第12話「変化」

「おいっ!!死ぬ気か!」

 

  ダニエルが背を船にべったりとつけたまま大声で叫んだ。だがその声は船を激しく揺るがして飛び出したジョリオには届かない。


「あのバカっ…!あれに勝てるわけ…!」

「いや!可能性はある!あんたもあの剣が光ってるのを見ただろ!「伝説の剣」じゃないにしろこの状況を打開する力は備わっているはずだっ!」


 顔を歪めてそう絞り出すエルフの少女は、ウィレムがそう言うのを聞いて愕然とした顔で飛び出したジョリオの方へ目をやった。こちらへ凄まじい速さで向かってくるサメに接近するにつれ、真っ青な光が剣を覆っていく。


「…賭けるしかねェ」


ウィレムはぽつりと漏らした。


「おまえ何もして無いゾ?エルフ族だろ?魔法の一つや二つ…」


 カリスタは何も語らず、下から捲くりあげるようにジーナを睨みつけた。


「…いや、なんでもなイ」


 その雰囲気に気圧されたのか、ジーナも巨大なサメの方に目線を向けた。


「あああああああああぁぁぁぁ!!!!!」


 …なんで俺飛び出したんだ?全身にとんでもない力が湧き上がって気づいたらサメの真上だ。ヤバい。空中で剣なんて振れない!魔法も使えないのに…!


 鼻先へ落ちようとするジョリオを飲み込まんと海の怪物は大口を開ける。


…やばいっ!!俺のこと食う気だ!!


バクン!!

 

 …抵抗することすら叶わず、ジョリオは怪物に飲み込まれてしまった。



「ああぁ…!!飲み込まれちまった…!」


その様子を遠目で見ているしか無かった船長は、幼い少年の命が失われたことを心の底から嘆き、顔を蒼白にして呆然としている。怪物はジョリオを飲み込んでからというもの、その動きを止めほんの少しも動かない。


「…どういうことだ?動きを止めてやがる」

「…あいつ、まだ死んでなイ!魂をまだ感じル!」

「な、なんで分かるんだ!?」


「こいつ…ジーナは特殊な種族でなァ、魂を感じる力があるのさ」


 そう聞いてカリスタは安堵したのか、ふうっと短く息を吐き出した。


「だが…このままじゃマズイな、なんとか助けてやらないとグチャグチャに噛み砕かれちまう。あんたは…どうせ戦えねェんだろ?出来るならとっくにやってるはずだからな」


カリスタは悔しそうに手をぎゅっと握りしめた。


「…いいさ詮索はしねェ。やれるかどうかは分からねェが、俺も戦う。元はと言えば俺がジョリオを煽ったせいでもあるしな…」

「…それに大切なやつを助けられない事がどれだけ辛いかはよく知ってるからなァ」


ウィレムは先程とは比べ物にならないほどの激しい稲妻を全身に纏わせ、船から飛び出そうと身構えた。


「さァ…やるぞ」


グググググ…


「ん?」


 ウィレムは怪物がぶるぶると身を震わせ、うめき声を上げているのに気付き、一瞬踏みとどまると、その一瞬で怪物の全身に無数の光が走り、何者かが切り刻まれた体から飛び出した。


「なんだっ!?」


 暗雲が晴れ、すでに沈まんとしている陽は橙色の光で海を染め上げ、その人影も逆光でその様相を掴みにくい。


 その「何者か」は腕に剣を持ち、頭からは二本の巨大な角が伸び、鋭い目は白い光を放っている。何よりも小舟にとどまる一団の目を引いたのは、伸びた尻尾と背中から生えた雄々しい翼だった。


「…ジョリオ…なの!?でもあれはまるで…!『ドラゴニュート』!」

「どらごにゅーと?…そんな種族がいるのか?」

「でも数百年前に絶滅したはずなのに…!」


 …『絶滅』か。俺達の故郷でもドラゴニュートは見たことも聞いたこともない。仮に全員死んだなら…考えれば考えるほどおかしい。どうやらこの世界は何かキナ臭いものがあ…


 ボチャーーーン!!


 これで何度目だろうか、ウィレムの思考は軽いものが海に落ちる音でかき消された。まるでこんなことをしている場合か、と言わんばかりである。


「オイ!あいつ落ちたゾ!このままじゃ溺れル!」


ウィレム達はばらばらになり沈んでいくエンペラーシャークを横目に、船を漕いでなんとかジョリオを回収した。


「ふぅ…こいつ、さっきの姿は何だったんだろうな。今はすっかりあのへなちょこ…いやへなちょこでは無いか。元の姿に戻っている…」


 「水揚げ」されたジョリオはぐったりとしたまま目を覚まさないが、右手には剣、左手には瑠璃色に光る鉱石を握りしめていた。


「ジーナ、こいつはまだ生きてるか?」

「疲れて寝てルだけだナ」


その鉱石は獣人が身につけている緑色の宝珠と似たようなものらしく、その瑠璃色と内側に秘められた揺らめく水面のような波紋は、見るものに広大な海の神秘が凝集されているかのように思わせた。


「…船はダメになっちまったが、全員無事だ。よし!トーレまであと少しだ!無賃乗船共も今回だけは大目に見てやろう!!さぁ行くぞ!」

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