第9話「船上のゴタゴタ(後篇)」
「んん?」
ウィレムは振り上げられた腕をピタリと止め、声の主の方へと目線を移した。
「なんだ、この獣人の仲間か。…こいつをけしかけて来るとはナメた真似しやがるじゃねェか、この獣人を終わらせたら次はお前と…あと一人の番だ」
「…っ!違うっ!話を聞いてくれよ!」
少年はもう一人仲間がいると勘付かれて驚いたのか、一瞬うろたえた。…弱いな。腕も細い。背中に背負った剣が随分と不釣り合いに感じられる。
「んん?お前その剣は…あの港町で売ってたやつか?」
「そっ…そうだ!この剣は間違いなく伝説の剣だ!金貨三十枚の価値はあるっ…!絶対に!」
「…」
そう言って少年は背中に担いだ「伝説の剣」を抜き、震える手で体の前に構えた。色褪せたような刀身に何かを嵌めるためのくぼみがいくつも設けられている。緑色の宝玉とはどう見ても大きさが合わない。
「…いいだろう話してみろよ」
ウィレムは矛を収めながら少年に話すよう促した。少年の情けない様相に呆れたのか、あるいは他のただならぬ理由のせいなのかは本人にすら分からないが、このまま傷つけることがなんとなく憚られたのである。
「まずは俺の質問に答えろ。お前とこの獣人、それにあと一人の娘は何者だ?目的は何だ?」
「俺は…ジョリオだ。あと一人はカリスタ、獣人の子の名前は分からない…口がきけないんだ…」
「だろうな、意思疎通すら出来ずに襲いかかってきた上、こうして手足を拘束されてなお暴れてやがる。奴隷として手に負えるもんじゃないな」
「あぁ…『樹海の宝珠』が無いと呪いを弱められずにこうなってしまう…」
樹海の宝珠…さっき転がってきた緑色の玉の事か。凶暴化しているのは呪いの影響…例え弱まっていても、エントラーダの食事処の時のように反応に乏しいまま。酷いことをするやつがいたもんだな。
「…で、この子の呪いを解いてやるためにトーレへ行こうってわけか?大したお人好しだな」
「…それにこの剣についてより詳しく調べなくちゃならない。魔王を倒すために…」
「魔王…?」
「あぁ…魔物達を統べる魔物たちの王だ。…あいつがこの世に現れてから魔物は凶暴化した。…夢で神様に言われたんだ。お前こそが世界を救う救世主だって…」
…ジョリオの言葉にウィレムは驚愕から目を見開かせた。
「世界を救う?お前がか?そんなヒョロヒョロな体でか?正気の沙汰とは思えねェ」
「勝手に言ってろ…誰になんと言われようと俺は世界を救うんだ」
…青空を閉じ込めたような澄んだ瞳だ。そこにはほんの一点の曇りすら見えない。この少年は本気で言っている。そしてその無謀で荒唐無稽な言動には根拠があるかのように真っ直ぐとこちらを見据えているとウィレムが気付くのにそう時間はかからなかった。
「…ただの狂人ってわけじゃ無さそうだな。次の質問だ。この宝珠はなんなんだ?」
ウィレムは手の中の緑色の玉をジョリオに投げ渡しながら問いた。
「こいつは世界を巡る自然のチカラ…マナの結晶だ。森の精霊から受け取った」
「マナ?何だそれは」
「あんた…これだけ強いのにマナを知らないのか?マナは…
この少年、ジョリオの語る所によれば、マナは人間界に偏在する、いわば「世界を動かす力」だという。マナあって風は吹き、木々は芽吹き、日は沈みまた登るのだという。
「…なるほどな、興味深い。俺達の世界には無いものだ」
「あんた達の…世界?この世界と別の世界があるのか?」
「いや、こっちの話だ。…で、次の質問をさせてもらおうか」
「分かった…だが少し待ってくれ。この子を落ち着かせないと…」
好きにしろ、そう言わんばかりにウィレムが二、三歩後ろに下がると、ジョリオは未だもがいている獣人の元に座り込み、宝珠を組み込んだ首飾りをかけてやると、さっきまでの暴れようが嘘かのようにおとなしくなり、やがて眠りに落ちてしまった。
「…じゃあ次は精霊について聞こうか」
「あ、ああ…
ザバアアアアアアアン!!!!!!!!!!!!
「!?」
「なっ…!?」
突然、船のすぐとなりから凄まじい水しぶきが上がり、船が激しく揺さぶられ二人は不意に横に転がった。
「何だ!?クラーケンか!?」
「うわぁぁ~~~っ!!!出やがった!!!出やがったぁ!!!!!海の大魔獣!エンペラーシャークだ!!!!」
ダニエルの叫び声が聞こえる。あれだけ慎重な航海でも逃れられないのか!
「畜生!!!なんでこの海域にいやがるんだぁ!!!!」
バケモノが水上に姿を表した。水面から出ている部位だけでも船と同じくらいでかい。
…ダニエルさんの言っていたサメとは異なる生き物なのだろう。…とにかくこいつをなんとかしなければ俺やジーナだけじゃない、ダニエルさんや他の連中まで皆海のモクズだ。
ウィレムは覚悟を決めてからやおら立ち上がり、掌に激しい稲妻を宿した。
「戦おうってのか!?こいつと!?」
「言ってる場合か!こいつをどうにかしねェと共倒れだ!お前も世界を救うってんなら怖気づかずに戦え!」
怯えているジョリオにそう檄を飛ばすと、ウィレムは息を深く深く吸い込んできっと巨獣を睨んだ。
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