」


 第二棟に入ると、先程までの赤と黒を基調にした格調高い雰囲気から一変、青と金といういかにも神秘的な色合いに変わった。利用者もつばの広いとんがりボウシを被った者が多いようだ。


「よし…まず俺はイサベルを探す。お前の探したい物は多分『伝承』の棚にあるはずだ。先に行ってろ」

「…いや、あれイサベルじゃないか?」

「へっ?」


 間抜けな声を出しながらウィレムは目を見開いた。ジョリオの指差した先は読書用の広い机で、ただ一人本を砦のように積み上げている女が見えた。

 金髪に青い眼、職員の男の言っていたそのままの出で立ちだ。


「お忙しい中失礼、イサベル殿とお見受けするが…」


 意を決し、ウィレムはその女性に声をかけた。

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