第14話「夏の夜に」
「―――ふうっ…」
「いや~悪いな…宿代まで払わせてしまって…」
夏の日は長い。されども夜は変わらずやってくる。イスパニア王国王都の一角に佇む宿場の部屋からいくつもの明かりが灯り始める。穏やかな橙色の光に照らされ、ベッドに膝を立てぼんやりと窓の外を眺めているウィレムに、ウィレムの買っていた干し肉をかじりながらジョリオが気まずそうに話しかけた。
「…いいってことよ。さっきも言ったが、こういうでかい街は得てして危険だ…特に夜はな。翌朝お前らがボロボロになって転がってるのを見るくらいだったら…と思ってな」
「本当に…助かった。そうだ、君の名前をまだ…」
「俺はウィレムだ。…そうだ、宿賃の代わりとしちゃあなんだが、お前のことを色々と聞きたい」
ウィレムの脳裏にははっきりと焼き付いていた。ジョリオがあの巨大なサメを斬り伏せたこと、そしてまるで竜の如き面妖な姿が…
「…ああ」
「まずは…お前はどこから来た?『ジョリオ』って名前はイスパニア人の名前じゃねェだろ」
「俺は隣国のルティーア王国のペイース村から来た。…両親はいない、爺ちゃんが育ててくれた。」
「へェ…で、一体全体どうしてここに来たんだ?」
ウィレムはジョリオの方に向き直り、干し肉を豪快に噛みちぎると、瓶の蓋に匙を突っ込み、日光で固まってしまった牛乳を口に放り込みながら次の質問をぶつける。
「…いやだから世界を救えって…
「強がりはよせ。町中で民衆が話していたが、「天啓」を得るのは力を持つ奴だけだそうだ。…お前の立ち振舞からして、どうしても力を持つやつには見えん」
ウィレムの鋭く輝く金色の瞳がジョリオを貫く。
「…」
その雰囲気に肝を冷やしてしまったのか、萎縮してうつむくジョリオだが、しばらくしてようやくその重い口を開いた。
「…そうだよ、俺は天啓なんて聞いてない。爺ちゃんは…少し前に病気で死んだ…それから魔法の使えない俺は…他の大人にナメられないように、嘘をついたんだ。天啓の勇者だって…そう自分で信じ込むしかなかった。…どんなに弱くて、情けなくても…」
「…なるほどなァ、それで何の準備もないまま飛び出して来ちまったってわけか。…お前の旅はウソで始まり、ウソに踊らされる散々なモンだなァ、お前が金貨三十枚で買った剣、俺が店に来た時は二十枚だったぜ。あのエルフが言う通り、値切るのだけは覚えておきゃよかったな」
「…だがあの剣、ガラクタかと思いきや「精霊」とやらの居場所を指し示す器物らしい。…恐らくこの剣に設けられた穴も、「精霊」に関わる宝珠を加工してはめ込むための物だ。でなけりゃあの海のバケモノを前にして光ったりはしないだろう」
ウィレムが宿屋の漆喰の壁に立てかけられた抜身の剣をじろりと見つめながらそう言うと、ジョリオは合点がいったような顔をした。
「じゃあ…これと同じ宝珠を集めて、剣に組み込めば…」
「この剣が真の力を発揮する…なんて事が起きるかもしれねェ」
ほんの少しの間、二人の間を沈黙の膜が覆った。
「…俺達も精霊に用があってな、おとといの深夜、エントラーダの街を襲った大嵐、あの中心に「なにか」がいた。…俺はそいつをどうしても見つけなくちゃならねェ。…もし精霊の居場所がその剣で分かるなら、その持ち主のお前に付いていけばあるいは…」
「…! じゃあ!」
ジョリオは晴れ渡る空のような表情になった。
「お前がそれでいいなら、の話だがな。無理強いはしねェ」
「ぜひ…!君たちと一緒に旅をしたい!」
ウィレムは静かに笑い、「決まりだな」、と呟いた。
「…それに、お前はどうやら「弱い」わけでも「情けない」わけでもねェみたいだぜ?あの獣人を助けるため、飛び出してきただろ?あのサメを何とかするため、船から一人飛び出しただろ?…例え力は弱くても、お前は立派な男だ、俺が保証してやるよ」
(もっとも…力は弱いわけじゃ無さそうだが…まァ言わんでおくか)
ウィレムはそんな思いを胸に秘めながら、手元にあった観光案内の紙を机の上に移すとベッドからやおら立ち上がった。
「よし、明日はトーレの国家図書館へ行って情報収集だ。時間を少しでも有効に使うためにさっさと寝るぞ。会いたい人間も恐らく国家図書館にいる…」
そう告げると、ウィレムは寝るための…そして次の日にすぐに出るための準備を初めた。
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