第13話「王都の夜」

「よし…トーレに到着したぞ…」


事件からしばらくして、夕日が水平線に半ばほど沈んだ頃、一団を乗せた小舟は無事にイスパニア王国の都、トーレに到着した。

 ダニエルは疲労困憊といった状態で、船着き場で周りに止まった大中の帆船を悲しげに見つめては深い溜め息を吐いた。


「…まっ、いくら嘆いたって何も変わらねぇからな。俺は知り合いにどうにか船を貸してもらえまいか掛け合いにいかにゃならん。…もう日が暮れる。お前さん達も宿を探すんだな」

「ダニエルさん…少ないですがこれを」


 そう強がってみせるが、涙をこらえているのを見かね、また自分やジーナがもう少し頑張っていればより良い結末が招けたのでは無いかーー、そんな後悔の念はウィレムに財布から金貨を三枚取り出させた。


「いやいや…俺よりも何十も年下の奴から金なんか貰えねぇよ。お前さん達、遠くから来たんだろ?銭は宵越しでも持っておけよ」



「…あっ、でももし金貨二枚あれば船の担保に出来るんだが…」


ダニエルは照れくさそうにこめかみに指を当てながらそうつぶやいた。


「…遠慮せず受け取ってくださいよ。ここまで乗せていって頂きありがとうございました」


また船酔いで伸びているジーナを小脇に抱えながら、桟橋から立ち上がって頭を下げ、その場を後にしようとした時、すぐ後ろからさっきとは打って変わって明るい調子になったダニエルの声が聞こえた。


「おい!この三人も連れてってくれよ!」


 小舟の上では獣人を持ち上げようとエルフと思しき少女と、ジョリオが顔を真っ赤にして踏ん張っている。が、相当重たいらしく、びくともしていない。


「…ええ~…」

「何だよっ!こいつらくらいどうにかしてくれたって良いだろ!」


 ウィレムは少女を背中に担ぎ直すと、渋々と小舟の方に近づいた。


「ちょっとジョリオ!!もっと踏ん張りなさいよ!」

「やってるよっ…!こんな重たいなんて…!」


…獣人だから多分俺達ヒトと体の構造が違うんだ。あれだけガッシリとした手足なら重くて当然だ。…でも、船の上でこの子を軽々と持ち上げた紫の女の子は一体…


「勝手に船に乗ってたくせに、船長にありがとうの一言も無しか?これほど無礼な奴を見たのは初めてかもしれねェぜ」


さっきの黒髪の少年だ。金色の眼だけが逆光で暗く見える顔の中で光っている。一瞬目を閉じ、獣人の子を指差すと、その体がふわりと軽くなった。


「さっき付けた磁力の魔法だ。どうせお前らも宿で止まるだろ?ついでだからそこまでそいつを運ぶのを手伝ってやるよ…だから


「あ…ありがとう」


ジョリオは助かった、と言わんばかりに宝石のような真っ青な瞳をきらめかせた。


「…ふん。ダニエルさんにもちゃんと礼を言えよ。タダで乗せてもらった上、他所様の船で連れを暴れさせたんだ。…全く二回も同じことを言わせやがって…」


「ダ…ダニエルさん。ありがとうございました」


「おーおー、じゃあなぁ~。ガキじゃなかったら即刻縛り上げてイカリと一緒に海の底に沈めてやる所だったぜ…」

「さァ、行くぞ」


ウィレムが獣人を引っ張り上げると、それに追従するように二人も船から降り、宿を探しに歩を進め始めた。



「…よし、宿屋に着いた。…金は持ってるのか?」


 そう聞くと、エルフの少女はキッとジョリオの方を睨みつけた。


「あんたがそんな剣買うからお金が無いんじゃないの!!」

「でもこの剣であのサメのバケモノを倒したじゃないか!」

「そうだけどどうすんのよこの状況っ!!そもそも金貨三十枚って!!買う買わないはともかく値切るのが普通でしょうが!!!」

「しょうがないだろっ!店主に泣かれたんだ!あそこで買わなかったらなんかヤバい気がしたんだよっ!ってか話題そらすなよ!!」

「逸らしたのはあんたでしょうが!!お金の話をしてたでしょ!!」



「うわァ…醜いな」

「…ちょっとかわいそうじゃないカ?」

「…ああ、哀れにも程がある。そもあの剣のお代は俺が店に入った時金貨二十枚だったからな。お前は外にいたから分からねェだろうが」

「ええっ!?じゃああいつら騙されタんだ!!」


 ジョリオとカリスタはギャーギャーと醜い言い争いを繰り広げている。だがどちらも手を出しはしないあたり、最低限の理性は保っているらしい。…二人に挟まれる形で抱きかかえられている獣人が目を閉じたまま心底うるさそうに眉間にシワを寄せている。


「…あいつらのおかげでバケモノをやっつけたんだシ、宿代くらいくれてやっていいんじゃないカ?」

「はぁ…お前は優しいやつだなホントな…だがどうする?五部屋借りるほど金に余裕があるわけじゃねェし。」


「おまえと茶色い髪のやつハ同じ部屋、獣人とあたし、エルフは違う部屋、それデどうダ?」


「…いいのか?あの獣人、暴れだしたらかなり厄介だぞ?」

「ダイジョブ!…それにあのエルフと少し話してみたいしナ」


 ジーナの表情には強い自信が宿っているようだ。ウィレムも大丈夫だろうと考えたのか、小さく「じゃあ決まりだな」、と呟いた。


「バカっ!!バカバカ!!」

「バカって言ったほうがバカ!!!」


「おい!ギャーギャー喚き散らすのをやめろ!なにかの縁だ!宿代は払ってやる!もしここでお前らを放置して何かあったら後味が死ぬほど悪いからな!」


「「ほんとっ!!??」」

「ああ…その代わり女と男で一部屋ずつだ」


飛びついてくる二人に少し気圧されながら、ウィレムは条件を淡々と告げる。二人は条件を快諾した。

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