第11話「勇者」
「ああっ…!!俺の船がぁ…!!」
ダニエルは真っ二つに割れ、無惨にも残骸と沈んでいく船を後ろにして呆然と漏らした。船は沈んでなお巨大な海の魔物に噛み砕かれ続けているらしく、バギバギとけたたましい音を上げている。
「…申し訳ないダニエルさん…力及ばずあの化け物を…」
「いやぁ…いいんだ… まさか奴がこの海域に現れるなんてわかりっこねぇさ。」
「船室から聞こえてタけど…『エンペラーシャーク』っテ、トーレみたいな人の多い場所の近くに出るのカ?」
ジーナは小舟の櫂を動かす腕を休めぬまま、静かに頭を下げるウィレムを宥めるダニエルにそう尋ねた。船の持ち主だった男は、先程の騒ぎで負ったであろう鮮血の溢れる深い腕の傷をぐっと押さえながら船を食い荒らし続ける怪物を一瞥すると、重い口を開いた。
「…奴はおとぎ話の生き物…のはずだった。親父にはよく聞かされたもんだ。…どこかの深い深い海に、船を食い尽くすほどの巨大なサメが潜んでて…伝説の勇者に退治されたってな」
「…もし退治されたのが本当なら…復活した…ってこと?」
完全に怯え上がっている「勇者」をよそに、それまで沈黙を保っていた長い耳の少女が声を出した。
…エルフか?…いや長い耳を持つがこの赤い目に銀髪、褐色の肌…エルフじゃないのか?混血か?故郷でもあまり見たことがねェ。
「ああん!?」
「…お前誰だよ?そっちのガキと獣人もお前の連れか?なんで船に乗ってたんだ??」
「いや…その…話せば長いっていうか…」
ウィレムはこの少女カリスタの容姿を見て一瞬だけ思考していたが、それはダニエルのガラガラとした声にかき消された。「なぜ船に乗っていたのか」、この詰問は当然ながら相当に都合が悪いようで、うろたえているのがよくわかる。
「あっ!!あいつこっちに向かってきてる!!!」
感覚が鋭いのか、迫りくる驚異にいち早く気付いたカリスタは後ろを指差して叫ぶ。激しく荒れ狂う水面にはエンペラーシャークの巨大な背びれが荒波をかいくぐって一団を乗せた小舟めがけて真っ直ぐに突っ込んでくる。
「クソッ!!こんな小さいカイじゃこれ以上速く進めなイ!ヤバいヤバい!」
ジーナはなんとか逃れようとさらに船を漕ぐ早さを上げるが、本当に速く進むために作られている船では無いようで全く速度が上がらず、サメは無情にもその距離を縮めていく。
「ジーナ!あれをやれ!!俺の魔法は効かなかったがお前の霊術なら!!!」
ウィレムの叫び声を合図にジーナは飛び上がり、船の後ろに立つとやおら腰の帯に差した鎌を引き抜いた。
「せいっ!!!」
鎌の刀身が一瞬紫色の光を帯び、ジーナが武器を勢いよく振り回すと、妖しく輝く光の刃が放たれた。
バシュウウッ…
光の刃は見事に怪物に命中し、一瞬だけ動きを食い止めたもののすぐに突破され、刃が粉々になって消えてしまった。
「ウソっ!?これもダメ!?」
「…魔法は効かねェ。霊術も効かねぇ。どうすりゃいいんだ…ン?」
小さい船の片隅でうずくまりガタガタと震えているジョリオの背負った剣が、先程よりも更に激しく輝いているのにウィレムは気づいた。
「おい」
グッ
「ひっ…!」
栗色の髪を思い切り引っ張り上げられ、ジョリオは怯えながら立ち上がった。
「その剣を見てみろォ。あの化け物が近付けば近付くほど、その剣の光がどんどん強くなってる。…この状況を打開できる可能性があるのはお前とその剣だけだ」
「む…無理だっ!俺は…っ」
いつまでも弱腰なジョリオに、呆れとも怒りともつかぬ面持ちでふっとため息を吐くと、ウィレムは表情を一変させた。
「ガタガタガタガタ抜かしやがってこの玉無しの去勢ヤローが!テメェ世界を救うんじゃねェのか!!それなのにテメェやテメェの仲間を助けられねェってのはどういう了見だ!!!俺も俺の相棒も奴を止められねぇ!もちろんテメェの仲間もだ!!今この状況をどうにかできる可能性が少しでもあるのはテメェしかいねェのがなぜ分からねェんだ!!!!」
「うっ…あぁ…」
「よせウィレム!」
凄まじい剣幕で怒鳴り散らすウィレムを見かね、ダニエルが口を挟んだ。
「ダニエルさん…」
「出来ないことを突然やれと言われたって無理だ… …この中で一番重たいのは俺だ。俺が船から降りれば逃げ切れるかも知れねぇ。」
ダニエルは覚悟を決めた顔で淡々とつぶやき始めた。
「なっ・・・何を・・!
「止めるな!…お前たち若造の為ならこんな命惜しくもねぇ!」
そのダニエルの言葉に、ジーナも、ウィレムも、カリスタも、ジョリオも目を見開かせた。
「そんナっ…!まだ逃げられなイって決まったわけじゃなイ!」
「そうよっ!わざわざあなたが身投げする必要なんて無いじゃないの!」
「うるせぇ!!」
ジーナとカリスタも制止するが、二人の声はダニエルの一喝にかき消されてしまった。
「いいか!俺は三十まで生きられんと言われてきたが五十まで生きた!この二十年の命はきっと神様が特別にくれた時間だ!…どうせオマケの命なら…最後はお前たち若い連中のために使ったっていいだろ…」
その場の人間は何も言えなかった。
「おい!そこの二人と一匹ぃ!!勝手に船に乗ったのは許さねぇ!だが命を助けるか助けないかとは別の話だ!! せいぜい増えた寿命で真面目に生きろよっ!!」
そう大きく笑ってダニエルは船から飛び降りた…
ドテッ
「おわっ!」
…その瞬間、ダニエルは後ろに勢いよく押され、尻餅をついたと同時に、片手にまばゆく輝く剣を持った人影が小舟から勢いよく飛び出した。
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