Chapter 1.15 報連相

Chapter 1.15


報連相


「−−−という事でございまして・・・」

『・・・で? 何が言いたい』

 凄まじく怒気を孕んだ言葉がルクスの鼓膜を貫いた。

 うわ、怖! と冷や汗をダラダラ流し、ルクスは言葉を振り絞る。

「いや、あの、なんていうか、その、一応報告しておいた方がいいのかなぁなんて思って」

『なるほど。非番の日にも仕事まがいの事をするとは余程働くのが楽しいようだな?』

「いや! 違うんですよ管理官。さっきも言った通りこれはなりゆきっていうか流れに身を任せたらこうなっただけであって」

 身体中の毛穴という毛穴から汗が吹き出ているのを感じる。

 冷や汗やら脂汗やら脇汗やら、もう説明できないようなこの世界の汗という汗を今この場で流し尽くしているような錯覚を覚えた。

『ハァー。まあ、いい。そこまで首を突っ込んだのであれば仕方ない』

 思いの外、返ってきた言葉からは怒気が薄れ、諦めのような空気を纏った言葉が返ってきた。

「あ、事情を察してくださいました?」

 少しだけ雰囲気が穏やかになったような気がして、ルクスは安堵する。

『ああ、なんとなくだがな』

「あー、良かった。実はこんな事を話したら殺されるんじゃないかと内心ビクビクしてて」

『とりあえず、お前とリアは三ヶ月の間減給だ』

「へ?」

 気の抜けた言葉が思わず抜け出る。

「え、ちょっと」

『何か文句があるのか?』

「いや、流石にそれはやりすぎじゃ−−−」

『職権乱用に越権行為。十分厳罰に値すると思うが?』

「いや、だからって−−−」

『減給半年まで引き延ばすこともできるが?』

「三ヶ月で! ごめんなさい許してください!」

『決まりだな』

 ズーン、と頭が重く感じる。まるで鉛のような重石が頭の上に直接のしかかっているかのようだった。

『お前らの処分はそれでいいとして、これからどうするつもりだ? 王都に戻るのか?』

「ああ、いや、ここで引き返すのもなんだかなぁって、だけど支部に今引き渡すのもなんか違うなあって思って、とりあえずセイクスに相談しようってんで今連絡してる」

 正直、困っているというのが現状だった。調べるべきことはたくさんあるのだが、二人だけでは到底手に負えないし、だからといって全部を支部に投げ出したくもない。

『わかった。まずお前らはカルーアに留まって支部と連絡を取れ。話を聞く限り二人での調査は無理だ。ここから先は支部と連携して事を進める必要がある。俺の方からも連絡を入れておくが、情報はお前らの方から報告するんだ』

「わかった」

 相変わらず頭の回転が早いと内心、感心する。自分の教育担当をしていた時から感じていたことだが、今も尚それは健在のようだった。

「協力を取り付けられたらどうすればいい?」

『お前らのいう不可解な現象がどこまで広がっているかを確認しろ。東部記念病院で起こった事が他の病院で起こっていないとも限らん。最初は大雑把でいい。カルーアの各地にあるできるだけ大きい病院から情報をとってこい』

「なるほど。了解」

『俺もそちらに向かう。着き次第また報告してくれ』

「え? カルーアに来るの?」

『またお前らに暴走されたらたまらん。この件は俺がとりあえず指揮をとる。それに本部の遂行者オフェンサーが事前連絡もせずに支部の管轄で好き勝手やっていたとなれば下げる頭が必要になる』

「あ、すいません」

 素直に謝る。

 組織で生きる以上、面倒な規則や理解の難しい常識ルールは大切にしなければならない。それをないがしろにすると、上司の管理がなっていないだの組織員としての自覚が足りないだのと訳のわからない所から声が上がってしまうのだ。

 自分の行いで上司であるセイクスが頭を下げることになるのは正直申し訳なく感じた。セイクスがカルーアに着いたらしっかりもう一度謝ろうと心から思った。

『もういい。俺がカルーアに着くのはおそらく明日になる。時間はわかり次第連絡する』

「了解。じゃあまた後でということで」

『最後に一つ』

「何?」

『減給の件はお前からリアに伝えるように。以上』

 プツ、と通話が切れる。

「え? おい」

 声を荒げた所で通話が切れたセイクスからは返答はない。

「マジかよ、切りやがった」

「お、話は終わったか?」

 リアの声が聞こえる。

 いつの間にか引いていた汗が再び湧き出す。忘れかけた頃にやって来たそれは自分の存在を強く主張している様にさえ感じた。

「あ、ああ。一応、話は終わった、けど・・・」

「ん? どした? 歯切れが悪いな」

「いや、別に、その」

「さてはセイクスからなんか言われたな。なんか隠してんだろ?」

 妙に鋭い。

 なぜだ? なぜセイクスもリアもこんなに自分を追い詰めるんだ、と自問自答するが、誰もその問いには答えはしない。

「言えよ。別に怒りゃしねえから」

「絶対か? 絶対だな? 天地神明に誓えるな!?」

「お、おう」

 ルクスの迫力に思わず戸惑う。

 リアは思わず嫌な予感を抱いてしまうが、口から出た言葉は取り返せない。

「実は−−−」

 ルクスがその言葉を言った数秒後に、ふざけんなぁ! という怒声が喫茶店中に響き渡った。

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