Chapter 1.20 重い話題

Chapter 1.20


重い話題


「なんだ、まだいたのか」

 部屋の扉が開き、そんな声が聞こえると、セイクスは顔をあげる。

「もうとっくにカルーアに向かったもんだと思っていたんだが」

「ゼノアか・・・。そっちこそ、こんな夜更けにどうしたんだ?」

 ゼノアは部屋の中に入ると、軽い足取りでソファに向かい、腰をかける。

「別に大した用事はない。通りがかったら部屋の電気がついていたから、入ってみただけだ。電気を消し忘れたのかと思ってな」

 なるほど、とセイクスは仕事を一度中断し、机の上にペンを置く。

「仕事の引き継ぎは昼間のうちに終わったと思っていたが、まだ何か仕事があるのか?」

「まあな。カルーアに行く前に人員の補充が必要になった。だから監察者オブセクターの責任者に掛け合って、カルーアに人手を回せるよう話をしていたんだ」

「なるほど。相変わらず真面目なやつだなお前は」

「それほどでもない。そういえば、お前はいつまで本部に居られるんだ?」

 ゼノアはソファを立ち上がり、近くの棚から一冊の本をおもむろに引き抜く。そしてセイクスの許可なくその本を開きながら旧友の問いに答える。

「いくつかの仕事を前倒しにして終わらせたから、一週間はここに居られるな。抹殺者クライザーの仕事も、慣れればそれほど苦ではないことが最近ようやくわかってきた」

「それはお前だけだな。他の抹殺者クライザーは仕事量が膨大すぎて休みなんか手にはいらないとぼやいていたぞ?」

「だとしたら俺に割り当てられる仕事がたまたま他の抹殺者クライザーよりも簡単なものだったのかもしれないな。運が良くて助かる」

「とぼけたことを言う」

 実際はゼノアの言う通りではない。セイクスは役職者だから知っているが、抹殺者クライザーの中でもゼノアのノルマ達成数は群を抜いて高い。通常の抹殺者クライザーよりも多くの仕事をこなしているのにも関わらず、こうして時間に余裕をもてているのはこの男だからこそなのだ。

「お前はいつカルーアに発つんだ?」

「明日の朝、監察者オブセクターの責任者と少し話してから向かうつもりだ。おそらく昼前辺りにここから出ることになる」

「なるほど。となると、お前からもらった仕事のリストにある、役職者の会議には出ないんだな?」

「ああ、おそらくその頃にはここにはいない。その事は統括官にすでに連絡している」

「統括官・・・。ああ、セリアか。懐かしいな」

 ゼノアはそう軽口を言いながら本のページを静かにめくる。

 セリアとは管理者ベース監察者オブセクター遂行者オフェンサーの三部門を統括している女性で、立場的にセイクスやゼノアの上司に当たる存在である。しかし、二人とは旧知の仲で、特別仲が悪いわけではなかった。

「お前からしたら懐かしいだろうな。俺はそうでもないが」

「まあ、俺からしたら本部の人間は全員懐かしいな。俺に限らずだが、抹殺者クライザーは本部に戻らないで仕事をすることが多いからな」

「ああ。それでいつの間にかに殉職してしまうものが多い」

「突然重い話題をブチ込むなよ、お前は」

 ゼノアはそう軽く返す。

 しかし、セイクスの目は真剣だった。

抹殺者クライザーだから仕方がないとは言わない。ゼノア、お前は今大丈夫なのか?」

「問題があったら本部でこんなにゆったりはしていない。心配しすぎだ」

「少し仕事をセーブしたらどうだ? お前なら少し仕事量を減らしても誰も文句は言わないだろう?」

「それは俺に言うべきではなく、セリアにいうべきだな。俺は自分の仕事量を調整するだけの権限を持ち合わせていない」

「それは、そうだが・・・」

 抹殺者クライザーはグレイモヤの組織において、その仕事の性質上、非常に独特な立場に存在している。部門としては遂行者オフェンサーに与するが、その管理をしているのは遂行者オフェンサー部門の主任管理官であるセイクスではなく、その上の立場にある統括官のセリアである。組織図的には三部門統括官セリアの下に遂行者オフェンサー部門主任管理官セイクスと、抹殺者クライザーゼノアが横並びになる形だ。ゆえにセイクスが抹殺者クライザーの仕事内容に口出す事は越権行為に当たり、ゼノアものっぴきならない事情がない限りは上司の許可なく自身の仕事量を調整することもできない。

「まあ、俺のことは気にするな。お前はお前のやるべきことをやればそれでいい」

「ゼノア・・・」

 ゼノア本を閉じると部屋の出口に向かい始めた。

「この本面白いな。お前がカルーアに向かっている間、貸してもらうわ」

 そんな軽口を最後に、ゼノアは部屋を出る。

 セイクスは、そんな旧友の後ろ姿を目で追うことしかできなかった−−−。

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