Chapter 1.14 詰み

Chapter 1.14


詰み


「なんか予想以上に大きなものに巻き込まれている気がするんだけど、気のせいか?」

「言ったろ? 面倒臭いことになりそうだって」

 病院から出た二人は近くの喫茶店に足を伸ばしていた。

 職場と主治医から聞いた話を二人でまとめておく必要があると感じたのだ。

 しかしルクスは真っ先に疑問を口にした。

「結局のところ、ラークさんの病気はなんなんだ?」

「主治医の先生が言ってたろ。うつ病で廃用症候群だって」

「二つの病気にかかっているって事か?」

「そういうことになるな。おそらく最初にうつ病にかかって、それが原因で二次的に廃用症候群になったんだろ」

「そういうことってよくあることなのかな?」

「俺のジジイの晩年はいろんな病気抱えてたけどな。脳梗塞やら骨折やら肺炎やら。もう身体の中と外どっちもボロボロよ。そういう人もいるって考えると、ラークさんみたいな人も案外いるのかもな」

「リアのじいちゃんって何歳だよ」

「享年七十五歳だな」

「ラークさんはまだ三十二歳だぞ? 同じくくりで考えていいのかそれは」

「知らねえよ。俺は医者じゃねえんだから」

 リアはそう吐き捨てるとテーブルに置いてあるホットコーヒーに口をつける。

「とりあえず、これまでの聞き込みでわかったことを時系列でまとめてみるか」

 リアはコーヒーカップを脇におき、テーブル上にあった紙ナプキンとペンを手に取った。

「最初に問題が起こったのは五月十九日の職場からの帰宅途中だ。そこでラークさんの身に何かが起こった。その後は仕事を休職し、カルーア東部記念病院を受診。うつ病の診断を受け、一度自宅に戻るがその数日後に入院」

 話しながらリアは紙ナプキンにその内容を書いていく。

「そうだな。そして入院中に廃用症候群を発症して今に至るって流れになる」

 ルクスもテーブルにあったペンを拾い、文字を書き足していく。

「そんで実はカルーア東部記念病院には同じような経過を辿った患者がこのひと月の間に二十八人いて、その全てが二十代から三十代の若者だったという不可解な現象にみまわれていたってことだな」

「・・・」

 リアの言葉に、ペンを持った手の動きが止まる。

 ルクスは思わず無言になった。

「黙るなよ」

「いやだって最後のところがわけわかんねえじゃん」

ルクスが拗ねるように口を開き、ペンを投げ出した。

「まあ、確かに。まさに“異変”と呼ぶにふさわしいな」

 異変。その言葉はルクスの中にストンと落ちて来て、妙に納得してしまった。

「だが、こういう不可解な現象が起こる理由として真っ先に考えられるのは異能アナザーだな」

異能アナザー保有者がうつ病患者を生み出しているってことか?」

「そういう可能性もあるってことだ」

「どんな目的で?」

「俺が知るかよ」

 ルクスの問いに対してリアは投げやりに答えた。

「お前だって知ってるだろ? この世界には数え切れないほどの異能アナザー保有者がいて、その特性の全ては把握し切れるものじゃないって。もし仮にこの一連の事件の犯人がそれだとしたら、そいつにとってこの行動はなんらかの利益があるってことなんだろ」

「・・・今回の件がそうだとしたら、俺たち二人で解決するのなんて無理じゃないか?」

 ルクスの声のトーンは明らかに下がっていた。

 もしこの一連の現象が異能アナザーによるものだとしたら、それは個人で調査するものではなく、組織的に調査するべき案件である。

 異能アナザー関連の事件においては通常の調査とは違う、特殊な調査が必要となる。故にグレイモヤでは監察者オブセクターという部門を作り、調査・諜報活動に特化した異能アナザー保有者たちを集め、育成し、組織的に運用しているのだ。ちなみにルクスとリアはどちらも遂行者オフェンサーであり、調査というよりかは戦闘向けの異能アナザーを保有している。

「まあ、この異変が今話した通りのものだとしたら、俺たち二人だと正直手に負えないな」

「詰んだ。もう無理だ」

 ルクスは背もたれに全身を預け、天井を仰ぎ見る。

「おい、お前が言い出したんだろ? 助けになりたいって。投げ出してんじゃねえよ」

「いやまさかこんなことになるなんて想像つかないじゃん」

「ガキみたいなこと言うな。それよりこれからどうするか決めねえと。もう正直二人での調査は無理だ。カルーア支部に全部情報渡して、引き下がるか?」

「うーん・・・」

 ルクスは思わず考え込む。

 ここまで調査して謎を深めたまま支部に全部投げ出すのはどこか無責任のように感じた。それを非番だから仕方がないと言い訳するのは嫌だったのだ。

 考え込んだルクスは一つの結論を出す。

「セイクスに相談しよう」

「お前は馬鹿か」

 リアはルクスの結論を一蹴した。

「休みの日にこんなことをしてたってセイクスが聞いたら怒り狂うぞ」

「でももうここまでやったら引き下がれないだろ? ここは潔く報告して、おとなしく怒られよう」

「俺も巻き添えか?」

「当たり前だろ、相棒」

「相棒なら少しは俺の身を案じろよ」

「じゃあリアならどうする? ここで全部投げ出して終わりにするのか?」

 そうと詰めると、リアは苦虫を噛み潰したような表情をした。

「・・・だー! くそ! わかったよ! ここで投げ出すのは確かに気持ち悪いし、なんか釈然としねえ!」

「だろ? 決まりだな」

 ルクスはニヤリと笑う。リアがそこまで薄情な人物ではないとルクスはわかっていた上で問い詰めたのだ。

「でもセイクスにはお前が連絡しろよ。俺は嫌だからな」

「おう、任せろ」

 ルクスは腕に巻いた時計型通信端末レガリアを起動させ、セイクスに電話をする。

 何事もないように即座に行動に移したルクスだが、実は内心、胸から心臓が弾け飛びそうなほどセイクスに連絡するのが怖がっていたりする。

 数回のコールの後に、セイクスの声が聞こえた。

『ルクスか。どうした? 今日は休みのはずだが』

「あー、いや、そうなんだけど、実はセイクス管理官に話したい事がございまして」

『・・・何だその、気持ち悪い話し方は』

「えーと、実はですね・・・」

 ルクスは恐る恐るこれまでの経緯の説明を始めた。

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