Chapter 1.16 旧友

Chapter 1.16


旧友


「まったく・・・」

 そうため息をつきながらセイクスは通話を切る。

 休日であるはずのルクスからこんな連絡が来るとは予想外だった。また仕事が増えてしまったと頭を抱える。

「よお、セイクス。頭なんか抱えちゃって、どうしたんだ?」

 後ろから聞き覚えのある声が聞こえる。

 振り返ると、そこにはセイクスの旧友の姿があった。

「ゼノアか。久々だな」

「ああ、ホントにな。俺はあんまりこっちに顔出さねえから」

 旧友−−−ゼノアはセイクスに向けて歩みを進める。

 ゼノアは遂行者オフェンサー部門の抹殺者クライザーと呼ばれる部署に所属しており、一般的な遂行者オフェンサーの仕事とは一線を画す仕事についていた。その仕事内容はグレイモヤにおける秘匿事項に関することが多く、セイクスですらその詳細を正確に把握できていない。

「本部に顔を出すとは珍しいな。何か用事か?」

「いや、別に。久しぶりに仕事でこっちにきたから、一応本部にも顔を出しておこうと思って。そんだけだよ」

「なるほど。久しく顔を見ていなかったから心配していたが、元気そうで何よりだ」

「まあな。そっちはなんだか忙しそうだ」

 ゼノアはセイクスの顔を覗き見る。

「・・・少し仕事が立て込んでいてな」

「そうみたいだな。表情に余裕がないぞ?」

 そういってゼノアは小さく笑う。

「話があるなら今なら聞ける。こっちは仕事に一区切りついたところだからな」

「手が空いているのか?」

「ああ。今は丁度、な」

 渡りに船とはまさにこのことだ、とセイクスは思った。

 役職者である自分の仕事を預かれる人物はそう多くはない。しかし、旧知の仲であるゼノアにならある程度のことを任せても問題がないような気がした。

「実はカルーアで問題が起こってな」

「カルーア? 王都じゃないのか」

「ああ。詳細は省くが、俺もこれからカルーアに向かう必要がある」

「支部には任せられないのか?」

「諸々の事情があって、支部に任せきりにはできなくなった」

 全ては勇み足を踏んだ部下のせいだが、とは口には出さなかった。

「なるほど? となるとお前は本部で残っている仕事を誰かに引き継がなければならず、そのための人材をこれから探さなければならない。そういうことか」

「察しが良くて助かる」

 相変わらず頭が切れる男だ、とセイクスは感心する。

 事情を深く知らずとも、必要最低限の情報のみで今何をすべきか瞬時に判断する。そんなことができる人物はセイクスが知る限りそう多くはない。

 要するに、この男は優秀なのだ、非常に。

「だったら俺がお前の仕事を引き継ごう。そうすれば、すぐにでもカルーアに迎えるだろ?」

「いいのか? 抹殺者クライザーの仕事量はそこらの遂行者オフェンサーよりも圧倒的に多いと聞いている。もし辛いようなら別を探すが」

「仲間が大変な時は支え合うもんだって、候補生時代に教官からよく言われたからな。まあ、俺のことは気にするなよ」

 そう言って目の前の旧友は軽く笑う。

 その笑顔は久しぶりに見てもそう変わりはないように見えた。久しぶりの再会にもかかわらず、旧友は何も変わっていないようだった。

 そのことに安心したセイクスは、ゼノアになら任せられると判断した。

「すまないな。助かる」

「今度軽く飯でも奢ってくれればそれでチャラだ。それで? お前は今どんだけの仕事を抱えてるんだ?」

「今から仕事の内容をまとめた書類を作る。少しだけ待ってもらってもいいか?」

「わかった。ちょっと俺も本部で寄りたい所があるから、そっちに顔を出してくるわ。書類を作るのにどれくらいかかる?」

「一時間でまとめる」

「了解。じゃあ、一時間後にセイクスの部屋に行くから、そんときに引き継ぎだな」

「ああ」

 返事を聞いたゼノアはまた後でな、と軽く手を振りながらセイクスの視界から姿を消す。

「さて、やるか−−−」

 セイクスは自分の執務室に戻ると、仕事に取り掛かる。

 まずやるべきは書類の作成よりもカルーア支部への連絡だ。それほど時間もかからないし、ルクスたちがカルーア支部に着く前に一言連絡を入れておいた方が円滑に物事が運ぶだろう。書類の作成はその後でいい。

 そう思ったセイクスはポケットに入れていた懐中時計型の時計型通信端末レガリアを起動させる。

 時計型通信端末レガリアは腕時計型と懐中時計型の二種類がある。前者はグレイモヤ組織員全員に配られるもので、後者はいわゆる役職者の面々に配布されるものだ。その二つの間に大きな変化はないが、懐中時計型の方が全般的に機能拡張されており、メッセージの送受信の円滑化やタイムスケジュール管理機能などが搭載されている。それはグレイモヤ内の会議時間や上層部からの急な呼び出しに対して決して間違いが起こらないようにする為のものだ。本当であれば懐中時計型の時計型通信端末レガリアを全員に配るべきだが、予算の都合や懐中時計型時計型通信端末レガリアにおける製造過程の複雑性などを踏まえて見送られたという理由があったりする。

 それで役職者だけが上等な通信機器を持つ事に対して、セイクスは内心納得できないが、ない袖はふれないというのが現実だった。

 セイクスはカルーア支部の長へ連絡すると、一回目のコールで相手が出た。

『ご無沙汰しております。こちらカルーア支部、支部長のキルティスです』

「ああ。本部遂行者オフェンサー部門主任管理官のセイクスだ。忙しいところに突然連絡を入れてしまい申し訳ない」

『ああ、いえ。いつもお世話になっております。今日はどういったご連絡でしょうか』

 カルーア支部とは本部と距離が近いこともあり、他の支部よりも密に連絡を取り合っている。その為か、支部長であるキルティスは突然の連絡に対して動揺している様子はなく、聞こえてくる言葉は幾分か落ち着いているように感じられた。

「事情は追って説明するが、近々本部の遂行者オフェンサーがそちらの支部に顔を出す事になると思う」

『本部の方が、ですか? それはどういった理由で?』

「本当に申し訳ないんだが−−−」

 セイクスはルクスから聞いた話をキルティスに伝え始める。

 本当に、アイツらは面倒臭いことをしてくれたものだ、とセイクスは話しながら心の底からそう思う。

 アイツらもゼノアみたく優秀ならこんな事にならなかったろうな−−−

 今はここにいない旧友の顔を、セイクスは不意に思い浮かべ天井を仰いだ。

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