Chapter 1.29 方針
Chapter 1.29
方針
「一つはラーク氏の職員登録書類が紛失した件だ。話を聞いた限り、これは明らかに人為的なもので、何者かが意図的に盗み出した可能性が高い。この窃盗犯を特定することがまず一つ」
「異変の原因を特定するのが先じゃないの?」
ルクスはおもむろにそう質問した。
「確かに原因究明ができればそれに越した事はない。ではルクス、お前はこれからどうやってそれを特定するつもりだ?」
「えーと・・・聞き込む?」
「どこに?」
「・・・ラークさんの通勤経路?」
「いつまで?」
「・・・何か収穫があるまで?」
「収穫がなかったら?」
「・・・」
ルクスはついに押し黙る。
「終わりだな」
セイクスはそう言って、ルクスを見ながら微かに笑った。
「いや、それズルくない? そんな質問攻めされたら誰だって黙るでしょ」
ルクスはむくれながらセイクスに噛みつく。
「現状、ラーク氏の通勤経路で何かが起こった可能性が高いのはわかる。そこを聞き込みたいのもな。だが、それは今やる必要はない。なぜなら、異変とは具体的にどういうもので、どういった現象があってうつ状態になるかという根本的な情報が欠落しているからだ。その状態で聞き込みしても、収穫か否かの判断が難しい。そもそもまだ捜査態勢が十分に整っていないしな。」
「でもやって見ないとわからないでしょ」
「その通りだ。だが、たった今東区で異変被害者が徐々に増えつつある状態で、収穫か否かの線引きが難しい状態で聞き込みを行なっても、重大な情報を見落としてしまう可能性が高い。結果ズルズルと聞き込みが長引き、被害者は増え続けるというのが最悪のパターンだ」
「それは・・・そうだけど」
ルクスの声が明らかに小さくなる。自分の考えに自信がなくなった証拠である。
「それでも聞き込みを行いたいというのであれば無理に引き止めはしないが、もし別の場所で手掛かりを得たらまた通勤経路で再び聞き込みを行う可能性がある。そうなると二度手間だな。正直に言って、時間の無駄だ」
「わかったよ! ごめんなさい! 僕が馬鹿でしたァ!!」
「わかればいい」
セイクスはどこまでも冷静にルクスを説き伏せる。
その様子を見た他の面々が小さく笑っているのがわかる。その中でもカナデが笑っていることがルクスの恥ずかしさを倍増させた。
そんな思いをしつつ、今度は純粋な疑問をセイクスにぶつける。
「でもさ、セイクスの窃盗犯を特定したいのはなんで? 確かに誰かが意図的にやった事だと思うけど、それって今回の異変と何か関係あんの?」
「書類を盗むという事は、犯人にとってそこに何かしら不都合な情報が記載されているということだ。それに、異変被害者であるラーク氏の調査に遂行者(オフェンサー)がきた翌日、この紛失事件が起こった。この異変が人為的なものかはまだ不明だが、窃盗犯は異変に関して何かを知っている可能性がある。だから先に特定するんだ」
「あー、なるほど。でも、その書類、そんな重大なこと書かれてあったかな・・・?」
ルクスはかつての記憶を思い出す。
その時はしっかり記憶したはずだが、今思い出すとおぼろげで、曖昧な部分が多かった。
「二つ目はロイド氏の異変被害の調査だ」
「ロイドさんの? どうして?」
そう質問すると、ゴンッ、と後頭部を叩かれる。
振り返ると、リアがげんなりした表情でルクスを見つめている。
「いい加減黙ってセイクスの話を聞け、アホ」
「・・・はい」
最近のリアはなぜか暴力的な傾向にある。
なかなかの痛みを後頭部に抱えながら、ルクスは口をつぐんだ。
「先ほどキルティス支部長から話があったように、この異変の被害者は二十代から三十代と比較的若い。しかし、ロイド氏はその年齢からは外れている」
確かに、とルクスは納得する。
ロイドの詳しい年齢はルクスも知らないが、おそらくあの風貌からは五十代前後と推定できる。そのロイドが異変の被害にあった事は、ルクスにとっても不可解な出来事だった。
「書類の紛失とほぼ同じタイミングで、今までの傾向から外れる被害者が出たということは、そこには何らかの目的が隠されている可能性がある。まあ、恐らくは書類を盗むために必要だったと推測できるが、そうなるとその人物は自在に自分の手で異変を起こせるということになる」
「それはつまり、この異変事件における犯人という事ですか?」
リアがそう質問した。
おい、静かにしろって言ったお前が質問するのかよ、とルクスはリアを睨みつける。
しかし、リアはそんなものはどこ吹く風と言わんばかりに全く意に介していなかった。
「それはわからん。だが、異変に関して何かしらの情報を持っている可能性は高い。ロイド氏が異変の被害にあった場所や時間を詳細に把握し、手がかりを増やす」
「なるほど。まずはその“手がかりを増やす”という目的で窃盗事件について調べるのですね?」
「理解が早くて助かる。そういうことだ」
「それではこれからどう動きますか? まだ調査できる時間はありそうですが」
キルティスは壁にかけられている時計をちらりと除くと、時間は午後三時過ぎを示していた。
「そうだな。まずは−−−」
「あ、あの! 少しよろしいでしょうか!」
セイクスが言いかけている途中で、カナデが声をあげた。
一斉に視線がカナデに集まる。
「・・・あ、いや、その・・・」
急に緊張が倍増したようで声がすごい勢いでか細くなる。
それを見たキルティスはセイクスに向けて口を開いた。
「セイクス管理官。申し訳ありませんが私の部下が何かを言いたいようです。話を聞いていただいてもよろしいですか?」
「ああ、問題ない」
「ありがとうございます。ルクスさんとリアさんも、よろしいですか?」
キルティスの問いかけを聞いた二人は一様に頷く。
それを見たキルティスは軽くお辞儀をし、お礼を態度で示すと、次にカナデに顔を向け、優しい声色で声をかけた。
「カナデ。言いたいことがあるなら遠慮なく言ってください。ここにいる者は皆、あなたの言葉に耳を傾けてくれますよ?」
「・・・すいません、ありがとうございます」
カナデはよほど緊張しているようで、顔は真っ赤に染まっている。
しかし、意を決したように、セイクスの顔を見て、カナデは口を開いた。
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