第5話「街での一時」
「で、何を買うんダ?」
「そうだなァ…恐らくトーレに着くのは明日の朝。だから昼食と夕食、ついでに寝る時に羽織る布…酔い止めの薬…あとは…そうだ、剣が売ってたら買っておくか」
大通りの人混みをかいくぐりながら、ジーナの問いにウィレムは答える。
「剣、いるカ?おまえは剣が無くても平気じゃないカ?」
「いや、確かにそうなんだがあれは目立ちすぎる。衆目に安々と晒すわけにもいかないしな。…それに魔物ともこれから戦ったりするだろうからな、丸腰じゃちと不安なんだよ」
ダニエルの言ったとおり、通りを少し進んだ所に、雑貨屋があった。束になった薬草と思しき葉、瓶詰めになった薬からパンや干し肉、果ては大小様々な武器まで…「雑貨」と銘打っているだけあって、なかなかの品揃えである。
「袋に大きめの布にこのイノシシ?の燻製とパンを三つずつ、あとはこの乳を二瓶買いたい。いくらですか?」
そういうと店主の女が何かを取り出し、それを目にも留まらぬ早さでいじりだした。
「え~…っと…銀貨1枚と銅貨9枚…なので1900レアですね」
「…あの剣は?」
店主の計算機と思しき道具での素早い計算もさることながら、多く並んでいる剣の中で特に目を引いたものに興味がわき、指を指して値段を問うた。
「あれは…アルティメットソードですね、金貨二十枚でお渡し出来ますが?」
…いや高い高い!持ってきたのは金貨五枚、銀貨十枚と銅貨二十枚だ。向こうに帰れるのは当分先になる中、金は最大限取っておきたい。というか買えないし。それになんだよ「アルティメット」って。何の魔力も感じねぇ、ただの詐欺アイテムじゃなかろうか…あれをこの値段で買うやつがいるだろうか。いたらちょっと友達になってみてェな…
「…いや、やっぱりその隣の銀貨一枚って書いてある中くらいの長さの剣で」
店主は聞こえるか聞こえないかの大きさで舌打ちをして、渋々とその剣を持ち出してきた。
「…はい、全部で2900レアです…ハイ、確かに頂きました」
ご丁寧に店主は剣は鞘に収め、他の買ったものを袋に入れてくれた。それを受け取って礼を言うと、二人はまた大通りの中へ入っていった。
「次は何するんダ?」
「飯を食いに行く。…ここは港町だからな、新鮮な魚が食えるはずだ」
はたして海辺のあたりに差し掛かったところに、魚料理屋があった。…漂ってくる焦げた磯の匂いが鼻腔をくすぐり、ウィレムもジーナもその店の扉へ吸い込まれるように入っていった。
「いらっしゃいっ!!お客さん運がいいね!もう一度鐘がなった後に来てたんならもっと並んでたぜっ!うちのオススメは採れたての材料をふんだんに使った『タコと海藻の酢漬け』と『ホタテとエビのパエリア』だっ!」
店に入るなり、若い店主が大声を出してきた。この国の民はみな陽気で活発なように感じられる。
「『パエリア』ってなんダ?」
「パエリアってのはオレの故郷の料理!うめぇぞ!」
「じゃあそれを一つずつ頂きます」
「あたしもそれデ!」
「あいよっ!二人分で600レアね!…はい!お代頂きっ!すぐ作るから待っててちょっ!」
店内はまだ朝なのもあってか客は少なく、席についたところで新たに入ってきたのは三人…少年と少女…
「ウィレム…あれっテ」
「あぁ、俺たちの国でもよく目にする…獣人族だ」
そう、その二人と共に入ってきたのは、黒い筋模様が特徴的なメスの獣人だった。すらりとした胴体にがっしりとした手足…トラと呼ばれる生き物と類似した姿だ。
「でも、イスパニア王国では珍しいのカ?ここに来て初めてみたゾ」
「俺に聞くなって…俺もこの国の事は全然分かんねェんだから」
その獣人は何か虚ろな目をしている。…というか周りに怯えているようだ。まさか奴隷か何かだろうか?人間界の奴隷の境遇は悲惨だと聞くが、自分たちが何かをしたところで無駄だ、そう悟ったウィレムは、その獣人を挟むように座っている二人の会話に耳を傾けた。
「…全く!なんで金貨三十枚でそんな物を買ったのよ!!ただの剣じゃない!何がアルティメットソードよ!」
「いぃや!この剣は絶対に最強の剣だ!錆びてるけど力を吸収させればきっと魔王を…!」
「なんでボラれてるのがわかんないの!?…まっったくあんったはずぅぅぅっとバカね!!」
(…!?)
…いた。しかも金貨十枚増しで買わされてやがる。娘のほうがキレ散らかしているのを見るに、これが初めてじゃないのだろう。…いや、初めてでも阿呆だな。
ウィレムはその少年の行動の愚かさのあまり何も言葉が出せず、店主に出された水をぐいっと飲み干した。
「へい!おまちぃっ!」
飲み干した直後、店主が大きい鉄の皿を二人の前にどすっと置き、次に小さい皿を出してきた。
続く
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