第3.5話「嵐の中で」
深夜、その町は地表のもの全てを吹き飛ばしてしまうかに思えるほどの暴風雨に見舞われた。空は真っ黒な雲に埋め尽くされているのにも関わらず、絶え間なく降り注ぐ落雷で、町がまるで昼間かのように照らされる。
「ぐえっ…!」
30年来の嵐だと人々が口々にそう語る町の宿で、少年は後頭部に強い衝撃を受けて飛び起きた。
「いっっ…てェ…」
ウィレムはベッドのすぐ横に目線を移すと、ジーナが大の字に寝ていた。…だが、その少年が寝ている位置とは反対、つまりウィレムの頭があった場所に足があり、ベッドを柔らかくへこませていた。
「…寝相が悪いにも程があるなァ…次寝る時はぜってェベッド二つの所にするぞ」
ウィレムはジーナの足を横に押しのけながら、もう一度ベッドに横になった。
(…駄目だ。嵐のせいで全く眠れやしねェ)
隙間なく降り注ぐ大雨は屋根に当たってまるで太鼓を無秩序に叩き続けるような音を奏でている。寝れるわけがない。
「いい気なもんだァ…腑抜けた寝顔だぜ」
もう一度起き上がり、後頭部をさすりながら何か楽しい夢でも見ているのか、だらしない笑顔を浮かべたまま眠りに落ちたままのジーナの顔を覗き込んだ。
「ん…ウィレム…好き…」
「……」
そんな寝言を言ったジーナを見て、得も言われぬ気持ちになったウィレムは「バカめ」とだけ呟き、外から漏れてくる青白い雷光に興味を抱いて窓を少しだけ開けてみた。
「うわァ…すげェ嵐だ」
その瞬間、ものすごい風に乗せられて体の芯から冷え切ってしまうほどの冷たい雨水が飛び込んでくる。鉛のようなずっしりとした黒灰色の空に数多の稲妻が踊り狂い、この街を焼き尽くしてしまうのではないか、そう思えてしまうほどだ。
「…?なんだありゃァ」
…遠い遠い空の彼方、青白い雷の塊のような何かが見える。その塊を中心に、この嵐が巻き起こっているようにも見える。
身をぐっと窓から乗り出させ、その「中心部」の更に中央に見える何か…生き物か、あるいは怪異か・・・それを明らかにせんとウィレムはその目に魔力を集中させた。
ーー『
「…!?」
眼球に魔力を集中させ、視力を一時的に強化する魔法で、まばゆく輝く稲妻の核に踊る「何か」をその視界に捉えたウィレムは、思わず驚愕の声を漏らした。
「な…何なんだ一体…!?」
…その「生き物」、あるいは「怪異」の姿は、言葉では説明しきれない。ヒトの子供が何かに取り憑かれて魔物に変貌したような…とにかくその存在は嵐の中心で周囲を取り囲む精霊のような光の玉と戯れるように踊っていた。
…おかしい。あんな現象、俺の故郷でも一度も見たことが無い。当然、あの不思議な生き物もだ。…なのにあいつの事をどこかで見たような…これはどういうことだ!?
「おい!ジーナ!起きろ!」
沸き起こる懐旧のような想いに気が動転し、叫んでジーナを起こそうとするウィレム。特殊な力を持つこいつなら、何かわかるかも知れない、そう思っての行動だったがジーナはすでに深い深い眠りの中。耳元で叫んでも全く目を覚ます気配はない。
「おい!起きろよ!!おき…
ゴシャッ…
「つ゛あ゛っ」
突然振り上げられた足を防ぐこともかわすことも出来ず、よりにもよってかかとがウィレムの首に勢いよく打ち込まれ、ウィレムは図らずもベッドに倒れ込んだ。
…お前はいったい…
その嵐の中心の何かがこちらに気づいたように見えたのを最後に、ウィレムの視界は完全に闇に落とされてしまった。
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