Chapter 1.17 本部と支部

Chapter 1.17


本部と支部


「ここ、だよな」

「ああ。ここだな」

 ルクスの言葉にリアが同意する。

 二人は目の前に佇んでいる巨大な建物を見上げて見る。

 国家治安維持機構グレイモヤ、カルーア支部。

 これから二人が中に入り、諸々の事情を説明しなければならない場所である。

「もうセイクスから連絡入ってるかな?」

「まあ、アイツは仕事が早いから大丈夫だろ」

 上司に向かってアイツとは部下として口が悪いと思ったが、ルクスもその上司に向かって普段から呼び捨てにしている為、他人に言えることではなかった。

「怒られると思う?」

 ルクスは及び腰になりながらそんなことをリアに聞く。

「ああ、まあ、怒られるかはわからんが、注意はされるだろうな」

「まあ、そうだよな・・・」

 ルクスはわかりやすくリアの言葉で落ちこみ始める。

「仕方ねえだろ。ここまでやっちまったんだ。ウダウダ悩んでも足止めるより、二人揃って頭下げて、支部に協力を仰ごう」

 リアはルクスの背中をバンと叩く。

 内心、リアもこの状況で支部の面々とは相対したくないというのが正直な思いだった。歓迎される事はなく、むしろ冷たい視線で煙たがられるであろう事は想像が付く。

 本部と支部の関係は実際のところそれほど悪くはない。本部の人間が支部の管轄で仕事をする事やヘルプでその逆の事が起こる事も多く、また本部から支部に出向することも多い。それらは全て、支部の人間であっても本部の人間であっても同じグレイモヤの組織員であり、志を共にする仲間であるという理念から上層部の一部の人間が配慮しているからである。

 しかしあくまでそれは理念であり、人によっては肩書きの違いだけで、関係に亀裂が入ってしまう事もある。それは人間特有の嫉妬心や器量の狭さ、社会的立場のわずかな違いでどうしても生じてしまうものなのだ。

 本部の人間である二人が事前連絡をせずに支部の管轄で勝手な捜査を行い、その結果、支部も巻き込むこととなったら、支部の人間から見たらそれは舐められていると感じてしまっても仕方がないだろう。

 しかしそんな事情で調査を断念しましたとシーヌに頭を下げることの方が、リアは無責任に感じた。そして、そう思っているのは自分だけではないと思っていた。

 背中を叩かれたルクスは前によろめく。しかし二本の足で立ち直ると、再び前をしっかりと見据えた。

「・・・よし、行こう」

 覚悟を決め、ルクスは支部の扉に向けて足を踏み出す。

 それを見たリアは少し笑い、後ろから背を追った。

 支部の扉は両開きの開き戸になっており、前に押すと小さくギギギと軋む音が聞こえる。

 開いた扉の先はロビーになっており、中央にある大きな柱を取り囲むように左右から二つの階段が二階に伸びていた。その柱の奥には管理者(ベース)と思われる人物がカウンターの奥に腰を下ろしており、カルーアの住民と思われる人物と何やら話し合っている様子などが見て取れる。

「うわ、すげえ」

 ルクスから意図せず感嘆の声が出る。

 本部と比べると建築設計の差を感じてしまう。本部の入り口は非常に無機質で、初めて中に入った時もこれほどの感動を感じた事がなかったからだ。

「お待ちしておりましたよ。ルクスさんに、リアさんですね?」

 中に入った感動に震えていると、横から聞き覚えのない声が聞こえた。

 声の方向に振り向くと、そこには紳士風の衣服を身にまとった、セイクスと同年代だと思われる男性の姿が眼に入った。

「あ、どうも、初めまして。ルクスと言います・・・って、あれ?」

 なんで名前を知ってるんだ? とそう思った時だった。

 ゴン! と鉄拳がルクスの脳天に直撃する。

 いきなり何すんだよ、とリアの方に顔を向けるが、相棒はその時すでに頭を下げていた。

「お初にお目にかかります。本部遂行者(オフェンサー)のリアとルクスです。急な訪問となってしまい、申し訳ありません」

「いえいえ。そんな事、気になさらなくて大丈夫ですよ」

 そういって目の前の人物は拳骨を食らったルクスを見て軽く笑った。

「お話の通り、随分と仲がよろしい様ですね。ほのぼのします」

「申し訳ありません。同僚が失礼な真似を・・・」

「いえいえ、お気になさらず。頭、大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫です・・・」

 心配されたルクスはそう小さく返事をする。

 目の前の人物はそれを聞き、それはよかった、とにっこり笑い、口を開いた。

「紹介が遅れましたね。私はカルーア支部、支部長のキルティスと言います。ここだと人目が気になりますので、場所を変えましょうか」

「心遣い感謝します」

 リアは再び深くお辞儀をする。

 キルティスと名乗った人物は行先を手で示しながら、二人の前を歩き始める。

 後ろを歩きながらルクスはリアに向けて小さな言葉で文句を放つ。

「おい、なんで叩いたんだよ」

「お前は馬鹿か。俺たちは散々迷惑をかけておきながら、これから協力をお願いする立場だぞ。何を考えて『あ、どうも』なんて軽口が叩けるんだお前は」

 ぐうの音も出ない。

 確かにリアの言う通りだった。

「とりあえず、この場は俺が話をするからお前は極力口開くな。お前の今の印象、はたから見たら滅茶苦茶悪いからな」

「・・・ごめん」

 素直に謝る。

 確かに無作法だった。支部の綺麗な内装に心を奪われ、あの一瞬は何も考えずに返事をしてしまった。浅薄だったことを自覚し、少し恥ずかしくもなる。

 そんな二人をよそに、キルティスは黙々と二人の前を歩き続ける。案内された先にあったのは支部長室と書かれた大きめな部屋だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る