第8話「船上のゴタゴタ(前篇)」
「…」
金色の瞳が獣人を捉え、ウィレムは右手に握られた剣をひときわ強く握り直した。
…敵はメスの獣人…手足と首に鋼鉄製の枷…奴隷か。…飯屋で見た隣の二人は主人か?…間違いなくあの二人もこの船にいる。…あの二人との戦闘も視野に入れねば。
「シャァっ!!」
獣人が足場を蹴り、船をグラリと揺るがすほどの力でこちらに勢いよく突っ込んでくる。
「疾い…!だが直線的だ!」
ウィレムは迎え撃とうと敵の飛び込んでくる向きに剣を突き出すが、剣に鼻先が触れるか触れないかの所で、敵の像が消えた。
(…消えたっ!この空気の流れ…)
「後ろっ!!」
バキンッ!!
振るわれた剣と鋭い牙がぶつかり合い、破片とともに黄色い火花が散った。
刀身に噛み付いた獣人を振り払い叩きつけるように剣を縦に振るうと、剣から口を離した獣人はくるくると身を翻して着地した。
「…いい牙と爪だ。剣を握っていない左手側に回り込み、腕を斬られないように牙で剣を止める判断力…そしてそれを実行に移せるほどの身体能力…見事だな」
ウィレムはちらりと剣の刀身に目を移した。なんと噛みちぎられたかのように刀身がえぐれている。
「…銀貨一枚の安物とはいえ鉄の塊である剣を噛みちぎるとはなァ」
ちっ、もったいねぇ。そう悪態をつき、ウィレムは剣と鞘を足元に放り捨てた。
「グルルルル……ぐぅぅぅっ!!!」
獣人ははめられた枷を心底鬱陶しそうにして手足をブンブンと振り回した。枷に取り付けられた鎖が空を切り、鈍い音を立てる。相当重い金属で作られているようだ。
「…気の毒だなァ、少し他者とその外見を異にするだけでここまで虐げられるとは…とはいえ一方的にやられるわけにもいかないからな」
顔の前で腕を交差させて念じると掌から稲妻がほとばしり、バリバリと喧しく鳴り響く雷の束がまるで鋭い剣と化した。
「ぐぅるっ…」
「どうだ?初めて見るだろ?
稲妻が色褪せたような独特な光を放ちながら、少年の両手のひらからは鋭い刃が伸び、バチバチと鋭い閃光を放っている。雷が空気を焦がす匂いに怯んだのか、獣人は鼻先を覆いながら一歩だけ後ろに下がる。
「…さァて…焦げたコマギレになるか、船から突き落とされてサメの生き餌になるか…選ばせてやるよ」
「しゃああっ!!」
獣人は全く怯まず、もう一度ウィレムを狙って飛びかかり、両腕を勢いよく振り下ろした。
「せいっ!」
バチィン!!
ウィレムが腕を振るい、雷の刃と獣人の爪がぶつかり合い、先ほどとは比にならないほどの火花が飛び散った。
「!?」
「もらったァ!」
何かに一瞬怯んだ隙を突いたウィレムの蹴りが獣人の腹部に命中し、獣人は小さい悲鳴を上げて吹っ飛び、甲板に叩きつけられた。
「が…ァァ…」
よろよろと起き上がる獣人は、自分の爪がなくなっていることに気づいた。鋭い爪の半ばから焼き切られたかのように煙が登っている。
「…ふぅ、まさか爪がこんなに硬いとはな…さしずめ『鉄をも引き裂く』といったところか」
「ぐ……ぐるぅ…」
「なんだ、まだ立ち上がるのか」
蹴りがよほど応えたのか、必死で立ち上がろうとするがなかなか立ち上がれないでいる。
「ま、立ち上がらせはしないが」
ー磁化ー
「ぎゃんっ!!」
獣人の枷がひとりでに動き出し、腕と腕、足と足とが強い力で結びつき、動きを完全に封じてしまった。
「お前の枷を強力な磁石にした。どれだけ暴れても俺が解除しない限り動けないぜ」
必死で拘束を振りほどこうと暴れる獣人をなだめながら、ウィレムは顔を覗き込むように座り込んだ。
「さて…お前の目的を知りたいなァ…あの二人の差金か?五秒以内に答えろ。答えなければお前はズタズタだ」
「ぐっ…うぅ…」
やはり獣人に言葉のやり取りはできないらしい。ウィレムは悲しげに目を閉じて深く息を吐くと、やおら立ち上がって雷の剣を再び作り出した。
「まっ…待って!!」
止めを刺そうとウィレムが剣を振り上げた瞬間、後ろから悲鳴に似た声が聞こえた。
「んん?」
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