第16話「冒険隊、結成」

ガンガン!!


ガンガンガンガン!!!


「おいうるせェぞ!ドアぶっ壊す気か!」


 早朝を告げるように鳥が鳴き始めた頃、激しくドアを叩く音が宿屋の廊下に響く。まるでドアを叩き壊さんばかりの音に、ウィレムはたまらずドアを勢いよく開いた。


「…ジーナ、動物じゃねェんだから…言葉で起こしてくれると助かったんだがなァ。どうしたそんなに焦って…」

「悪イ悪イ…ちょっととんでもなイ事があっテ…」

「…わかった。だがまだ寝てる人間もたくさんいる。下の階の酒場で話すぞ。…あとついでに話したいことがある。ジョリオのやつを叩き起こしてくるからお前もあのエルフと獣人を連れてきてくれ」


 ジーナの焦り様から何かのっぴきならぬことを察したのか、ウィレムは一息置いてそうジーナに伝えると、借りていた部屋に走っていった。



 それから少しばかりの時が流れ、一団は丸い机を囲むように座っていた。設けられたいくつもの窓からは、夏の朝の柔らかな日差しが差し込み、酒場の中を穏やかに照らしている。


「…で、そのとんでも無い事ってのは何だ?この獣人の子が意識を取り戻したってことか?」

「あっ!ほんとだっ!」


 獣人は借りてきた猫…もとい借りてきたトラ獣人のように不安そうに辺りを見回している。虚ろで光を宿していなかった目には、今は明るい光が灯っているようで、昨晩のうちに何かが起きていた事は明白だった。


「いや…実はこいつは…『怨念』ニ取り憑かれてタ…」

「なにっ!?」


ウィレムは目を見開かせて勢いよく立ち上がった。ジョリオとカリスタは全く事態が飲み込めずに互いの顔を見合わせている。


【「『怨念』を使った呪術がこの世界にもあるってのか!」】

【「信じられないだろ?しかもその怨念は魔法の術式と似た形になっていた…つまりあの時以上の呪術の使い手が…」】

【「ウソだろ…!じゃああの獣人が突然凶暴化して襲いかかってきたのも『怨念』の影響かっ!…ああなんて忌々しいことだ!」】


「な…なんだ?何語…?」

「聞いたことも無い言葉で喋ってる…」


 雰囲気を一変させた二人に、ジョリオとカリスタは目を丸くした。全く聞いたこともなく、しかも知っている言語と似ている言葉が全く聞き取れない言葉を喋り始めたのだ。…その苦々しげな面持ちや立ち振舞いから、良くない状況である、ということしか二人には分からない。


【「…怨念の呪術を扱える奴がこの世界にいる。…そいつを探し当てればあの事件の全貌をつまびらかに出来るかもしれねェ。…だが…」】


「ちょっと!何二人でべらべら喋ってんのよ!あんたもあの黒いのを抜いてから急に眠っちゃうし!説明くらいしてくれたっていいじゃないの!?」


二人の口を挟んでカリスタが叫ぶ。ウィレムもジーナもその指摘はもっともだ、そう言わんばかりにうなずき合い、ウィレムは椅子に深く座り直した。


「…悪い悪い。少し熱くなってしまったな。どういうことかと言うとだな…この獣人にはとある呪いがかけられていた。ヒトの痛みや苦しみ、恐怖といった負の感情に汚染された魂から作る『怨念』と呼ばれる物を使った…それはそれは恐ろしい呪いだ」


「…その呪いにかかるとどうなるんだ?」

「…良い質問だ。この『怨念』というのはな、ヒトの魂に入り込んで少しずつ壊していくんだ。これに侵された奴は皆、外部からの反応に全く無反応な人形みたいになるか、或いは手のつけられん程に凶暴化する。…まさにそいつのそれ、そのものだったろ?」


 ジョリオはその答えを聞きながら出会ったことを思い起こした。まるで魂が抜かれたように、あったのは痛みや暑さといった生理的な快、不快の反応だけだった。奴隷として買い取ったときに身に着けていたのが…あの『樹海の宝珠』だった。そしてそれが失われたことで船の上での事件に繋がっていったのだ。


「でもなんとカその呪いを消せタ…だからもうダイジョブ」


「…! じゃあこの子の呪いは…!」

「ジーナの言う通り、恐らくは完全に抜けきってはいる…が」


 ジョリオはガタッと大きな音を立てて立ち上がった。ウィレムは気まずそうに黒髪をかきあげながら返し、一息置いてからまた言葉を続けた。


「…この子の状態はいわば中身が食い荒らされた木の実みたいなモンだ。…巣食う虫を追い出したとしても表面に開いた穴も塞がらないし中身も自然には治らないだろ?」


「じゃあ新しくその虫が入らないようにするためにも何か対策を考えないと…」

「そういう事だ…それに凶暴化作用が『精霊石』が離れるまで発生してなかったのも興味深い」


「つまり…あの精霊の石が怨念を抑え込んでいた、ってこと?」

「可能性は否定できない。…とにかく、これは昨日ジョリオと話していた事なんだが、それを踏まえて提案したい事がある。さっきの話は俺とジーナだけでも良かったからな、皆にここに来てもらったのはこのためだ」


「提案したいこと…?」


ウィレムは肺いっぱいに空気を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。重要な事を話し出す前の癖だ。


「…俺はある「精霊」と思しき生物を探している。…そして強大な「怨念」の力を抑え込む精霊の石にも興味が湧いた。…何よりも俺の国もかつて怨念によってめちゃくちゃになったからな…どういう連中があの恐ろしい術を扱えるのか興味がある。そこで、精霊の居場所を指し示す道具を持ったジョリオの旅に付いていきたいと思っている。…たしかカリスタだったか、あんたはどうだ?」


「…構わない。むしろ大歓迎だわ。…そんなヤバい奴なら、私の探している奴らにも近づけるかもしれないし、なによりあんた達、腕っぷしがすごい強いみたいだしね」


 カリスタがウィレムの提案を快諾すると、今度は自然にジーナの方へと目線が向かう。


「…魂をこうやっテ好き勝手扱う奴は許せないシ…それに、ここまで巡り合わせられたのも何かの縁ダ」


「よし!決定だなっ!」


 ジーナがそう言い終えるのを待ってか、ガタリと椅子から大きな音を立ててジョリオが立ち上がった。


「俺はジョリオだ!改めてよろしくな! ウィレム!カリスタ!…えっと」

「ジーナだ!」


 それぞれの思惑を胸に、ここに一つの部隊が誕生した。邪悪な魔物、盗賊や追い剥ぎ…平穏を脅かす存在から身を守るため、あるいはそれぞれの利害関係から旅人達は寄り集まってそれぞれこの広い広い未開の世界を旅したのだという。…人々はその集団を「冒険者」と呼んだそうだ。


「…そうだ、この獣人も一緒に行くんだろ?だったら名前が無いと面倒だな」


出された食事を平らげ、席を立った時、誰かが言った。


「確かジョリオ、お前が名目上はこいつの主人だったな。…付けてやれよ、名前」

「いや待てって、もしかしたらこの子も自分の名前は覚えてるかも…」


ジョリオは恐怖で震えている獣人のそばにゆっくりと近寄り、自分を指差して「ジョリオ」と言い、キミの名前は何か、そう聞くかのように獣人を優しく指差した。


「あ…り…む…」

「聞いたか!この子はアリムって言うらしい!」


 「アリム」…それは確かにケモノの少女の口から紡ぎ出された名前だった。

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