Chapter 1.13 廃用症候群

Chapter 1.13


廃用症候群


「−−−なるほど、奥さんに頼まれてこちらにきたということですね?」

「ええ、そうです。なので家族からの了承は得ていますのでご安心ください」

 当たり前だが、患者本人でも家族でもなく、ましてや関係性が不透明な人物が患者に関する情報をもらう事はご法度である。そういった人物が情報をもらうためには配偶者や近親者などから了承を得る必要がある。

 リアは先ほど了承を得ていると事も無げに言っていたが、実際のところ、シーヌ本人にその同意を得ているかはグレーゾーンである。しかしリアはそんなことはお構い無しに話を続けた。

「もしよろしければ患者本人との面会と、先生から彼に関する事を少しお聞きしたいのです」

「なるほど、事情はお察ししました。ですが念のために今一度奥さんにこちらから確認の連絡をさせていただきたいのですが、よろしいですかな?」

「なら今ここで連絡を入れましょうか。こちらには時計型通信端末レガリアがありますし」

 リアは腕に巻いた時計型通信端末レガリアを見せつけるように提示する。

 リアとしては、この個室に電話がおかれていないため、また主治医が連絡でいなくなる事を嫌ったのと、こちらから連絡する事で話を円滑に運びたいという思惑があった。

 グレーゾーンの状態で無理に話を進めてしまっているという負目もある。

「ああ、なるほど。それがあるなら助かります」

「では今電話をかけますので、少々お待ちください」

 リアは手際よく時計型通信端末レガリアを起動させ、シーヌに電話を入れる。

「−−−という事なので、ご協力お願いしたいのですが、よろしいですか?」

 今その場で了承を得たな、と内心ルクスはリアのその場しのぎの行動にため息を吐く。

 リアはそんな事をつゆ知らず、ノットを見据えて口を開いた。

「先生からも確認しますか?」

「ええ、よろしければ」

「ではスピーカーにします」

 リアは時計型通信端末レガリアを腕から外し、テーブルの上に置くとボタンをピッ、と押す。

「ノットです、ラークさんの奥様でよろしいですか?」

『ええ、シーヌです。主人がお世話になっております』

「お話は伺っていると思いますが−−−」

『はい。主人のことは大丈夫です。よければ先生も協力していただけると助かります』

「わかりました。では、そういうことで。失礼します」

 ノットはリアに目配せする。それを見たリアは最後にシーヌお礼を言い、通話を切った。

「そういうことなので、協力お願いできますか?」

「わかりました。奥様の了承が得られているのであれば、こちらとしては問題ありません」

 では、とリアは時計型通信端末レガリアを再び腕に巻き、聞き込みを始めた。

「まずはラークさんがかかっている病気について伺いたいのですが」

「疾患名ですな。ラークさんが当院を受診した当初はうつ病と診断しました。問診時に何を聞いても話をしてくれず、奥様からは食事をしない、一日中沈んだ状態との話を伺ったので。もちろん諸々の検査は行いましたが、臓器や骨になんの異常も見られませんでした」

「うつ病・・・ですか」

 予想していた病名と違うことにリアはわずかに驚く。

「ええ。その後は薬を出して自宅に返したのですが、一向に良くならず、二度目の受診の際に栄養失調が問題になった為、入院することになったのです」

「なるほど。その後、入院してからは?」

「入院してからも状態は変わっておりません。病院食には一切手をつけず、一日を通して何かを話すことも一度もありません。仕方ないので点滴を入れ、栄養補給しどうにかこらえているところです。こちらとしても、頭を抱えておるわけですよ」

 ノットは苦笑いを浮かべながら淡々と説明する。

「相当お困りのようですね」

「ええ、本当に。意識はあるのにここまで話をしてくれない患者は珍しい・・・いや、最近はそうでもないのか」

「うん? それはどういうことです?」

「ああ、いえ、ラークさんの話ではありませんのでお気になさらず」

「気になる話し方をされますね。よろしければお聞かせ願いたいのですが」

 リアは遠慮せずに奥に踏み込んでいく。

 以前、リアとは一緒に仕事をすることがあったが、その時からやり方は変わっていないようだった。リア曰く、情報というのは多少強引にでも踏み込んで話を聞かないと有益なものが手に入らないらしい。

「まあ、別に隠すことでもないので、別に構いませんが、最近はラークさんのような患者が増えてきているのですよ。この一ヶ月で何十人もそれで入院されています」

 その話を聞いたラークは、あの看護師が言っていたことだと思い至る。

「それは廃用症候群という病気と何か関係があるのですか?」

「え、ええ、そうです。よくその病名をご存知でしたね」

 ノットは驚いた表情を浮かべ、リアに目を向ける。

「名前だけですが。となるとラークさんも廃用症候群という病気に罹っているということですか?」

「ええ。そうです」

「先ほどラークさんはうつ病と診断したと話をされていましたが、それとこの病気は別のものということですか?」

「そうですね。説明が難しいのですが、廃用症候群とは活動量が少なくなった人に総じて起こる病気なのです」

 ノットは頬を軽く書きながらその病気について説明する。

「廃用症候群とは別名、生活不活発病とも呼ばれていましてね。活動量が低下したことによって身体に様々な問題を抱える状態のことを指すのです。症状としては数多くあるのですが、わかりやすくいうと床ずれや筋萎縮、関節が動かしにくくなる、などですかな」

「つまり、そういった症状がラークさんの身に起きているということですね?」

「ええ。ですがこの病気にかかる多くは高齢者です。ラークさんはまだ三十二歳と若く、この病気にかかるのは正直珍しい」

「珍しい? では先ほど話していたラークさんと同じような何十人の患者はその病気にかかっていないのですか?」

「いえ、皆一様に廃用になっています。しかも全員二十代から三十代の若者です」

「うん? どういうことです?」

「話をまとめると、この一ヶ月の間にラークさんと同じ病態を示した人は皆若者であるにもかかわらず、廃用症候群という若者がかかりにくい病気になっているということです」

 横で同僚が混乱しているのがわかる。しかしそれはルクスも同じだった。

 目の前の医者が言っていることが、今一つ理解できずにいた。

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